すぐに自分も合流するからと言って、相手の返事も聞かずに電話を切った晴彦は、今いたその場所から歩いて10分程の距離を全力疾走で駆け抜けていた。
「ハル!」
そして、駅前まで出てきた時になってようやく、3人がいる細かい場所を聞かずに電話を切ってしまった事に思い当たり。
慌ててもう一度携帯を取り出しかけた時、左手にある改札付近からかけられた声。聞こえてきた駒井の声に視線を向ければ、半ば呆れ顔の3人がその場所に立っていた。
「ケイちゃん!」
当然、そこには圭一の姿もあって。
晴彦にしてみればようやく…本当にようやく会えた圭一に、やはり胸がザワザワと騒ぎ出す。
「ケイちゃん!じゃねえだろ。場所もろくに聞かねえで電話切りやがって。掛けなおしても電話に出ねえ、メールしても返事がねえんじゃ、俺ら先に店に入ることもできねえじゃんか」
「まあまあ、すぐに来たんだからいいんじゃねえの?…あれ?ハル、おまえそれどうしたんだ?」
ブツブツと文句を言う駒井の声も、それを宥めるような笹野の声も、晴彦の耳には届いてなくて。
何かを心配するように伸ばされた笹野の手ですら、今の晴彦の視界には入っておらず。
「や〜っと見つけた。ケイちゃんちの近くまで行ったんだけどさ、正確な場所聞いてなくてさ。ケイちゃん携帯も持ってないんだもんな〜。マジでどうしようかと思ったぜ。でも、こいつらと一緒にいてくれてよかった」
ただ真っ直ぐに向けたその瞳に映るのは、驚いたように大きく目を見開く圭一の姿だけ。
にこにこと、笑みを貼り付けながら言葉を繋ぐ晴彦を、今度こそ本当に呆れ顔で見つめていた駒井と笹野が、遂には口を閉ざし顔を見合わせ、大きな大きなため息をひとつ。
でも、それだって当然、今の晴彦の耳には届いていなくて。
「どうしたの?何か用事があったんじゃないの?」
「んぁ?ああ…別にたいした事じゃなかったから」
その時になってようやく口を開いた圭一が、おそるおそるといった様子で問いかけてきて。
ようやく晴彦の耳に届いた、小さな小さなその声。たったそれだけで、晴彦の気持ちは単純すぎるほどにうきうきと踊りだす。
用事があったと言っても、晴彦にとってはたいした事ではなくて。チュウが勝手に想像を膨らませ、勝手に盛り上がっていただけの話なのだから。
と、チュウに聞かれたら、また殴りつけられそうな事を考え……。
(いや、結果的にはそうとも言えないかな…)
すぐにそう思いなおし、またチュウに殴られた左頬が、ズキズキとした痛みを思い出させる。
チュウがああいう風にして話を持ち出してくれなかったら、今だって晴彦は自分の本当の気持ちに気付けないままだったかもしれない。
本当は圭一の事が特別な意味で好きなのに、その気持ちに気付く事なく、また理由のない苛立ちで、本当は誰よりも大切にしたい圭一に不機嫌な態度を見せてしまっていたかもしれない。
(うん。やっぱりチュウ太郎には感謝だな)
そんな、やはりチュウにしてみれば『冗談じゃねえぞ!』と叫びたくなるであろう事を真剣に考えた時、不意に伸びてきた圭一の、白くて綺麗な細い指先が、そっとそっと晴彦の頬に触れてきて。
夏だというのに少し冷たい、でも心地いいその感触にドキンと小さく心臓が跳ね上がる。
「赤く……なってるよ?」
大丈夫?と言いたげに、自分よりも少し低い位置から見上げてくる、心配気に揺れる瞳の存在が、またドキドキと晴彦の心臓を打ち鳴らす。
本人も意識していないだろう程に、ほんの僅か首を傾げたその行動が、堪らなく可愛くて。
当然そんな事をできるはずはないけれど、すぐにでもぎゅ〜っと抱きしめたい衝動に駆られ、そんな気持ちを抑え込むのに必死になってしまう。
「大丈夫、大丈夫。たいしたこっちゃねえよ」
「なんだよ、チュウとケンカでもしたんかよ」
「そういやチュウは?あいつと一緒だったんだろ?」
その時になってようやく、晴彦の耳に届いた怪訝そうな駒井の問いかけと、笹野の落ち着いた声色での問いかけ。
それには苦笑で返し、あえて言葉を濁した晴彦は、気を取り直したようにまたにこにこと笑みを浮かべながら、目の前の圭一の頭をくしゃくしゃっと撫で回した。
「に…西宮くん…?」
「腹減った。何か食いに行くんだろ?俺も一緒に行っていい?」
「え?あ…もちろん。でも、中野くんはいいの?」
「ああ、いいのいいの。それより何食う?マジで腹減った〜」
「おい、ハル!」
自分達の問いかけには答えようとしない晴彦に、少し尖った声を掛ける駒井を、隣に立つ笹野が宥め。でも当然、晴彦にはそんな2人の様子ですら見えてはいなかった。
別に、チュウの事にしたって、今傍にいる友人達の事にしたって、いい加減に考えているわけではないが。本当にこの時の晴彦の思考は、全て圭一で染められていて。
自覚してしまった想いが走り出し始めたばかりの晴彦にとって、今何よりも大切なのは圭一の笑顔だったのだ。
ほんの1時間ほど前に別れたばかりだけど。さっき別れた時とは明らかに違う自分の気持ち。
今までだって、圭一が見せてくれる控えめな笑顔は、晴彦にとっては特別だったけど。圭一の事が好きなのだと、それに気付いてしまった今、視界に触れる圭一の、やはり控えめな笑みの存在は、もっともっと特別だった。
「う〜ん…やっぱ俺、ケイちゃんの事好きだな〜」
「………!?な…何、突然?」
腹ごしらえだと、半ば強引に引き寄せた圭一の手を、ぎゅっと握りこみながらした告白。
もちろんそれは、今発した「好きだ」という言葉に、特別な意味を含んでいると、それを伝えるようなものではなかったけど。
それでも、こうやって口に出せた事で、ますます晴彦の気持ちは晴れ晴れとした思いでいっぱいになる。
と、一瞬何を言われたのかがわからない様子だった圭一の顔が、明らかな狼狽を伝えてきて。
皿のようにまん丸に見開かれた瞳が、次の瞬間照れたように逸らされ、握りこんでいた細い手が逃げようとするように引っ張られる。
もちろん、圭一が照れているように見えるだなんて、それは晴彦の都合のいい勝手な解釈だけど。そこに嫌悪の感情などはもちろん見受けられなかったから。
たったそれだけの事で上機嫌になれてしまう、そんなお気楽な思考を持ち合わせた晴彦は、逃がすもんか!と、ますますその細い手を握り締める自分の手に力を込める。
「ケイちゃんが好きだ〜〜!」
「に…西宮くん!?」
こうして声に出してみると、ますますはっきりとしてくる自分の気持ち。
いきなりこんな駅前、人ごみの中で、声高にそんな事を言い出した晴彦に、真っ赤になって俯いてしまう。そんな圭一の仕草が可愛くて。
「そんな可愛い事されちゃうと、ぎゅ〜ってするぞ?」
ついつい、目一杯の本気を詰め込んだ冗談を言ってしまう。
それにますます狼狽えたように、握りこんだ手を引こうとする、圭一の小さな小さな無駄な抵抗がまた可愛い。
「始まったよ……」
「笹野〜〜っ!傍観してないで、何とかしろよこのバカ!一緒にいる俺らまで、変な目で見られてんじゃねえか!」
「無駄……だろ?」
「………ごもっとも…」
別にからかっているわけではない。今自分自身が発した言葉に、ひとつの嘘だってもちろん含んではいない。
でも、まさか今ここで本気の告白なんてできるはずもなく。
そんな事をすれば、今度こそ本当に圭一を困らせてしまうのは、いくら単細胞の晴彦といえどもわかっていたから。
でも、どうしても、どんな形でもいいから自分の気持ちを伝えたくて。
後ろからついてくる笹野と駒井の、呆れきった会話は耳に届いてきてたけど。晴彦にとっては、そんな事は全く問題になどならなかった。
「ケイちゃん、何食べたい?」
だって、そう言って覗き込んだ圭一の表情は、本当に戸惑うように揺れていて。
それでも一生懸命に浮かべてくれた笑顔が、本当に本当に可愛かったから。
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