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eternal lover act.10
洗面台の前に立ち、少し震える右手首を左手で押さえ込む。指先に乗せた小さなレンズを眼前に翳し……。

「む…無理かも〜……」

今まで、一度として挑戦しようとは思わなかったコンタクトレンズに、それでも挑戦してみようと思ったのは、単純に晴彦が自分のこの顔を好きだと言ってくれたから。
そんな理由でと思われてしまうかもしれないが、たったそれだけの事が大きな意味に思えてしまうくらい、すでにこの時の圭一の気持ちはそれだけ晴彦へと傾いていた。
とは言え、初体験のコンタクトレンズ。店に買いに行った時は、応対してくれた店員がつけてくれた。それだって、他人の指先が瞳に迫る恐怖に、正直手に汗を握る思いだったのだ。
それを今、まさに自分の手で行おうとしているのだが、その恐怖と言ったら半端ない。目の中に指を突っ込むだなんて、これを恐怖と言わずして何と言う!そんな叫びをあげたくなる気持ちを押さえ、萎えかけた勇気を再び奮い起こす。
眼鏡を外した圭一を見て、晴彦がどんな笑顔を見せてくれるのか、それだけを心に思い描きながら。

そうして、なんとか汗ばむ手を抱えながらも、あの小さな小さなレンズを眼球に装着することには成功した。かかった時間は実に30分以上。最後には、上げっぱなしで疲れきった腕が、それまでの恐怖とは違った意味で震えだす始末。

「慣れるのかな〜…」

ポツリと呟いた自分の声は、思わず吹き出してしまいそうになるくらいか細く弱々しくて。
ようやく装着したというのに、今から外すときのことを考えて、それだけでゾッとしてしまう気持ちをなんとか落ち着ける。
そうして改めて覗き込んだ鏡に映った自分の顔に、懐かしいような恥ずかしいような、複雑な思いを感じてしまった。こうして眼鏡を外した自分の顔を、ここまではっきりとした輪郭を伴って見つめるのはもう何年ぶりになるだろう。
別に、目に特別な病気を抱えているわけではない。もうこれは、父方の遺伝とでも言おうか、幼いころから眼鏡を掛け続け、少しずつ悪くなっていく視力を前に、中学生になってからはこうして鏡の前に立っても、眼鏡を外してしまえば自分の顔ですらはっきりと見えなくなってしまっていた。
もちろん、先日の晴彦のように、鼻先がついてしまいそうなほどに鏡に近づけば話は別だが。

「───…」

そんな事を考えて、突如脳裏に甦ってきた先日の晴彦の行動。あれに、特別な意味など含まれていない事はわかってる。それを意識してしまう自分がおかしい事だってわかってる。
それでも、あれは反則だ。意識している相手にあんな行動を取られては、狼狽えるなという方が無理ではないか。

「軽く犯罪だよ……」

またポツリと呟き、同時に漏れ出す小さな笑み。それだけで幸せだった。
急激に縮まった晴彦との距離。毎日楽しそうに笑う晴彦が、今誰よりも近くにいる事を許してくれているのが自分なのだと言う事実。
性格だってけして明るいとは言えない、こんな冴えない自分のどこを、そこまで気に入ってくれている理由はわからない。それでも、共に過ごす時間の中で、急速に晴彦へと傾いていく気持ちに嘘はつけなくて。最初から叶うことのない想いだという事はわかっている。だからこそ、過剰な期待を抱こうなどとは思わない。
ただ、傍にいられるだけでいい。それだけで十分幸せだと、それ以上を望むことなど絶対にないと、少なくともこの時の圭一にはその自信があった。それは、人とは違う性癖を持った自分自身を受け入れたとき、同時に生まれた諦めの感情からくる思いだった。
だから、思いがけず与えられた今のこの時間が、何よりも幸せなものだったのだ。




同じ教室で授業を受けるのは、1週間のうちでたった1コマだけ。広い大学のキャンパスの中、学部の違う晴彦とは約束でもしない限り、それ以外で会えることはほとんど皆無に等しい。それでもいつの頃からか、学食で昼食を共にすることが当たり前になっていた。
昼前の授業を終え向かった学食で、さっきからドキドキと煩い胸の鼓動を抑えながらキョロキョロと周りを見回す。しかし、探す相手を見つけられず、まだ彼らがこの場所に来ていないことに何故かホッと安堵の気持ちが広がった。
何をそこまで緊張する事があるのか。今更、緊張しながら会う相手でもあるまいしと、そんな自分の行動に苦笑しながらも、やはり晴彦を想う時に自然と高鳴る胸の鼓動は誤魔化しきれない。

「ふぅ〜…緊張するな〜…」

思わず漏れた、自分のそんな言葉にまた自嘲を漏らし、いつもなら先に買い求める食券の存在など綺麗に忘れて窓際の席へと腰を落ち着けた。

「あっれ〜?ケイちゃん!?」

何度か深呼吸を繰り返し、ようやく窓の外へと視線を向けたとき、突然掛けられた声にビクンと身体が跳ね上がった。そして、自分に掛けられた声が待ち望んでいた晴彦のものだと理解した瞬間、カァーッと顔が熱くなってくる。

「本当だ!一瞬誰かわかんなかったぜ」
「なになに、眼鏡は?どうしちゃったの?」

そして、同時に聞こえてきたチュウ達の声にようやく視線を向ければ、学食の入り口からこちらに向かってくる4人の学生が、圭一に向けてにこにこと笑顔をその顔に貼り付けていた。
その中でも、一際目立った笑顔を浮かべていたのは、他でもない晴彦で。

「コンタクトにしたんだ?」
「う…うん……変じゃ、ないかな?」
「え〜?ぜ〜んぜん!思った通り、すっげえ可愛いんでやんの」

ウキウキと、そんな擬音が聞こえてきそうなくらい軽快な足取りで近づいてきた晴彦が、座ったままの圭一の顔をひょいと覗き込んできて。そんな行動にまたドギマギとしながらも不安そうに問いかければ、大げさなくらい首をブンブンと横に振った晴彦が、ニカッと笑いながらわしゃわしゃと圭一の頭を撫で回してくる。

「うんうん!男にしとくのがもったいないくらい可愛い!」
「似合ってんじゃん」
「よ〜っし!ケイちゃんの戦闘体勢は整った!今夜は張り切って合コンだぁ〜っ!」

友人達に声を揃えて褒めちぎられ、どうにも居心地の悪い思いでぎこちない笑みを浮かべれば、チュウの妙に張り切った声が耳に届き。
「俺は合コンは……」と、いつものように反論しようとする一瞬前に、スパーン!と小気味のいい音が聞こえ、チュウの身体が些か大げさすぎるリアクションで前につんのめった。

「痛ぇっ!何すんのハルちゃん!!暴力反対よっ!!」
「てめぇの頭ん中はそれっきゃねえのかよ!合コンなんて行かねえぞ。ケイちゃんを引っ張り出すことは、この俺が許しませ〜ん」
「ひっど〜〜い!あなた、またケイちゃんを1人占めするつもりね!」
「ブァ〜ッカ!気色悪ぃんだよ、クネクネすんな!ケイちゃん、食券まだだろ?買いに行こうぜ」

わざとらしくシナを作り、目に見えないハンカチを噛み締め引っ張って見せるという、そんな古典的な反撃に出たチュウの頭をもう1度スパーンと叩き、ニカッといつもの笑みを向けてきた晴彦が促すようにして、まだ座ったままの圭一の腕を引き上げてきた。

「え…でも……」
「い〜のい〜の。おバカさんの相手なんて、する事ないからね〜」
「いや〜ん!ハルちゃん、ケイちゃん、待って〜〜〜」

圭一に向けた言葉と言うよりは、まだふざけているチュウに向けた言葉。そんな晴彦の声に反応したチュウが、さっきよりも増してシナを作りながら食券売り場へと向かった2人を追いかけてくる。その後ろからは、取り残されて慌てて追いかけてくる笹原と駒井の姿。
こんな冗談ばかりの会話が、今の圭一にとっては何よりも楽しかった。これまでの学校生活の中で、圭一が経験してこなかった雰囲気が、今のこの空間にはある。
そして、その空間の中心には、いつだって晴彦の存在がある。

「ん?どうした?」

食券機に向かう中、並んで歩く晴彦の、自分よりも少しだけ高い位置にある顔をそっと盗み見る。と、その視線に気付いた晴彦が、ニカッといつも人好きのする笑顔を浮かべながら問いかけてくる。
それに「なんでもない」と小さく返しながら、やっぱり小さく首を振る圭一を、変わらず笑顔のままで見つめてくれる瞳。そんな2人の背後から、抱きつくようにして肩に腕を乗せてくるチュウ。それを呆れながらも、ゲラゲラと笑いながら付いてくる笹原と駒井。
そんな、今や日常の1コマと化した空間の存在が、今の圭一にとっては何よりも幸せで、何よりも大切な時間だった。

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  2008/06/15 eternal lover コメント(1) TB(0) 記事No(83) ▲TOP
eternal lover act.11
最近、なんだか少し面白くない。
夏休みを目前に控え、前期の定期試験をも間近に控えたその日、憮然とした表情で晴彦は1人中庭の芝生の上に寝転んでいた。

「ちくしょう……なんだよみんな、手の平返しやがって……」

本当に、最近は面白くない事ばかりだ。
何が面白くないって、それはこの2ヶ月の間で少しずつ変わりだした、周りの反応。
それは、圭一がそれまでかけていた、お世辞にも見栄えがいいとは言えない大きな黒縁の眼鏡を外し、コンタクトレンズに変えた時から始まった。
チュウ達だけではない、それまでは圭一の存在を気に留めていなかった学生達が、手の平を返したかのように圭一に構いだしたのだ。
眼鏡を外した圭一は、その透けるように白い肌も、いつも潤みがちなぱっちりとした大きな瞳も、その瞳にまるで飾りのようについている長い睫毛も、ぷるんと少し厚めの赤い唇も、とにかく顔のどのパーツをとって見ても、思わず誰もが見惚れずにはいられないほどの可愛らしい美人だった。いや、男に可愛いだとか美人という形容をして例えるのもどうかとは思うのだが。

「最初に気付いたのは、俺だっての」

そして、そんな容姿のせいだけではない。圭一の持つ穏やかな雰囲気と、いつだってはにかむように、でもふんわりと浮かべられる笑顔に引き寄せられるように、その周りには人が集まる。
気付けば、いつの間にやら周りを人に囲まれてしまっていた圭一本人は、戸惑いの表情を浮かべながらいつも僅かに頬を染めていて、いつも少し困ったような笑顔を浮かべる。
それがまた可愛いだなんて言われてしまい、戸惑いを隠せないその瞳が、まるで助けてくれと言わんばかりに晴彦へと向けられる。
困ったように揺らす、いつもほんの少しだけ潤んで見える瞳に、そんな風にして見つめられると、いつだって晴彦の心臓はドキッと僅かに跳ね上がり、どんなに人に囲まれていたって、だからこそ自分を頼って向けてくれる圭一のそんな視線が嬉しかった。

『ケイちゃん、行こう』

いつだってそうやって晴彦が声をかければ、ホッとした表情を浮かべる圭一が、これまた思わずため息を零してしまうくらいに、ふんわりとした儚げな笑顔で頷くから。
ついついため息を零して、男も女も関係なくその笑顔に見惚れる学生達を退けながら、その場から圭一を連れ出す晴彦は、本人いわくナイトさながら。
そんな状況に、ちょっとしただなんてものではない、かなりの優越感を抱きはするものの、同時に面白くないという感情も湧いてきて。そんな思いがつい口をついて出れば、『最初に気付いたのは、俺だっての』だなどという愚痴へと繋がるわけだ。
『可愛くて優しくて、ふわふわと笑うケイちゃんに一番最初に気付いたのは俺!』それが、晴彦にとっての優越感であり、同時に後悔へと繋がる。

「なんで、コンタクトにしてみねえ?なんて言っちゃったんだろ。バカじゃねえの、俺……」

あの時、本当にそう思ったから口にした言葉。だけど、それがまさかこんな事になろうとは、想像もしていなかったのだ。
こんな事なら、コンタクトにしてみろだなどと言うのではなかったと、今になってそれを後悔したところで後の祭り。これまで気付かれることのなかった圭一の魅力を、大勢の前に晒してしまったのは、他の誰でもない自分自身なのだから、誰に文句を言うこともできやしない。
だから、何故かひどく悶々とする気持ちを抱えたままで、晴彦は1人こんな場所で拗ねてみる。

「西宮くん」
「ぉお〜ぅわ…っ!?」

圭一と初めて会話を交わした日、枕の役割を果たしてくれていた鞄をまたも枕代わりに頭の下に敷き、見上げた空のどんよりとしたグレーに、ますます気が落ち込みそうだと心の中で1人愚痴った時、いきなり頭上から覗き込むようにして現れた影の存在。
それが、今の今までふて腐れながら考えていた圭一だという事を理解した瞬間、晴彦の唇から自分でも意味の掴めない間抜けな声が発された。

「あ……起こしちゃったかな?ごめんね…」

ギョッと目を見開きはしたものの、起き上がろうとしない晴彦に、圭一が申し訳なさそうな表情で謝罪の言葉を口にする。

「寝てない寝てない!大丈夫っ!……です…」

慌てて起き上がり、そこまでする必要もないだろうと自分に突っ込みながらも、全力で否定する晴彦の姿に、驚いたように目を見開いた圭一が、やっぱりはにかんだようにふんわりと笑った。
自分1人がやけに焦ってしまっているという事実がどうにも照れくさくて、わざとらしい咳払いをしながらポンポンと自分の隣を叩けば、少し驚いたような笑顔で頷いた圭一が、素直にその場へと腰を下ろしてくれる。
たったそれだけの事がやけに嬉しくて、たった今まで感じていたはずの不機嫌が綺麗に流されていく。

「終わった?」
「うん」
「お疲れさん。なんだよな〜あいつら、ノートくらい自分でなんとかしろっての」

聞き逃してしまいそうなほどの、小さな小さなため息をついた圭一に気付き、覗き込むようにしてそう問いかければ、やっぱり困ったような笑顔で頷く圭一がなんだか気の毒で。
ブツブツと文句を言う晴彦の前に、少し遠慮がちに差し出されるコピー用紙の束。

「はい、これ…西宮くんの分」
「え?俺!?」
「うん。前に、ノートまともにとってないからやべ〜って、叫んでたでしょ?」

くすくすと笑いながら、手にしたノートのコピーを差し出してくれる圭一。
たった今、他の学生がこぞって圭一のノートを頼りにしている事に対して文句を言っただけに、それを受け取ってしまうのがひどく躊躇われて。

「いや…俺は……」
「そんな事言わないで使ってよ。せっかくコピーしてきたんだし」
「……すみません…ありがとうございます」

受け取るのを躊躇う晴彦の手中に、少し強引に押し込まれた紙の束を、面目ないと少し項垂れながら結局は受け取った。
これでは、結局圭一に群がる輩と同じではないかと、ほんの少しだけそう自分を責めながら。

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  2008/06/28 eternal lover コメント(0) TB(0) 記事No(85) ▲TOP
eternal lover act.12
「ケイちゃん、ケイちゃん」
「夏休みは何してる?」
「特に予定なかったら、学生最後の夏休み、一緒に遊び倒さない?」
「ケイちゃん、ケイちゃん」
「俺ら今度合コンすんだけどさ、一役買ってくんない?」
「ちょっと気が早いけどさ、卒業旅行の計画、みんなで立てねえ?」
「ケイちゃん、ケイちゃん」
「ケイちゃん、ケイちゃん」

試験最終日の今日、それぞれに受ける学科や科目は違うものの、こうして大学へと顔を出せば自然と圭一の周りに群がってくるハイエナども。

『けっ!夏休みだからって、浮かれてんじゃねえぞ!タコッ!』
『合コンだと〜?冗談じゃねえってんだ!』
『卒業旅行って、いくらなんでも気が早すぎんだろっ!!』

そのひとつひとつに、心の中で悪態をつく晴彦の機嫌は、時間がたてばたつほどに、圭一の周りに集まる輩が増えれば増えるほどに悪くなっていく。

「な〜んか、いつの間にやら、みんなのアイドル化してねえ?ケイちゃん」
「最初に俺らが仲良くなったのにな〜今や弾き出されてないかい?」
「ケイちゃん困ってんぞ。助けなくていいの?」
「うるせえな…」

囲まれている圭一の様子を、少し離れている場所から見つめながら、チュウ達がほんの少しのため息と共に吐き出す言葉。そうして問いかけられた台詞に、仏頂面のままでぼやくように呟く。

「あ〜らら…お気に入りを取られちゃって、機嫌悪いよ。この子ったら」
「マジでうるせえぞ、チュウ太郎!」
「きゃ〜っ!僕にあたらないで〜」

晴彦が不機嫌になればなるほど、その反応を楽しむかのようにからかってくる友人達をギロリと睨みつけ、どうにも治まらないイライラを抱えたまま、乱暴に椅子から立ち上がる。

「ハル〜どこ行くんだよ〜?」
「うるせえ!ヤニ吸ってくんだよ!放っとけ!」

ニヤニヤと、そんな擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべながら声をかけてくるチュウを一蹴し、鞄も持たずに教室を飛び出す。
校舎を出て向かうのは、中庭の端に位置する、ベンチの置かれた喫煙場所だった。
その場所を目指しながら、ズボンのポケットに突っ込んであった煙草を取り出し、よれて曲がった煙草を咥える。そして辿り着いた場所で100円ライターで火を点し、思いっきり吸い込んだ紫煙を恨みを込めて吐き出した。
それでも胸に生まれたもやもやもイライラも、一向に消える気配が見えず、何度も同じ行為を繰り返す。

「ムカつく……」

一体、自分は何をこんなにイライラしているのか。
チュウや笹野や駒井が、自分以外のツレと仲良く話していたって、全然気にならない。むしろ、たまにあのやかましい連中から解放されると、自分のやかましさを棚に上げて清々するとすら思えるのに。
圭一が自分以外の誰かと親しげに話しているのは気に食わない。圭一にはそのつもりはなくとも、圭一はその状況に困っているのだと理解はしていても、やっぱり気に食わない。
それは、『友達』に抱く感情としては、少々行き過ぎたものだと、さすがに晴彦にだってそれくらいの自覚はあった。
だからといって、まさかそれが恋愛の感情に結びつくだなどと、思考の隅にだって掠りもしないのは、けして晴彦が鈍感なせいではない。これまで同性を相手にそんな感情を抱いた事がないのだから、そう簡単には結び付けられないのは仕方のない事。
でもだからこそ、今自分の胸の中に巣食う感情に説明がつかなくて。だから余計にイライラする。

「ケイちゃんもケイちゃんだ……嫌なら、まともに相手しなけりゃいいじゃんよ」

自分で自分の感情を持て余している。その事でイライラして、こんな理不尽な文句だって口をついて出てしまう。
でもいつだって、こうして呟いてしまってから、すぐに凄く後悔する。
一緒に行動するようになって、自分だって結局はまだたったの2ヶ月。そういう意味では、今圭一の周りに群がる輩と大して変わらない。
それでも、やっぱり一番最初に声をかけたのは自分で、一番最初にその魅力に気付いたのは自分なのだ。

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  2008/07/05 eternal lover コメント(1) TB(0) 記事No(86) ▲TOP
eternal lover act.13
今まで親しい友人という存在がなく、いつも1人でいたと、最初の頃に圭一が話してくれた事がある。それはどうやら、思わず言ってしまったという様子で、言った直後に「しまった!」と、慌てた表情を貼り付け口を噤んでしまった圭一に、何故か深く突っ込むことを躊躇わされてしまったのだが。
いつだってそうだった。晴彦と話すときの圭一は、いつだって楽しそうに笑ってくれているのに、いつだって自分の事を多くは語ろうとせず。何かを言いかけても、すぐに口を噤んでしまう。
きっとそれは、人付き合いが苦手なのだと言った圭一の、引っ込み思案な性格がそうさせるのだろうが。
圭一と仲良くなってから、もっと圭一の事を知りたいと思うようになった晴彦にとっては、少しだけ寂しくて切ない。

「そうなんだよな〜…」

そんな事を考えながら、短くなった煙草を灰皿へと押し付ける。

「そうなんだよな〜…」

そして、もう一度同じ言葉を呟いてみる。
わかっているのだ。圭一のあの性格で、話しかけてくる輩にはっきりと「迷惑だ」なんて言えるはずはない事なんて、十分すぎるほどにわかっている。
だからこそ、圭一はいつだって晴彦に助けを求めるように視線を向けてくれていたのだろうし、晴彦だってそんな圭一を助けてやりたいと思ったのだ。
きっと今だって、いつものふんわりとした笑顔を浮かべながら、それでも圭一は凄く困っているはずだ。

「ヤニ吸ってる場合じゃねえっての……バカじゃん?俺…」

圭一が困っているのがわかっていながら、あの場にいるとどうしてもムカムカして、その気持ちを静めたくて抜け出した。でも、あの場面で困っている圭一を救えるのは、自分以外に誰がいるというのだ!などと、本当にナイトさながらに闘志が湧いてくる。
どう転んだって単細胞な晴彦の立ち直りの早さは、これはこれで長所と言えるのかもしれない。

(待ってろよ〜ケイちゃん!)

そんなどうでもいい闘志をメラメラに燃え滾らせ、さっきはどうにも晴れない気持ちを抱えて辿った道を引き返す。

「おっ!ナイトのご帰還か〜?」
「お〜お〜一直線だよ」
「単細胞ハル復活!」

教室に戻り、そんな揶揄の言葉を投げかけてくるチュウ達の方を見向きもせずに、真っ直ぐにハイエナ共に囲まれている圭一の下へと歩み寄る。そんな悪友達の声なんて、いまやただ一直線に圭一の下へと向かう晴彦の耳には届いてなくて。
やはりどう転んだって単細胞な晴彦の、晴彦が故の愛される理由……だという事にしておこう。

「ケイちゃん、行こう」
「に…し宮くん…?」

ハイエナに囲まれて、立ち上がれないまま椅子に座っていた圭一の真横に立ち、その細い腕をぐいっと引き上げれば、突然のその行動に驚いたような圭一の視線が向けられる。

「一緒に帰ろう」

でも、すぐに発された晴彦のその言葉に、やっぱり圭一はホッとしたように表情を緩め、いつものようにふんわりと笑顔を浮かべながら頷いてくれた。
それから後はいつもの事。呆然としながらも抗議の声を上げるハイエナ共を尻目に、掴んだ圭一の腕を離すことなくその場を立ち去る。
当然、置きっぱなしにしていた自分の鞄の存在にまで、晴彦の思考が回るはずもなく。晴彦が圭一を連れ出したと同時に、置き去りにされていた鞄を掴み後を追う、チュウと笹野と駒井の連携プレー。
結局いつもと同じ展開になるのなら、無駄に臍を曲げたって仕方がないのに……と、思っていてもそれを口には出さないチュウと笹野と駒井の3人は、この3年半の間にすっかりと単細胞晴彦のあしらいを完全にマスターした、ある意味でのスペシャリストだった。

「ありがとう…ごめんね…」

校舎を出て向かう校門への道のり、ようやく掴んでいた腕を解放すれば、申し訳なさそうな小さな呟きが耳に届き、視線を向けたそこには、へにゃっと表情を崩した圭一の姿。

「別に、ケイちゃんが謝るこっちゃないだろ。俺が好きでやってんだし」

少し伏せられた瞳を飾る、その白い頬についてしまうのではないかと思うくらい長い睫毛。その微かな震えが視界に飛び込んできて、それに意味のない胸の高鳴りを覚え、ついぶっきら棒な物言いをしてしまった晴彦に、不安に揺れる大きな瞳が向けられる。
眼鏡越しではない、その直接的な視線にまたドキッと胸が高鳴り。

「違う違う!迷惑だなんて思ってないからな!ただ、俺が面白くないから……あ!ケイちゃんに対してってんじゃなくて、あいつらだぞ?ケイちゃんが困ってるのがわかんねえわけじゃないだろうに、群がってるあいつらがムカツクだけで…っ!」

何を言い訳染みたことを言っているのだろう。どうしてこんなに焦らなければいけないのだろう。
圭一へのそんな言い訳を口にしながら、だんだんと自分の言ってる言葉の意味がわからなくなってくる。

「お〜い…何を告白しちゃってんだよ。女の子に告白でもしてるみたいだぞ〜」
「こ…っくはくっ!?バ…ッ!何言ってやがんだ、このバカチュウ!!」

その時、放り出されたままだった晴彦の鞄を肩に掛けながら、少し遅れて追いついてきたチュウがおかしな事を言い出して。
それは何か特別な意味を含んだわけではなく、チュウにしてみればいつものからかいの言葉にすぎなかったのだが。何やらドキドキと鼓動打つ自分の心臓を抱え、圭一にかけた言葉に自分でも動揺していた晴彦にとっては、何か触れられたくはないスイッチに触れられてしまったような、不自然なくらい焦る思いに狼狽えていた。
そんな晴彦の様子に、さすがに何かを感じ取ったのか、一瞬眉間に皺を寄せたチュウが、それでもそれ以上の言葉を口にする事はなく。

「ほれ!」

と、手にしていた晴彦の鞄を放って寄越す。

「サンキュ」

弧を描きながら手元に戻った鞄を肩に掛けながら、そっと伺い見た圭一は、いつも通り笑顔を浮かべていたけど。なんだかその表情が複雑そうに少しだけ歪んで見えたから。

「ケイちゃん……?」

そう声を掛けかけた晴彦の腕が、グイッと少し強い力で引っ張られた。
「いきなり何だよ!」と、上げかけた抗議の声は、想像していなかった近い場所にあったチュウの視線に遮られ。

「あとで付き合え。この後、おまえの部屋行くからな」

いつもヘラヘラとした笑みを浮かべているチュウの、一瞬見せられた見慣れない真剣な表情によって、圭一にかけるはずだった言葉を完全に飲み込んでしまっていた。

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  2008/07/15 eternal lover コメント(0) TB(0) 記事No(88) ▲TOP
eternal lover act.14
本当なら試験最終日の今日、圭一を誘ってどこか遊びに行こうと思ってた。
試験が終わった今、あとは夏休みに入ってしまう為、これから1ヵ月半の間、大学で圭一に会える事もなくなるのだ。
もちろん、休みに入ったからといって、大学には行かないからと言って、圭一に会えないわけじゃない。会いたくなれば連絡をとって会えばいいだけの話だ。
だからこそ、休み中の約束を取り付けたかったからこそ、今日は圭一を誘ってみようと思っていたのに。そんな晴彦の楽しみは、何故か険しい顔で促してくるチュウによって阻まれた。

帰り道、それぞれに大学からほど近い場所で1人暮らしをしている晴彦達は、この後どうするかという、遊びの相談で盛り上がっていた。もちろん晴彦だって、笑顔でその輪の中に入っていたのだが、大学を出る前に声を掛けてきた通り、すぐにでも晴彦の部屋へと向かおうとしていたチュウによって、半ば無理やりその輪の中から連れ出されたのだ。

『悪ぃ、俺らちょっと用事あるから』
『へ?チュウ?』

俺は別に何もねえよ?と、そう訴えかけるその前に、『いいから来い!』と引きずられ。
呆気にとられたようにして自分達を見ていた圭一達に、まともに『バイバイ』も言えないまま今に至る。

「なんなんだよ〜。みんなびっくりしてたじゃんよ」

大学から歩いて10分ほどの晴彦のアパートに戻り、六畳一間の部屋の中、引きっぱなしの万年床を足で払うようにしてその場所に座ったチュウへと、そんな当然の不満をぶつける。
と、一瞬呆れたような視線で、まだ立ちっぱなしだった晴彦を見上げてきたチュウが、大げさとも取れるほどに大きなため息を零した。

「おまえ、ちょっとイキすぎじゃね?」

そして、呟かれた言葉。その言葉の意味を理解できない晴彦が、僅かに眉を顰めながらチュウの隣にドッカリと腰を下ろした。

「は?言ってる意味がわかんねえんだけど。なんかおまえ、ちょっと感じ悪ぃぞ」
「わかんねえって、マジで自覚なしかよ」
「だから、わかるように言えってんだ。俺が何したってんだよ」
「ケイちゃん」
「ケイ…ちゃん?え?ケイちゃんが何?」
「マジで惚れたとか、そんな笑えない冗談言うなよ?」

来ていたシャツの胸ポケットから取り出した煙草に火をつけながら、いつもの軽い口調で言い放ったチュウの表情は、それでもどこか真剣さを含んでいて。
一瞬ポカンとしてその横顔を凝視した晴彦だったが、笑ってかわせない雰囲気をそこに感じ取り。

「…………は?おまえ、何言って…んの?」

またいつもの冗談かと、そう思うのに。ようやくにして口から出たのは、少し掠れ、はっきりとした動揺を表した声だった。

「はは……冗談キツ……俺もケイちゃんも男だぜ?」
「そうだよ。冗談キツイよな」

そして、そんなわかり切った事を言葉にする晴彦に、それまでほんの少しだけ険しく歪められていたチュウの表情が僅かに緩み。
吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出しながら、再び晴彦へと向けられた瞳の中に、安堵の色が広がっていた。

「わかってんならいいんだよ。ただな、度が過ぎると、冗談が冗談じゃなくなるって事もあんだよ。元々ケイちゃんに対しては、最初から構いすぎてんなあとは思ってたけど、最近特に目に付くからさ。それこそ、変に勘違いされちまうんじゃねえかってくらい」
「勘違いって……相手が女の子ならまだしも、男同士で何を勘違いするってんだよ」
「おまえのケイちゃんへの接し方が、まんま女に対する時みてえだって言ってんの!間違えんなよ?可愛い顔してたって、ケイちゃんは女じゃねえんだぞ」

ニッと、意地の悪い笑みを浮かべながらそんな事を釘さしてくるチュウの口調は、もうすっかりいつもの軽口を叩く調子のものだったが、それに曖昧な笑みで返した晴彦の心中は、このとき実は穏やかとは程遠い場所にあった。

「だいたいなあ、ケイちゃんの性格からして、今の状況は戸惑いの方が大きいだろうから、おまえが助けに入る事だって感謝してくれてっかもしんねえけどさ。この状況に慣れてきたとき、ケイちゃんが冷静におまえの態度を見たら、ちょっとウザくてキモイって思われるかもしんねえぞ」
「俺……そんなに…?」
「相手が女だったら、間違いなく勘違いまっしぐらだな」

ケラケラと、しまいには笑い出してしまったチュウを目の前にして、晴彦は自分の中でずっともやがかっていた気持ちが晴れていくような感覚を感じていた。

「おまえって単純だからさ、度が過ぎて、いつかマジで恋愛なんて事になったら、さすがに笑えねえし。心優しいお友達からの忠告だよ」
「チュウ……」
「んぁ?いいって、いいって。真面目に感謝なんかされたら、照れくせえじゃねえか」

呆然とした様子の晴彦の態度をどう勘違いしたのか、バシバシと肩を叩いてきながら笑うチュウは、すっかり話を冗談の一環としてすり替えてしまっていて。

「まあ、ケイちゃんの事構いたいのはわかるけどよ。俺から見たって、ケイちゃんって反応がいちいち可愛いしさ。でも気をつけろよ〜おまえって本当に単細胞だから、いつか自分の気持ち勘違いしそうでさ、怖い怖い」
「そうじゃなくて!チュウ……俺……」

大学に入学して知り合ってからずっと、一番気の合う友人として常に晴彦の近くにいたチュウにしてみれば、少し行き過ぎだと感じてしまうくらい圭一に構う親友が、その単純さが故に道を踏み外してしまうのではないかと、ほんの少しよぎった心配事を解決しようとして発した言葉だった。
もちろん、その発した言葉の大半が冗談で。これまで一緒になって合コンに勤しんでいた友人が、まさか本気で男に惚れているだなどと、真剣に心配したわけではなかった。
それでも、一番近くにいたからこそ、自分達に対するものとは明らかに違う、晴彦の圭一に対する態度から、僅かとは言え予感めいた思いがあったのかもしれない。だからこそ、本来なら言わずにやり過ごすであろう言葉を、あえて晴彦にぶつけたのかもしれないと、今この瞬間、目の前の親友の困惑した表情を見た時、確信とともに強い後悔を感じてしまっていた。

「な…んだよ…え?ハル?」
「俺、今やっとわかった……」
「お…おい…」
「サンキュー!俺、ケイちゃんの事好きだわ」
「……はっ!?」

晴彦の単純さ故に、このままだったらいつか本気で圭一の事を好きなのだと、そう勘違いする日がくるんじゃないかと、そんな心配は少なからずしていた。
でもだからこそ、そんな単純な晴彦だからこそ、こうして先手を打って釘を刺しておけば、男同士の恋愛なんてありえない、笑えない冗談だとそう言えば、構いすぎている自分を戒めてくれるんじゃないかと、そんな期待だってしていた。
それがまさか、こんな展開になろうとは──…。

「ずっとさ、こう……何かすっげえもやもやしてたんだ。チュウが言ったとおりだよ。俺は確かにケイちゃんに構いすぎてる。それは自分でもわかってたんだ。でも、もちろんケイちゃんは女じゃねえし、俺は女の子好きだし。ケイちゃんに対する気持ちが、恋愛のそれだなんて考えた事もねえけど」
「お、おい!ハル!?」
「おまえが言ってくれたから、や〜っとスッキリできた!マジでサンキューな!」
「ちょ……待て!おまえ、俺の話し聞いてた!?」
「聞いてた聞いてた。勘違いなんかじゃねえよ。俺、マジでケイちゃんが好きなんだ。だから面白くなかったんだ……」

慌てるチュウを横目に、妙に晴れ晴れとした表情を浮かべる晴彦は、もはや親友の忠告を聞く耳など持ってはいなかった。
たった今、男同士の恋愛なんて有り得ねえし笑えねえと、そう言ったチュウの言葉など、見事に忘れ去ってしまっていた。

「冗談じゃねえぞ!!」

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  2008/07/25 eternal lover コメント(1) TB(0) 記事No(89) ▲TOP
eternal lover act.15
「確かこの辺だよな……」

それまで自分の気持ちを自覚していなかったのが嘘のように、一度はっきりとその想いを自覚してしまってからの行動は、晴彦自身が自分でも驚いてしまうくらい早かった。
ずっと掴めなかった想いをはっきりとその手で、その胸で確かめた瞬間、ついさっきまで一緒にいた圭一に会いたくて仕方がなかった。

『冗談じゃねえぞ!!』

憤り露に、今にも部屋を飛び出して行きそうな晴彦の肩を押し留め、もう一度話しをしようと言うチュウを振り切り向かったのは、大学を出て程なくして反対の方向に帰っていく、圭一が一人暮らしをしているアパート。
だいたいの場所は聞いてはいたものの、圭一の部屋に訪れた事はなく。携帯を持っていない圭一と、それ以上の連絡を取る手段もない晴彦は、とりあえず向かった圭一が住んでいるアパートがあると聞いた、その近所を歩き回ってみる。
大学の近くということもあって、ここら一帯は学生向けのアパートやマンションが多いため、はっきりとした場所がわからない以上、探し出すのはなかなかに困難を極めていた。
ひとつひとつのアパートのポストを確認するものの、学生の一人暮らしでは表札がかかっていない事が当たり前で。
そういえば、住んでいる場所だけではない。自分は、圭一の自宅の電話番号ですら知らないのだと。大学で会えない限り、その場でちゃんとした約束を取り付けない限り、休みに入ってしまえば連絡すら取り合えないのだと、今更に気付いたその事実に苛立ちすら覚える。

「チュウの野郎……本気で殴りやがって…」

あの時、チュウが余計な邪魔さえしなければ、今頃は圭一と一緒に遊びながら、次に会う約束だってできたのに。と、そんな八つ当たりにも似た感情が湧き上がり、部屋を出る間際に頬に食らった、チュウの右ストレートを思い出し、またハラワタが煮えくり返る思いだった。
チュウが心配をしてくれているのだと、その気持ちは珍しく殴りつけてきたその態度からだって痛い程に伝わってきた。
こうして歩き回りながら、少しずつ冷静さを取り戻し始めた思考の隅で、もう一度チュウに言われた言葉を思い返してみれば、それが決して理不尽な怒りではないということも、不本意ながら理解できた。

「でも…しょうがねえじゃんよ……」

『笑えない冗談だ』と、そう言ったチュウの気持ちだってわからないわけじゃない。
それでも、はっきりと自覚してしまった以上、圭一に対する自分の気持ちが恋愛のそれなのだと、それがはっきりとわかってしまった以上、そんな自分の気持ちを否定しようなどという気持ちは、幸か不幸か晴彦には微塵もなかった。
それどころか、ここ最近ずっともやもやして、どうにも晴れなかった気持ちの霧が一気に吹き飛んだ気分で、圭一が自分と同じ男であるのだとか、普通に考えれば受け入れがたい状況に自分が立っているのだとか、そんな事には考えが及ばないくらい晴れ晴れとした気分になっていたのだ。

(こうなれば一か八かで大学に戻ってみるか?もしかしたら、笹野と駒井と一緒に、大学に戻ったかも……なぁ〜んて事、あるわけねえか…)

「あ〜あ……どうすっかな〜…あっ!」

当てもなく歩き回ったところで、目的とする部屋がわからなければ意味がない。
諦めの気持ちが半分以上を占め始めたとき、ようやくにして気が付いた事実。
そういえば、笹野と駒井はまだ圭一と一緒にいるはずだ。2人のどちらかの携帯に電話を入れれば、圭一だって一緒にいるのではないか?……と、今更に気付いた晴彦は、慌てて取り出した携帯で、リダイヤル機能から引っ張り出した駒井の番号へとコールを鳴らす。

「駒井!?ケイちゃん、まだ一緒にいるか!?」

電話の向こうのコール音が途切れ、反応があるはずの声を確認する前に、逸る気持ちを抑えきれずに小さく叫んでいた。

『ハル?ケイちゃんならいるけど、どうしたんだよ?』
「すぐに代わってくれ!」

大きな声ではなかったものの、いつもより興奮した様子の晴彦に気付いたのか、電話の向こうの駒井がそう問いかけてきたけど、それには答えずとにかく代わってくれとせっつく。
1分1秒を争う事態でもあるまいし、ましてや、これから告白をしようと思ったわけでもあるまいし、なにをそこまで興奮していたのかと、後になって考えれば少し恥ずかしい気もするが。
それでも、ようやく自分の気持ちに気付いた晴彦は、まだ全然その興奮状態から抜け出しきれていなくて。

『とにかくケイちゃんと話したい。
ケイちゃんの声が聞きたい。
そして、可能ならば、今すぐにケイちゃんに会いたい。』

ただ圭一の事ばかりに占められた思考に、完全に支配された状態と言っても過言ではなかった。

『もしもし…西宮くん?』

そして、すぐに聞こえてきたその声に、びっくりするくらいドックン…と、大きく心臓が跳ね上がる。

初めて会ったあの日から、初めて会話を交わしたあの日から、何故か圭一の事が気になって仕方がなかった。
どう考えても、それまで自分の周りにいた友人達とは違うタイプなのに、それでも圭一の事が気になって、構いたくて仕方がなかった。
自分でもちょっと過剰すぎるかな…と、そんな疑問を抱いてしまう程度には、圭一を構いすぎている事には気付いてた。
でも、その理由がわからなくて。いや、わからないというよりは、これまでの自分の経験の中には存在しなかった感情だから、比べる基準点がなかっただけで。だからこそ、気付けなかったし、そこに考えが行き着かなかっただけで。

想う相手の性の違いはあるけれど、これまでに恋なら何度かしてきた。そういう意味では、その手の感情に疎い方ではないはずなのに、それでもやっぱり、自分が同性相手に恋愛感情を抱けるだなんて想像もした事がなかったから。
でもきっと、ちょっと考えればすぐにわかった事だったのではないかと、今になってそう思う。
だって、やっぱり圭一はこれまでの友人達とは全然違うから。
晴彦にとっての圭一は、やっぱり何かが特別だから。
何が?とか、どこが?とか、そんな事を聞かれてもきっとわからないし答えられない。
ただ、何かが違うと、それだけはいつも感じていた。

『西宮くん?俺……鳴海だけど…』

「ケイちゃん?今どこにいる?迎えに行く!」

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  2008/08/01 eternal lover コメント(0) TB(0) 記事No(90) ▲TOP
eternal lover act.16
聞けば、大学の近くの駅周辺で、ちょうどお昼を食べようとしているところだったという。
すぐに自分も合流するからと言って、相手の返事も聞かずに電話を切った晴彦は、今いたその場所から歩いて10分程の距離を全力疾走で駆け抜けていた。

「ハル!」

そして、駅前まで出てきた時になってようやく、3人がいる細かい場所を聞かずに電話を切ってしまった事に思い当たり。
慌ててもう一度携帯を取り出しかけた時、左手にある改札付近からかけられた声。聞こえてきた駒井の声に視線を向ければ、半ば呆れ顔の3人がその場所に立っていた。

「ケイちゃん!」

当然、そこには圭一の姿もあって。
晴彦にしてみればようやく…本当にようやく会えた圭一に、やはり胸がザワザワと騒ぎ出す。

「ケイちゃん!じゃねえだろ。場所もろくに聞かねえで電話切りやがって。掛けなおしても電話に出ねえ、メールしても返事がねえんじゃ、俺ら先に店に入ることもできねえじゃんか」
「まあまあ、すぐに来たんだからいいんじゃねえの?…あれ?ハル、おまえそれどうしたんだ?」

ブツブツと文句を言う駒井の声も、それを宥めるような笹野の声も、晴彦の耳には届いてなくて。
何かを心配するように伸ばされた笹野の手ですら、今の晴彦の視界には入っておらず。

「や〜っと見つけた。ケイちゃんちの近くまで行ったんだけどさ、正確な場所聞いてなくてさ。ケイちゃん携帯も持ってないんだもんな〜。マジでどうしようかと思ったぜ。でも、こいつらと一緒にいてくれてよかった」

ただ真っ直ぐに向けたその瞳に映るのは、驚いたように大きく目を見開く圭一の姿だけ。
にこにこと、笑みを貼り付けながら言葉を繋ぐ晴彦を、今度こそ本当に呆れ顔で見つめていた駒井と笹野が、遂には口を閉ざし顔を見合わせ、大きな大きなため息をひとつ。
でも、それだって当然、今の晴彦の耳には届いていなくて。

「どうしたの?何か用事があったんじゃないの?」
「んぁ?ああ…別にたいした事じゃなかったから」

その時になってようやく口を開いた圭一が、おそるおそるといった様子で問いかけてきて。
ようやく晴彦の耳に届いた、小さな小さなその声。たったそれだけで、晴彦の気持ちは単純すぎるほどにうきうきと踊りだす。
用事があったと言っても、晴彦にとってはたいした事ではなくて。チュウが勝手に想像を膨らませ、勝手に盛り上がっていただけの話なのだから。
と、チュウに聞かれたら、また殴りつけられそうな事を考え……。

(いや、結果的にはそうとも言えないかな…)

すぐにそう思いなおし、またチュウに殴られた左頬が、ズキズキとした痛みを思い出させる。
チュウがああいう風にして話を持ち出してくれなかったら、今だって晴彦は自分の本当の気持ちに気付けないままだったかもしれない。
本当は圭一の事が特別な意味で好きなのに、その気持ちに気付く事なく、また理由のない苛立ちで、本当は誰よりも大切にしたい圭一に不機嫌な態度を見せてしまっていたかもしれない。

(うん。やっぱりチュウ太郎には感謝だな)

そんな、やはりチュウにしてみれば『冗談じゃねえぞ!』と叫びたくなるであろう事を真剣に考えた時、不意に伸びてきた圭一の、白くて綺麗な細い指先が、そっとそっと晴彦の頬に触れてきて。
夏だというのに少し冷たい、でも心地いいその感触にドキンと小さく心臓が跳ね上がる。

「赤く……なってるよ?」

大丈夫?と言いたげに、自分よりも少し低い位置から見上げてくる、心配気に揺れる瞳の存在が、またドキドキと晴彦の心臓を打ち鳴らす。
本人も意識していないだろう程に、ほんの僅か首を傾げたその行動が、堪らなく可愛くて。
当然そんな事をできるはずはないけれど、すぐにでもぎゅ〜っと抱きしめたい衝動に駆られ、そんな気持ちを抑え込むのに必死になってしまう。

「大丈夫、大丈夫。たいしたこっちゃねえよ」
「なんだよ、チュウとケンカでもしたんかよ」
「そういやチュウは?あいつと一緒だったんだろ?」

その時になってようやく、晴彦の耳に届いた怪訝そうな駒井の問いかけと、笹野の落ち着いた声色での問いかけ。
それには苦笑で返し、あえて言葉を濁した晴彦は、気を取り直したようにまたにこにこと笑みを浮かべながら、目の前の圭一の頭をくしゃくしゃっと撫で回した。

「に…西宮くん…?」
「腹減った。何か食いに行くんだろ?俺も一緒に行っていい?」
「え?あ…もちろん。でも、中野くんはいいの?」
「ああ、いいのいいの。それより何食う?マジで腹減った〜」
「おい、ハル!」

自分達の問いかけには答えようとしない晴彦に、少し尖った声を掛ける駒井を、隣に立つ笹野が宥め。でも当然、晴彦にはそんな2人の様子ですら見えてはいなかった。
別に、チュウの事にしたって、今傍にいる友人達の事にしたって、いい加減に考えているわけではないが。本当にこの時の晴彦の思考は、全て圭一で染められていて。
自覚してしまった想いが走り出し始めたばかりの晴彦にとって、今何よりも大切なのは圭一の笑顔だったのだ。
ほんの1時間ほど前に別れたばかりだけど。さっき別れた時とは明らかに違う自分の気持ち。
今までだって、圭一が見せてくれる控えめな笑顔は、晴彦にとっては特別だったけど。圭一の事が好きなのだと、それに気付いてしまった今、視界に触れる圭一の、やはり控えめな笑みの存在は、もっともっと特別だった。

「う〜ん…やっぱ俺、ケイちゃんの事好きだな〜」
「………!?な…何、突然?」

腹ごしらえだと、半ば強引に引き寄せた圭一の手を、ぎゅっと握りこみながらした告白。
もちろんそれは、今発した「好きだ」という言葉に、特別な意味を含んでいると、それを伝えるようなものではなかったけど。
それでも、こうやって口に出せた事で、ますます晴彦の気持ちは晴れ晴れとした思いでいっぱいになる。
と、一瞬何を言われたのかがわからない様子だった圭一の顔が、明らかな狼狽を伝えてきて。
皿のようにまん丸に見開かれた瞳が、次の瞬間照れたように逸らされ、握りこんでいた細い手が逃げようとするように引っ張られる。
もちろん、圭一が照れているように見えるだなんて、それは晴彦の都合のいい勝手な解釈だけど。そこに嫌悪の感情などはもちろん見受けられなかったから。
たったそれだけの事で上機嫌になれてしまう、そんなお気楽な思考を持ち合わせた晴彦は、逃がすもんか!と、ますますその細い手を握り締める自分の手に力を込める。

「ケイちゃんが好きだ〜〜!」
「に…西宮くん!?」

こうして声に出してみると、ますますはっきりとしてくる自分の気持ち。
いきなりこんな駅前、人ごみの中で、声高にそんな事を言い出した晴彦に、真っ赤になって俯いてしまう。そんな圭一の仕草が可愛くて。

「そんな可愛い事されちゃうと、ぎゅ〜ってするぞ?」

ついつい、目一杯の本気を詰め込んだ冗談を言ってしまう。
それにますます狼狽えたように、握りこんだ手を引こうとする、圭一の小さな小さな無駄な抵抗がまた可愛い。

「始まったよ……」
「笹野〜〜っ!傍観してないで、何とかしろよこのバカ!一緒にいる俺らまで、変な目で見られてんじゃねえか!」
「無駄……だろ?」
「………ごもっとも…」

別にからかっているわけではない。今自分自身が発した言葉に、ひとつの嘘だってもちろん含んではいない。
でも、まさか今ここで本気の告白なんてできるはずもなく。
そんな事をすれば、今度こそ本当に圭一を困らせてしまうのは、いくら単細胞の晴彦といえどもわかっていたから。
でも、どうしても、どんな形でもいいから自分の気持ちを伝えたくて。
後ろからついてくる笹野と駒井の、呆れきった会話は耳に届いてきてたけど。晴彦にとっては、そんな事は全く問題になどならなかった。

「ケイちゃん、何食べたい?」

だって、そう言って覗き込んだ圭一の表情は、本当に戸惑うように揺れていて。
それでも一生懸命に浮かべてくれた笑顔が、本当に本当に可愛かったから。

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  2008/08/17 eternal lover コメント(3) TB(0) 記事No(91) ▲TOP
eternal lover act.17
試験も終わって、今日から夏休み!というあの日。
何故か妙に興奮した様子の晴彦から、夏休み中も会いたいから自宅の電話番号を教えてくれと言われた。
「今、家の電話は繋いでないんだ」と答えれば、少し驚いた表情を浮かべ、でもすぐにいつものように笑った晴彦が、少し強引に次の約束を取り付けてきた。
あれから2日後の今日、ほんの少しだけ緊張しながら向かうのは、お互いが住んでいるアパートからちょうど中間地点にある大学の校門。
たった2日前に会ったけど、それまでは毎日のように大学で会っていたけど、こうして学校以外で約束をして待ち合わせるのは初めてで。
大学でだって、だいたいいつもチュウと駒井と笹野の3人を加えた、5人で行動する事が多かったから、2人きりで行動をするなんて事、今までにもほとんどなかった。
だから、こうして外で会うために待ち合わせをして、しかも晴彦と2人きりなのだと思えば、知らず胸が緊張を訴えてくる。
大学まではゆっくり歩いたって10分。あまり早く行きすぎても仕方がないと思いながらも、約束の30分も前に部屋を出てしまった自分に、思わず苦笑が漏れ出す。

「ケイちゃん!」
「西宮くん……」

いくらなんでも早すぎるよな……と、腕に嵌めた腕時計へと視線を落とした時、聞きなれた元気な声が圭一の耳に届き。
驚き視線を向けた場所。約束をした11時よりも20分も早い時間だというのに、すでに校門の前で待っていたらしい晴彦が、大きく手を振って圭一の目の前まで駆け寄ってきた。

「早いじゃん」
「え…う、うん……西宮くんこそ…」
「おう、な〜んか待ちきれなくてさ、実は30分前に来ちゃった」
「え?ご、ごめん…ね?待たせちゃって…」
「なぁ〜に謝ってんだよ。俺が勝手に早く来ただけだろ。ケイちゃんだって早いし」

待ちきれなくて、約束の30分前に来たと言う晴彦の言葉が嬉しくて、でも申し訳なくて。
俯き謝罪の言葉を口にすれば、いつものようにカラカラと笑い飛ばす晴彦の指先が、ツンと圭一の額を突付いてきた。
そんな何気ない仕草のひとつひとつに、みっともないくらいに心臓が跳ね上がる。
もともと晴彦は、スキンシップが好きなタイプらしいと、それはこの3ヶ月の付き合いの中でわかってはいた。それでも、晴彦にとっては何でもないそんな行為のひとつひとつを、圭一は特別な意味を持って意識してしまう。
ありえないとわかっていても、そんな仕草や行動のひとつひとつに、ドキドキと高鳴る胸が、してはいけない期待をもたらしそうになる。

あの日だってそうだ。試験最終日のあの日、何か用事があるからと言ってチュウと2人で帰ったはずの晴彦が、別れてから1時間もしないうちに圭一を探して駒井の電話に連絡をしてきて。
合流すると同時に、まるで圭一に会いたかったといわんばかりに笑顔を向けてきた。
そして、その時不意に繋がれた手が、発された言葉のひとつひとつが、圭一の心臓をこれ以上ないほどに忙しなく鼓動打たせ、その瞬間にも膨れ上がってしまいそうな期待を、押し殺すことで精一杯だった。
これまでだって、圭一に対して少し過剰気味なほどに構ってくれていた晴彦だったけど、あの日を境に何かが変わったような気がして。
今日だって、「一緒に携帯を見に行こう」と言い出した晴彦が、あの日の別れ際に突然約束を取り付けてきたのだ。
『だってさ、家の電話も繋がってない、携帯も持ってないじゃさ、学校で会えないんだし連絡の取りようがねえじゃん。会いたいと思っても会えないだろ?』
それはつまり、休みの間も圭一と会いたいと、そう思ってくれているということだ。ただ学校で会う友人としてだけではなく、本当に親しい友人のようにして、圭一に接してくれているという事だ。
そのことは凄く嬉しいのに。そうやって向けてもらえる好意は、素直に嬉しいと思えるのに、同時に少しだけ切ないなんて。

(贅沢者だよな……)

もしかしたら……ほんの1パーセントに満たない可能性でも、もしかしたら自分と同じようにして晴彦が好きになってくれるかもしれないなんて。
女の子が大好きで、合コンが大好きで。そんな晴彦が、同じ性を持つ圭一に対して、万が一つにだってそんな感情を抱いてくれるはずがないと、それをわかっていながらも、その1パーセントに満たない可能性に縋りたくなる。
向けられる晴彦の、優しすぎる言動のひとつひとつに、そんな夢を見たくなる。

「ケイちゃん、ちゃんと学生証と印鑑持ってきた?」
「あ…うん。でも俺、携帯なんて使った事ないから……」
「大丈夫だって。俺がちゃんと教えてあげるから。家の電話が繋がってないんじゃさ、本当に連絡の取りようがないもんな。あ、もちろん無理にとは言わないけど……ケイちゃんがどうしても気が進まないって言うなら…」

と、一瞬よぎったそんな考えに自嘲を漏らし俯いた圭一を、晴彦がひょいと覗き込んできた。
そして、今更ながらに自分の強引さに気付いたかのように、本当に今更にそんな事を言ってきて。

「全然…っ…そんな事ない!」

また自分の自信なさげな態度が、晴彦に誤解を感じさせてしまったのかと、慌ててぶんぶんと首を振りながら否定した。
そんな圭一の仕草に、一瞬驚いたような表情を浮かべた晴彦が、それでも次の瞬間にはいつもの笑顔を浮かべ、「そっか、そっか」と言いながら、わしゃわしゃと圭一の頭を撫で回してきたから。それだけの事が凄く照れくさくて、でも向けられたその笑顔が嬉しくて。

「じゃあ、行こっか」

そう言った晴彦が、自然に……本当に自然に圭一の手を取ったから。

「に…西宮くん…!?」
「あ、ごめん。やっぱ気になる?」

焦った圭一の声が何を示しているのか、それに気付いた晴彦の、全く悪びれなく向けられる笑顔。
答えに詰まってしまった圭一に、ほんの少しだけ困ったように表情を揺らした晴彦が、「ごめん、ごめん」と軽い口調で言って繋いできた手を離した。

「男同士で手を繋ぐなんて、気持ち悪いって思われても仕方ないよな……うん」
「あ…違……っ!」
「本当にごめん!もうしないからさ、引かないで?」

気持ち悪いだなんて思わない。むしろその逆なのに。
不意に繋がれた手から伝わってくる温もりに、ドキドキしてしまっただけなのに……などと、そんな事は言えるはずもなく。

(西宮くんは…?西宮くんは気持ち悪いと思わないの?もうしないからって……引かないでくれって……それはどういう意味?)

離されてしまった手が、それでもたった今触れ合った温もりに、まだ心臓がドキドキと鼓動打っていて。
普通に友達としてのスキンシップであるならば、そこまで言い訳のような事を言わなくてもいいのに。そんな風ににして謝られると、また過度の期待を抱いてしまいそうになる。
ありえないとわかっていても、晴彦が自分と同じ性癖を持っているはずがないと、それを理解していても、向けられた言葉の全てが圭一の心を波立たせる。
でも、そんな想いを口に出す勇気がなくて。
言ってしまったが最後。自分が抱いている、この邪まな想いを見抜かれてしまいそうで怖くて。
ただ友人として好意を寄せてくれる晴彦の、今も真っ直ぐに圭一へと向けてくれている瞳が、侮蔑と軽蔑の色に染められてしまうのが怖かった。

「引いたりなんか……しないよ…?」

それだけを伝えるのが精一杯だった。

「よかった〜。じゃあさ、行こうぜ。ケイちゃんの携帯の、アドレス登録のトップバッターは俺な?一緒に選びに行くとっけ〜ん!」

今の自分は、その真っ直ぐに向けられる晴彦の瞳に、不自然に映っていないだろうか?
おかしな疑問を抱かれたりはしていないだろうか?
そんな抱いた不安を一蹴してくれるかのように、浮かべられた笑顔も掛けてくれるその口調も、いつもと変わらないものだったから。

(これは別に、何も異常な感情ではないよね?)

恋愛という感情を向ける相手が、異性か同性かという違いはあるけれど、自分が想いを寄せる相手に同じように想って欲しい。
いつか、自分と同じように、相手も自分の事を好きになってくれればいいのに。
そんな気持ちは、恋をする者なら誰だって一度は抱く感情だ。
そんな願望に、性別なんて関係ないはずだ。
たとえそれが、1パーセントに満たない可能性であったとしても───…。

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  2008/09/05 eternal lover コメント(0) TB(0) 記事No(94) ▲TOP
eternal lover act.18
真夜中の繁華街。眠りを知らない人々が、夜な夜なそれぞれの安らぎを求めてこの街を彷徨い歩く。
昼間は世間の常識の波に紛れ、被りなれたフリをし続けた仮面を心置きなく取り外し、思い思いの夜を過ごす。
この街では、誰も自分達の存在を否定したりしない。同じ傷を持つ者同士、時にはその傷を舐めあい慰めあい、孤独を抱えた心をほんの一時癒す聖域。
…と言うには、昨今のブームに紛れ、賑やかな通りを闊歩する人々の中に、どれだけそんな悩みを抱えた人がいるのだろうと、そんな疑問を抱いてしまいそうになる。

いくつもの看板が掲げられたビル街。そこを歩く人々も様々で。
大昔には、世間一般でいう普通の性癖を持つ人々には、異様だと嫌悪すら感じられる時代もあったであろうこの街も、最近ではハトバスツアーに組み込まれる時代になったらしい。
そんな華やかなネオンの中、まるで隠れるようにして、雑居ビルの一角にひっそりと看板を掲げる、『Realize』というショットバー。
そこはツアー団体客はお断り。ひやかしの客はもちろんお断り。
一見さんお断りなどと、そんな堅苦しい事はさすがに言わないが、ブラックライトの照明だけに照らされた、僅か8坪ほどの薄暗い店内は、いつもだいたい常連客で埋まっていた。
「ここは観光スポットでもなんでもないわ。私たちは、見世物でも何でもないんですもの!」
それは、もう20年もの長きに渡り、太腕1本でこの店を切り盛りしてきた、もう数年もすれば還暦を迎えるのではないかと噂の高いママの、20年来崩さずにきたポリシーらしい。

「麗子さん、今日はまだケイくんは来てないのかな?」
「あら〜原ちゃん、相変わらずケイちゃん目当て〜?目の前にこ〜んなイイ女がいるってのに、毎度の事ながら聞き捨てならないわね〜」
「麗子さんはイイ女だけど、生憎僕は女性には興味ないからね」
「や〜ん、残念!でも大丈夫、心は女だけど、見た目はしっかり男よ〜」

いつもの指定席に座りながら、琥珀色の液体が注がれたグラスを傾け問いかけてくる客に、カウンターの中から冗談交じりに答えれば苦笑が返ってくる。
こんな台詞のやり取りだって、この街では誰の目憚ることなく交わされる。

「ケイちゃんなら、もう入ってるわよ。今着替えてるから、もう少しだけお待ちなさいな。でもね、ケイちゃんはホステスでもなんでもないんですからね!それだけは忘れないでちょうだいよ?」
「わかってるよ。もう何年通ってると思っているんだい?でも……ケイくんも長いね。もう何年になる?」
「3年……になるかしらね〜」
「従業員は雇わない事で有名だった麗子さんが、ある日突然可愛い子を入れたんだもんな。驚いたのは僕だけじゃないと思うよ?」

もう10年近くこの店に通うその客の言葉に、麗子さんこと『Realize』のママは曖昧な笑みで返す。

「放っとけなかったのよ……」
「え?」
「おはようございます」
「あっら〜ケイちゃん、ほらほらお待ちかねよ!」
「原西さん、いらっしゃいませ」

ポツリと、口をつけたグラスの中に呟きを漏らした時、「え?」と聞き返した原西の声を遮るようにして、カウンター奥の小さな扉から顔を覗かせた1人の青年。
ほっそりとした体躯に、ただでさえ色白な肌がブラックライトの照明に照らし出され、なお一層その儚さを浮かび上がらせる。
モノトーンのギャルソン姿は、華奢な身体付きを際立たせ、つい先日までかけられていた少し野暮ったい眼鏡を外した事で、青年の美しい顔の造形を浮かび上がらせていた。
ママに促されるようにしてカウンターについた彼が、小さな微笑みを湛えて発する声は、店内に流れるクラッシク音楽に掻き消されそうなほどにか細いのに、そんな小さな声ですらも聞き分ける店内の客が、それだけでにわかに色めき立つ。
彼と近づけるこのカウンター席は、訪れる客達の特等席とも言える場所で。
僅か5席しかないその場所が、彼がここに勤め始めた3年前から、空席だったことがないほどだった。

「今夜は珍しく遅かったんだね。デートでもしてたのかい?」
「……え?」

週に5日。必ず店に入っている彼は、毎回店がオープンする時間にはこのカウンターの中にいて。
いつだって変わらない、どこか翳りすら伺わせる儚く小さな笑みで迎えてくれる。
その笑みに、いつだって切なさにも似た感情を感じさせられるのに、その微笑みに癒される気持ちも本物で。その笑みに迎えられたい常連客達の、この店へと向かう足を更に頻繁なものにさせていた。
そんな彼が、夜7時オープンの店に、珍しく2時間遅れて入り。これまでになかった事だけに何気なく向けた問いかけ。
それを向けた原西に、すぐに静かな笑みを浮かべ取り繕った彼の、その瞳に一瞬走った動揺を悲しいかな見逃せなかった。

「そうか…ついにできちゃったか…」
「うそ!?ダメだよケイくん!ケイくんは俺たちのアイドルなんだから!」
「え?え?相手はどんな男なの?」

再びグラスを傾けながら、ポツリと寂しげに呟いた原西の言葉を遮るかのように、カウンターを占領していた男たちが慌てたように言葉を発し。

「やだ、違いますよ!本当にそんなんじゃないですから…」

こちらも慌てたように否定する彼の頬が、白すぎるが故に、薄暗い店内の中でもほんのりとピンクに染まるのが見て取れた。
「違う」と否定した彼の言葉を、裏切るかのようなその仕草に、皆一様に落胆を隠し切れない。

「こらこらこら〜っ!プライベートにまで首突っ込むんじゃないわよ。ケイちゃん、早速で悪いけど、これ持って行ってくれる?」
「あ、はい……えっと…」
「奥のテーブルね」

当然突っ込んで聞き出したい客達の、ギラギラと光る瞳を前に、怯んでしまっている可愛そうな白うさぎ。
そんな彼に助け舟を出すように、落胆に色塗られた雰囲気を翻すかのように、陽気なママの声が店内に小さく響いた。
そして出された助け舟に乗っかって、渡されたピザを片手にいそいそとカウンターを出る彼の、ほっそりとしたその後姿を、店内にいた全ての客が溜め息と共に見つめていた。

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  2008/09/13 eternal lover コメント(1) TB(0) 記事No(96) ▲TOP
eternal lover act.19
店の営業時間は、午後7時から翌朝の4時まで。
もちろん、客の入り方によっては、営業時間の延長を余儀なくされる事は当たり前だった。
大学での授業があるときは、日付が変わる頃にはあがらせてもらっていたが、夏休みの今、平日の3日と週末、そのシフトは変わらないまでも、店がオープンしてからクローズまでバイトに入っていた。

「お疲れ様〜今日は客引き悪かったわねぇ…」
「お疲れ様です」

全ての片付けを終え、カウンター奥の扉から続く部屋へと戻れば、少し遅れて入ってきた麗子がため息交じりにそんな言葉を漏らす。
それに笑顔で返しながら、着替えを済ませた圭一は、そっとズボンのポケットに忍ばせていた携帯を手に取った。
初めて持ったその小さな電話の存在が、やけにくすぐったく胸に広がり。
つい十数時間前に手に入れたそれには、まだたった1人、晴彦の連絡先だけが登録されていた。
視線を落としたサブディスプレイには、新着メールを知らせる表示。
開いて見たそこには、当然だけどたった1人この携帯の番号とアドレスを知る、晴彦からのメールの着信が示されていて。
もう日付が変わろうかという時間帯に送られてきたらしい、『今日は楽しかった。また遊びに行こうな!おやすみ〜』というメッセージ。
当然バイト中だった圭一は、これに対する返信ができたはずもなく。

「どうしよう……」

自分がバイトをしている事を伝えていなかっただけに、いきなりメールを無視したと、そう思われてしまっただろうか……と不安がよぎる。
しかし、まだ早朝の5時半を回ったばかりの時間。こんな時間にメールを送ってしまっては迷惑になるだけだと、諦めて携帯をしまいかけ、でも……と再び開いてみる。

「やっぱり……」

メールの返信だけはしておいた方がいいよなと思いながらも、なかなか決心がつかず。こんな事で思い悩んでいる自分に呆れたため息を零す。

「なぁ〜にやってんのよ?…って、あら?ケイちゃん、携帯なんて持ち始めたの?」
「う…っわ!あ、えっと…これは……」

そんな圭一の葛藤を、背後で煙草を燻らせながら見つめていた麗子が、どこかおかしさを隠しきれない声色でひょいと肩越しに覗き込んできて。
晴彦からのメールの画面を開いたままだった携帯を慌てて閉じ、取り繕うようにして浮かべられたその笑顔は、不自然に引き攣っていた。

「本当にいい人ができたのかしら〜?」
「そんなんじゃないってば!」

からかうようにして向けた言葉に、珍しく声を上げて否定してきた圭一の顔は、思わずポカンとしてしまうくらいに真っ赤に染まっていた。
それは、店に入った時に客から向けられた言葉に対する、圭一の態度からもわかってしまっていた事だったが、ここまであからさまに態度に出されると、一瞬言葉に詰まってしまうのは悲しい人のサガ。
同時に、麗子の胸によぎったひとつの予感。いや、それは予感というにははっきりとしすぎていて、確信と言った方が正しいのかもしれない。

「やっだ〜うっそ〜!もしかして、例のお友達かしら?」
「…え?」

そして、ふと脳裏をよぎったもうひとつの予感に、年甲斐もなくワクワクと瞳を輝かせた麗子の突っ込みに、やっぱり目の前の圭一の大きな瞳がますます大きく見開かれて。

「え〜っと…確か西宮くんだったかしら?ねえねえ、そうよね?」

それは、ほんの3ヶ月近く前。GWの連休が明けた頃に、初めて圭一の口から聞かされた名前。
これまで、学校での事を、そして友人の事など全くと言っていいほど話さなかった圭一が、初めて口にした学校の友達の名前だった。
その時、初めてちゃんと友達と呼べる存在ができるかもしれないと、そう言った圭一の言葉には切なさを感じられずにはいられなかったが。
晴彦を加えた、4人の友人の話をする圭一は本当に楽しそうで。
初めて会った日から約3年。その間に知ったその心に巣食う闇を知るだけに、圭一のそんな変化は麗子にとっては嬉しいものだった。
彼らのおかげで、初めて学校が楽しいと思えるようになったと、そう話す圭一の笑顔は、相変わらず控えめながらもキラキラと輝いていて。
その中でも、『西宮くん』とその名を口にする時の圭一の表情は、本人がどれだけ否定しようとも、確実に恋愛感情の含まれたそれだったのだ。

「やったじゃない、ケイちゃん!」
「れ…麗子さん?」
「やっとなのね〜やっと、ケイちゃんに春が来たのね〜!春よ春!青い春!青春よ〜〜」
「ちょ…ちょっと!やめてってば!本当にそんなんじゃないんだからっ!」

まるで自分の事のように、本当に年甲斐もなく万歳なんかをしてくれる麗子が、その反動で指に挟み込んでいた煙草を危うく取り落としそうになり。
慌ててそれを近くの灰皿に押し付けた麗子が、またにこにこと嬉しそうに見つめてくる。
そんな麗子の反応は、なんだか気恥ずかしいながらも嬉しくて。
でも、そんな賛辞の言葉に顔を真っ赤にしながらも、同時に圭一の胸に走る小さな痛み。
自分達のような性癖を持つ人間に限らず、恋愛の成就はなかなかに難しい。片想いは、別に珍しい事でもなんでもないし、それを性癖のせいにするつもりは当然ない。
でも、そう思いはしても、世間一般で言えば普通ではない自分達の恋愛が、ノンケ相手の恋ともなればその答えは明白だ。
ノンケ相手に恋心を抱いたところで仕方がない。例え何かの間違いでその恋が成就しても、所詮長続きなどしない。
頭でそれをわかっていても、実際の想いはそう簡単に割り切れるものではない。
それはそれで仕方がないと、それでも今のこの恋を楽しむのだと、そう割り切れるタイプの人間ならいい。
でも、圭一は違った。頭ではわかっていても、そう簡単に割り切れるタイプの性格ではない自分を、嫌というほどにわかっていた。

「西宮くんは…本当にそういうのじゃなくて……俺の…片想いだから…」

晴彦に、この想いを告げられるなんて、そんな事は思っていない。
それでも、この想いが成就することがないとわかっていてもなお、抑えきれないほどに膨らんだ気持ちも本物で。

「告白するつもりなんてないんだ……傍にいられるだけでいいんだ。だってさ、片想いなんて普通の恋愛でだって当たり前の事でしょ?ただ好きでいたいだけ……」
「ケイちゃん…?」

片想いをしているだけだと、ただ好きでいたいだけだと、そう言った圭一の表情は、どう見てもようやく手にした恋を楽しんでいるものとは明らかにかけ離れていて。
麗子としては、別に圭一の気持ちを追い詰めたかったわけでも、その恋心を悲観して捉えて欲しかったわけではなかったのに。
人一倍傷つきやすく繊細な圭一を、逆に追い詰めてしまったかと、僅かな後悔がよぎる。
恋に臆病になっていた圭一が、また人を好きになれたのだと、単純にその事が嬉しいのだと、それを伝えたかっただけなのに。
麗子が思う以上に、今の圭一の気持ちは大きく膨らみすぎているらしいと、目の前で辛そうに表情を歪めながらも、必死に問いかけてくる姿が訴えかけてくる。

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  2008/09/18 eternal lover コメント(0) TB(0) 記事No(98) ▲TOP