それまで自分の気持ちを自覚していなかったのが嘘のように、一度はっきりとその想いを自覚してしまってからの行動は、晴彦自身が自分でも驚いてしまうくらい早かった。
ずっと掴めなかった想いをはっきりとその手で、その胸で確かめた瞬間、ついさっきまで一緒にいた圭一に会いたくて仕方がなかった。
『冗談じゃねえぞ!!』
憤り露に、今にも部屋を飛び出して行きそうな晴彦の肩を押し留め、もう一度話しをしようと言うチュウを振り切り向かったのは、大学を出て程なくして反対の方向に帰っていく、圭一が一人暮らしをしているアパート。
だいたいの場所は聞いてはいたものの、圭一の部屋に訪れた事はなく。携帯を持っていない圭一と、それ以上の連絡を取る手段もない晴彦は、とりあえず向かった圭一が住んでいるアパートがあると聞いた、その近所を歩き回ってみる。
大学の近くということもあって、ここら一帯は学生向けのアパートやマンションが多いため、はっきりとした場所がわからない以上、探し出すのはなかなかに困難を極めていた。
ひとつひとつのアパートのポストを確認するものの、学生の一人暮らしでは表札がかかっていない事が当たり前で。
そういえば、住んでいる場所だけではない。自分は、圭一の自宅の電話番号ですら知らないのだと。大学で会えない限り、その場でちゃんとした約束を取り付けない限り、休みに入ってしまえば連絡すら取り合えないのだと、今更に気付いたその事実に苛立ちすら覚える。
「チュウの野郎……本気で殴りやがって…」
あの時、チュウが余計な邪魔さえしなければ、今頃は圭一と一緒に遊びながら、次に会う約束だってできたのに。と、そんな八つ当たりにも似た感情が湧き上がり、部屋を出る間際に頬に食らった、チュウの右ストレートを思い出し、またハラワタが煮えくり返る思いだった。
チュウが心配をしてくれているのだと、その気持ちは珍しく殴りつけてきたその態度からだって痛い程に伝わってきた。
こうして歩き回りながら、少しずつ冷静さを取り戻し始めた思考の隅で、もう一度チュウに言われた言葉を思い返してみれば、それが決して理不尽な怒りではないということも、不本意ながら理解できた。
「でも…しょうがねえじゃんよ……」
『笑えない冗談だ』と、そう言ったチュウの気持ちだってわからないわけじゃない。
それでも、はっきりと自覚してしまった以上、圭一に対する自分の気持ちが恋愛のそれなのだと、それがはっきりとわかってしまった以上、そんな自分の気持ちを否定しようなどという気持ちは、幸か不幸か晴彦には微塵もなかった。
それどころか、ここ最近ずっともやもやして、どうにも晴れなかった気持ちの霧が一気に吹き飛んだ気分で、圭一が自分と同じ男であるのだとか、普通に考えれば受け入れがたい状況に自分が立っているのだとか、そんな事には考えが及ばないくらい晴れ晴れとした気分になっていたのだ。
(こうなれば一か八かで大学に戻ってみるか?もしかしたら、笹野と駒井と一緒に、大学に戻ったかも……なぁ〜んて事、あるわけねえか…)
「あ〜あ……どうすっかな〜…あっ!」
当てもなく歩き回ったところで、目的とする部屋がわからなければ意味がない。
諦めの気持ちが半分以上を占め始めたとき、ようやくにして気が付いた事実。
そういえば、笹野と駒井はまだ圭一と一緒にいるはずだ。2人のどちらかの携帯に電話を入れれば、圭一だって一緒にいるのではないか?……と、今更に気付いた晴彦は、慌てて取り出した携帯で、リダイヤル機能から引っ張り出した駒井の番号へとコールを鳴らす。
「駒井!?ケイちゃん、まだ一緒にいるか!?」
電話の向こうのコール音が途切れ、反応があるはずの声を確認する前に、逸る気持ちを抑えきれずに小さく叫んでいた。
『ハル?ケイちゃんならいるけど、どうしたんだよ?』
「すぐに代わってくれ!」
大きな声ではなかったものの、いつもより興奮した様子の晴彦に気付いたのか、電話の向こうの駒井がそう問いかけてきたけど、それには答えずとにかく代わってくれとせっつく。
1分1秒を争う事態でもあるまいし、ましてや、これから告白をしようと思ったわけでもあるまいし、なにをそこまで興奮していたのかと、後になって考えれば少し恥ずかしい気もするが。
それでも、ようやく自分の気持ちに気付いた晴彦は、まだ全然その興奮状態から抜け出しきれていなくて。
『とにかくケイちゃんと話したい。
ケイちゃんの声が聞きたい。
そして、可能ならば、今すぐにケイちゃんに会いたい。』
ただ圭一の事ばかりに占められた思考に、完全に支配された状態と言っても過言ではなかった。
『もしもし…西宮くん?』
そして、すぐに聞こえてきたその声に、びっくりするくらいドックン…と、大きく心臓が跳ね上がる。
初めて会ったあの日から、初めて会話を交わしたあの日から、何故か圭一の事が気になって仕方がなかった。
どう考えても、それまで自分の周りにいた友人達とは違うタイプなのに、それでも圭一の事が気になって、構いたくて仕方がなかった。
自分でもちょっと過剰すぎるかな…と、そんな疑問を抱いてしまう程度には、圭一を構いすぎている事には気付いてた。
でも、その理由がわからなくて。いや、わからないというよりは、これまでの自分の経験の中には存在しなかった感情だから、比べる基準点がなかっただけで。だからこそ、気付けなかったし、そこに考えが行き着かなかっただけで。
想う相手の性の違いはあるけれど、これまでに恋なら何度かしてきた。そういう意味では、その手の感情に疎い方ではないはずなのに、それでもやっぱり、自分が同性相手に恋愛感情を抱けるだなんて想像もした事がなかったから。
でもきっと、ちょっと考えればすぐにわかった事だったのではないかと、今になってそう思う。
だって、やっぱり圭一はこれまでの友人達とは全然違うから。
晴彦にとっての圭一は、やっぱり何かが特別だから。
何が?とか、どこが?とか、そんな事を聞かれてもきっとわからないし答えられない。
ただ、何かが違うと、それだけはいつも感じていた。
『西宮くん?俺……鳴海だけど…』
「ケイちゃん?今どこにいる?迎えに行く!」
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