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手ひどく苦い恋の思い出は、俺だけじゃない……誰だって1度は経験するものなのかもしれない。 そもそも、あの頃の俺の恋は、手ひどいだなんて形容の仕方はおよそ似つかわしくない、幼く小さな恋心だった。 自分が、同性相手に恋心を抱く、いわゆるゲイなのかもしれないと、それを認識したのは、本当に恋を恋と捉えられない程に幼かった頃からの想いが、見事無残に散ったあの時だった。 いや、正直に言えば、未だにその認識は確証を得ず。たった1人恋心を抱いた相手が、自分と同じ男だったのだという事実以外、確かめる術を持ち合わせていないのが現実だった。 それでもあれ以来、男はおろか女相手にもその手の感情を抱く事ができない俺は、ある意味で感情の欠落した欠陥人間なのかもしれない。 自分で自分がわからない。 そんな俺でも、確かに抱いた恋心は、未だ胸に燻り続け。叶う事のなかった想いに、半ば縋るようにして生きていた俺は、その頃の純粋な想いを失くしてしまった今もなお、どこかでそれを失くす恐れを抱き続けていたのかもしれない。 「ねえ、せんせぇ……ちゃんと答え聞かせてよ」 春と呼ぶにはまだ肌寒さが残り、ひんやりとした空気が漂う教室の中、向かい合って立つこいつからは、いつもとは違う雰囲気が漂ってくる。 滞りなく終わりを告げた卒業式の、余韻を味わう人々の喧騒が、窓の下に落ち着かない風景を作り出し。本来ならば、その場にいるはずのこいつに呼び出された俺は、その真剣な視線に捉えられた瞬間、来るべきではなかったとひどい後悔に苛まれていた。 いや……こうなる事はわかっていたんだ。 初めて会った時から、妙な好意を寄せてきていたこいつの、冗談のように紡ぎだされる言葉が、本当は真剣なものであった事など、俺はとっくに気づいてた。 だからこそ、正面から向き合う事を避け続け、全てを冗談で流してしまう事で、俺は己の中の自制を保ち続けてきたのかもしれない。 それをわかっていながらも、こうして呼び出しに応じて、誰1人として残っていない教室に出向いてしまったのは、結局はどこかでその真っ直ぐさに惹かれ、それを求める俺の弱い心が原因だった。 「俺ね、せんせぇの事が好きだよ」 痛いほどに真っ直ぐな視線が、そして怖いくらいに真剣なその言葉が胸に突き刺さる。 その視線から逃げる術などわからずに、1ミリだって逸らす事などできないのに、そんな俺の心に響いたのは、真っ直ぐすぎるこいつの想いだけではなくて。 『俺、祐希の事好きだよ』 あの頃、彼が言ってくれたその言葉が、こいつの声に乗って同時に甦ってくる。 こいつの言葉に心が揺さぶられるのは、単純にその気持ちが嬉しいと思うからなのか、それともずっと胸に巣食い続けてきた、あの頃の想いが重なってしまうからなのか……。 「だから、いつか俺が想うのと同じように、せんせぇが俺の事好きになってくれたらいいなあって思うんだ」 『だから、いつかおまえが想ってくれるように、俺もおまえの事が好きになれるような気がする』 耳から入ってくる言葉と、胸から湧き上がってくる遠い記憶が、俺の思考を混乱させる。 「今すぐが無理だって言うなら……でも、可能性がゼロじゃないなら、俺はずっと待っていたいんだ」 『今すぐに答えは出せないけど、おまえには待っていてもらいたいって……それは我侭かな?』 まるで正反対の意味を持つ言葉なのに、こんなにも胸を締め付けられるのは、彼の言葉に期待を抱き、バカ正直に待ち続けていた頃の俺の姿と、今俺に気持ちを伝えてくれるこいつの純粋な想いが重なってしまうからだ。 待ち続けても叶わなかった想いへの未練が、未だにそこから抜け出せずにいた己の弱さを増長させていき……今のこの現実を、真っ直ぐに受け止めきれない歪んだ感情。 「待つって……可能性があるなんて、俺は一言も言ってない」 「それはわかってるよ。でも、ゼロじゃない…違う?少なくとも、せんせぇは俺の事嫌ってないだろ?」 不安気に揺れる瞳。それでも紡ぎだされる言葉は強くて。 その真っ直ぐさに惹かれてしまう心は、きっと誤魔化しようがなく……本物だった。 「俺は、この気持ちが変わらないって自信があるんだ。初めて見た時から、ずっとせんせぇが好きだったから」 遠い過去に置き忘れてきてしまっていた、誰かを好きだと想う純粋な気持ち。 それを抱くこいつの姿が眩しくさえ思えて。同時に、俺が失ってしまったものをその手に持つこいつが、妬ましいとさえ感じた瞬間だった。 「変わらない?そんなものは存在しやしないよ」 「せんせ……?」 こいつの言葉と視線に、思わず絆されてしまいそうになるほど、惹かれている自分がいるのに。同時に、どうしようもなくドス黒い感情が心を支配する。 「どんな言葉で飾ったって、所詮人の気持ちなんてあてにあらないものだ」 「どうして?俺は、ずっとせんせぇが好きだったよ」 『俺は、ずっと祐希の事が好きだよ』 また脳裏で重なる声。 あの頃の彼の言葉には、今こいつが言うような感情は含まれていなかった。 それは純粋に、幼馴染として、友人としての俺に向けられた言葉で。それを理解しながらも、ほんの少しの可能性にかけて待ち続けた俺の想いは、結局叶う事がないまま。 「これからも、きっとずっと好きだよ」 『これからも、おまえは大切な存在である事に変わりはないよ。でも……ごめんな』 そう言って彼は、10年間待ち続けた俺の気持ちを置き去りに、1年間付き合った彼女と昨年結婚してしまった。 わかってる。彼は何も悪くない。 不確かな約束に縋り、僅かな期待を捨て切れなかったのは俺自身だ。 それでも、彼女ができた事すら俺に言わず、あの頃の言葉ですら忘れてしまったかのように、突如結婚すると告げてきた彼を……それでも憎む事などできなかった。 憎む事ができたなら、自分勝手だと知りながらでも、彼を責める事ができたなら、忘れる事だってできたかもしれないのに。 「おまえは……夢を見ているだけだよ。若い頃は、そういう間違いだってある。後になって気づくんだ……その夢物語の現実に」 「せんせ……?」 「あとになって、やっぱり違いましたなんて言われちゃあ、俺もおまえも惨めになるだけだからな。だから……さっさと忘れろ」 「どういう意味!?それって……惨めになるって!」 自分の発した言葉の意味を明確に判断できず、ポツリと呟いた俺の腕を、伸びてきた大きな手が鷲掴んでくる。 その強さに眉を顰めながら、俺はたった今自分が発してしまった言葉に我に返った。 「なんでもない…っ!離せ…」 「嫌だ!ちゃんと聞かせてよ。俺、本気なんだ。本気でせんせぇの事…!」 射抜かれてしまいそうなほどに強い眼差し。 掴まれたその場所から、熱いくらいに流れ込んでくる想い。 「男同士で、惚れた腫れたのと……おかしいだろ」 「なんで?男だとか女だとか、そんなに気にしなきゃいけないのか?ただせんせぇが好きだって、それだけじゃいけないのか?」 まだ過ちのなんたるか、その全てを理解しきれていない、挫折を知らない少年。 俺が失くしてしまったものをその手に握り締め、幼い想いをぶつけてくるこいつに、惹かれている自分を誤魔化せやしないのに。それでも、心の中で必死にその想いを押し留めようとする俺は、こいつへの嫉妬の感情すら同時に抱いてしまっていたんだ。 真っ直ぐ過ぎるほどの純粋な美しさに感動すら覚えるのに、だからこそその美しさを絶対に許せなかった。 「試してみるか?」 「……え?」 何故あの時、自分がそんな行動に出てしまったのか……そのわけは5年の時を経た今ですら、はっきりとした形を伴わないままで胸に燻り続けている。 ただあの時は、真っ直ぐに想いをぶつけてくるあいつが眩しすぎて──…憎かった。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m COMMENT
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