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「え?」
「何で俺に会いに来たって、本当の事言わないの?」 ドキン…と、心臓が跳ねた。 「だいたいさあ、俺がお客さんと話してるだけで嫉妬するなんて、ホント浅葉さんって大人げないよね」 「嫉妬……?」 思ってもみなかった彼の突っ込みに、一瞬何を言われているのかわからず、呆然とする俺に、呆れたようなため息を漏らし。 「まさか、自覚ないとか言わないでよ?」 「自覚って…きみが言いたい事がよくわからないんだが」 「本気で言ってんの!?あんたいくつだよ」 今の話に、俺の年など関係ないじゃないか。 と、そんな気持ちを読み取ったのか、彼の眉間に深い皺が刻まれ。 「あ──っ、もうっ!こっち来て!」 「え?一体どこに…」 「こんなとこで話す事じゃないだろ!?いいからこっち!」 急に声を荒げる彼に、やはり俺は何かまずい事をしてしまったのだろうかと、問いただす暇も与えられず、腕を掴まれ引きずられるようにして連れてこられたのは、ちょうど店の裏口にあたる扉の前だった。 ビルとビルの間に挟まれたその場所は、当然だが人目も感じられず。休日のオフィス街という事も手伝ってか、すぐそこに見える通りにも、人影が見られない。 内緒話をするにはうってつけの場所かもしれないが、生憎と俺には彼と内緒話をするような事柄は持ち合わせていない。 「何か俺に話しでも?」 「何かって…俺に話しがあんのはあんたの方でしょ?」 「いや…俺の方にはこれといって…。ただ俺は、休みで家にいても暇だから、きみは何をしているのかと思って」 彼が働く花屋は、オフィス街に建っているせいか休日はあまり売り上げを見込めない為、日曜日は定休日だがそれでも土曜日は営業しているのだと、以前そう聞いた事があった。 だから、何をしているもなにも、土曜日の今日、彼が店に出て働いている事などわかりきった事だったのだが。だからこそ俺は店を訪ねたわけだし。 「やっぱり俺に会いに来たんじゃないか」 「え?ああ…確かにそうだな」 「で?」 「で…って?」 「俺に何の用で会いに来たのかって、さっきから何回もそれを聞いてんだろ?まさか本当に誰かに贈る為の花を俺に見繕えって、そんな用事?」 「いや…それは思わず言ってしまっただけで」 ただきみに会いに来ただけなのだと、正直にそれを言ってしまう事がひどく躊躇われた。 今更かもしれないが、ただそれだけの為に訪れただなんて、何だか特別っぽいじゃないか。 「特別……?」 「は?何それ?」 その時になってようやく、昨日松永に言われた台詞が脳裏を掠め。直後に自分が呟いた言葉の裏で、思い浮かべていたのが彼の姿だったということに、今更ながら気がついた。 そして呆然と呟く俺を覗き込んできた彼を、真っ直ぐに見つめる事などできなくて。 「すまない…やっぱり帰るよ」 「え?え、え、え?ちょっと待てよ、浅葉さん!?」 突然そんな事を言い出した俺を、訳がわからないままに引きとめ腕を掴んでくる。 「忙しい時に申し訳なかったね。もう仕事の邪魔はしないから」 「別に忙しくないし。あんたも見ただろ?土曜日はほとんど開店休業状態なんだよ。だから、いくらでも話す時間はある」 あんまり歓迎できる事じゃないけどね、と笑う彼の笑顔に、今までに感じた事がないくらいに胸が高鳴り。 なんだ?なんだなんだ?急にこんな…俺は一体どうしたっていうんだ? 自分で自分がわからなくなり、思考を埋め尽くす戸惑いの大きな影に、この時の俺は内心かなりの比率でパニック状態に陥っていたと言っても過言ではない。 そして、そんな状態の俺がとった行動といえば、やはり掴まれた腕を振り解こうとする以外にはなくて。 「ここで逃げたら、もう2度とあんたには会わないから」 この言葉に、今度は思考から身体の機能から…全てが完全に停止してしまった。 彼に会えなくなるという事は、またあの空虚に満ちた日々が戻ってくると、そういう事だろうか? そして、その生まれた隙間を埋める為に、名前も知らない顔もロクに記憶に残らないような女達と、快楽を得るためだけに一夜限りの関係を持つ事を繰り返していた日々が戻ってくると、そういう事だろうか? ほんの一月ほど前までは、たいした疑問を感じる事もなく、当たり前だったそんな過ごし方を、今の俺は思い出すことができなかった。 いや──…思い出したくもなかった。 「それは……困るな」 「何で?」 「何でって…」 「あ──っ、もう!はっきりしない人だな!」 俺の態度が彼をイラつかせ、次第に不機嫌に拍車がかかる彼を前に、オロオロと焦りだす思考は、そこに含まれた意味を考える余裕などなくしてしまっていて。 だから、次の瞬間その唇から紡ぎだされた言葉を、本当に唖然とした気持ちで聞いていたんだ。 「休みの日にわざわざ、用もないのに俺に会いに来たんでしょ?俺に会いたかったから、ここに来たんでしょ?俺が2度と会わないって言った事がショックだったんでしょ?それってさ、好きだって言ってるようなもんじゃん」 「好き──…?俺がきみを?」 「そうだよ!あんたは俺の事が好きなの!」 「いや…まあ確かにきみの事は、好感が持てる青年だとは思っているが。その…きみが言う好きっていうのは、恋愛感情を取り入れた感情だと、そういう事だろうか?」 まさか!そんなはずがないだろう? 俺は男で、彼も男なんだぞ?そこにいくら好意の感情があるからといって、恋愛感情になど成りえるはずがないではないか。 「俺には、きみが男性に見えるんだが。きみには俺が女に見えるとでも?」 「……へ?あんた何言ってんの?こんなゴツイ奴、女に見えるわけないだろう?俺だって間違いなく男だ!」 一気に捲くし立てた彼が、今度は深い深いため息を吐き出して。 「ねえ、あんた今まで誰かを好きになった事がないの?30過ぎてんでしょ?今まで一体どんな恋愛してきたってのさ」 これにはさすがに閉口してしまった。 彼が言うように、俺は30を超えたいい大人の男だぞ。恋愛経験が全くないはずなどないではないか。 さすがにそこまでバカにされて、黙っていられるほど、俺はプライドのない人間じゃない。 「抱いた女の数なら、もうわからないよ。それに、それなりに付き合った女だっている。きみは一体俺を何だと思っているんだ?」 「抱いた女の数って……それを今、このタイミングで俺に言うかなあ。ありえない!どんな神経してんの?」 「きみがおかしな事を言うからだろう」 「どっちがだよ。自分が何言ってるか…それがどれだけ俺の事傷付けてるかわかって言ってんの?」 辛そうに歪んだその表情に一瞬息を飲んだ俺へと、その細くしなやかな指先が伸びてきて。 不意に胸元へと触れてきた感触に、ビクリと身を震わせ後ずさった俺を、思わず見とれずにはいられないほどの穏やかな笑みが包み込む。 と、そのまま首筋へと回された手の温もりに、全身を甘い痺れが駆け抜けた。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m COMMENT
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