「や……っふ…ぁ…」
未だ閉じられたままのズボンのファスナーの下、みっともなくその存在を誇示している欲望に触れて欲しくて……でも、そうなったら最後、後戻りなんて効かなくなってしまいそうで。
すでに半分以上戻れなくなっている思考の隅で、触れられそうで触れられないもどかしさに、自然と腰が蠢きだす。
「生々しいな……」
その時、不意に耳に届いた呟き。
その声にギクリと身体を硬直させ、忘れかけていた現実へと一気に引き戻される。
「あ…新──っ!ちょ…ま、待って…お願…っんん!」
途端に我に返り、それこそ必死で身を捩る俺の下半身へと、それまで焦らすようにして触れてこなかった大きな手が伸ばされた。
布越しにやんわりと包み込まれた感触に、ヤバイと思いながらも、つい跳ね上がってしまう自分の身体が恨めしい……。
「よっこらせ」
顔面蒼白になりながらも、完全な抵抗をしきれない俺の視界の端に、リビングのソファへと腰を下ろす小峯の姿が飛び込んできて。
いくら部屋は分かれているといえども、完全に開け放たれている扉を前に、こちらの状況など向こうには筒抜け、丸見えなわけで。
じたばたと暴れる俺を押さえつけたままの新が、僅かに顔を上げ、リビングで寛いだままその場を離れようとしない小峯へと鋭い視線を投げつけた。
「あ、俺の事はお構いなく〜。恋人の艶姿を披露したいなら、存分にどうぞ〜」
たいして動じた様子もなく、当然帰るつもりはねえよと言わんばかりに、手にした煙草に火をつけ、吸い込んだ紫煙を天井に向かって吐き出す小峯の、あまりにもどっしりとした態度。
一瞬の逡巡の後で、チッと舌打ちをした新が、その時になってようやく俺を解放してくれた。
ひ〜ん!…と、声にならない嘆きを上げた俺は、慌てて掴んだ布団を引っ張り上げ。
だって……今更どうにも誤魔化しきれないこの状況。恥ずかしすぎるこの状況に、煽られ立派に反応してしまっていた俺は、当然立ち上がれるわけなんてないじゃんか!
忌々しげに立ち上がった新が、布団に潜り込もうとした俺の頭をパシンと軽く叩いてきて。
何で!?俺が悪いのか!?
おまえが仕掛けてくるからだろう!?勘弁してくれよ〜〜…。
半べそをかきながら見上げた俺の額に、ため息をつきながらもキスを落とした新が、もう1度舌打ちをしながらリビングへと出て行ってしまった。
「帰るつもりはねえってか」
「いくら陽が高いとはいえ、シャワー浴びてすぐに外に出たんじゃあ風邪ひいちまうもん」
「ぬかせ」
「一服して、髪乾かしたら帰るから、その後はいくらでもごゆっくり〜」
「言われるまでもねえよ」
一体何の話してんだよ──っ!!
1人布団に包まりながら、聞こえてくる2人の会話に、マジで叫びだしたくなった。
そして、言葉通り一服を終え髪を乾かし終えた小峯が、しっかりと身支度を整えた格好で寝室へと入ってきて。
まだショックから立ち直れずに、布団の中で1人愚痴を零す俺を、なんとも楽しそうな表情で覗き込んでくる。
「とんでもねえのに、惚れられたもんだな」
「こ、小峯?」
「苦労すんぞ、ありゃあ…」
「ごもっとも…」
「うるせえよ!さっさと帰れ」
くすくすと笑ってくれた小峯に、なんとも情けない笑みで返せば、イラついた新の声がその会話を遮り。
「お〜っ、怖っ!」
冗談半分に両手を掲げた小峯が、すぐ真後ろに立つ新の肩をポンポンと宥めるように叩いた。
それを疎ましげに払いのける新にも、小峯がめげる様子なんて見せなくて。
「俺、あんたの事嫌いじゃないなあ。面白ぇんだもん」
「そりゃどうも。俺はおまえが大嫌いだ」
「言ってくれるね〜。今度一緒に飲もうぜ」
「誰が」
「光流〜あんま無理させられんなよ。ほどほどにな」
ふんっと鼻を鳴らす新の事を気に止めた様子もなく、そう俺に声をかけてきたあなたの言葉に……俺は何て返せばいいっての??
まさに、台風が過ぎ去るかのごとく、新に追い立てられるようにして帰って行った小峯に、申し訳ないと思いながらもくすくすと笑みが零れ出す。
いや……この場合、台風は小峯じゃなくて新だよな……小峯、本当にごめん。
「何笑ってんだよ」
「あ…ごめ…」
「謝ってんじゃねえよ」
さっさと帰れと言いながら、それでもしっかり玄関先まで小峯を見送ってくれた新が、ベッドの上でくすくすと笑う俺の首を、背後から回してきた腕で軽く締め上げてきて。
「ギブギブ!」と、冗談半分に声を上げる俺の背中から、ふんわりと包み込むようにして抱きすくめてくれた。
「新……?」
「人が、必死で予定繰り上げて帰ってきたってのに、他の男と一緒になって寝てんじゃねえよ」
首筋に埋められた新の唇が、くぐもった声でそんな不満を訴えかけてきて。
それが、ありえない嫉妬だとわかっていながらも、こんな風にして拗ねてくれるこいつの気持ちが嬉しかった。
「必死で予定繰り上げてきたんだ?何で?」
「それを聞くか……」
「だって…」
「バァ〜カ!自惚れてんじゃねえよ」
「俺、まだ何も言ってないぞ?」
「煩い奴だな…」
くすくすと笑みを零し続ける俺の唇を、背後から奪うようにして塞いできた温もり。
その心地よさにとろんとした思考のまま、ゆっくりとその胸に背中を預ければ、意外にもあっさりと解放されてしまった。
「何?期待した?」
「バ……ッ!」
抱きしめてくれていた戒めを解き、立ち上がってしまった新を見上げれば、ニヤリと笑ったこいつがからかうような言葉を向けてきて。
それが見事に図星を突いてくれていたものだから、思わず真っ赤になりながら反論しようとした俺の腕が、少し強い力で引き上げられた。
「風呂入って、用意しろよ。出かけるぞ」
「へ?」
「入ってねえんだろ、風呂」
「あ、うん…」
「さっさとしろって」
出かけるって、どこに?
そんな疑問を口に出す前に、ポイッと浴室の中に放り込まれてしまっていて。
意味がわからないままに、とりあえずシャワーを浴びた俺がリビングに戻った時、煙草を咥えてキッチンに立っていた新が、淹れたてのコーヒーを差し出してくれた。
「ミルク2、砂糖3……って、お子様かよ」
咥え煙草のまま、そう言ってニヤリと笑った新が手渡してくれたカップからは、火傷しそうな熱さは伝わってこなくて。
猫舌の俺の為に、少し早めにカップに移し、冷ましてくれていたこいつのそんな優しさが、甘ったるいコーヒーの味と共に甘ったるく胸に広がる。
「出かけるって?」
そして、思い出したように問いかけた俺に、やっぱりニヤリと笑った新から、明確な答えが返ってくる事はなかった。
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