駄文倉庫

完全オリジナルにて、BL小説なる駄文を書き綴っております。 性的描写を含む表現も出てまいりますので、18歳未満の方のご閲覧はご遠慮くださいませ。

君がくれる恋の色 act.1

カテゴリー : きみがくれた空の色<番外編>
<<4万HITキリリク>>

決算期は、何かと忙しいのは世の常。それが、新年度を迎えようとする時期であればなおの事だ。それはなにも、企業に限った事だけではなく、街の花屋にしたって、それは例外ではないらしい。
特に、入社式を控えるこの季節、オフィス街に位置する陽生の両親が営む花屋は、企業からの注文が殺到していた。言ってみれば、年間でも一番の稼ぎ時というわけだ。

高校卒業後、すぐに両親の店で働き出した陽生も、当然店のスタッフの一員として、忙殺される日々を送っていた。
店の営業はもちろんの事、配達しかり、間近に控えた各企業の入社式しかり。ここ2週間は、まともに昼食すら摂れていないのが現実だ。
そんな陽生の忙しさがわからないわけではない。それでも、そんな状況には愚痴のひとつだって零したくなるだろう。

と、同じく決算期を迎え日々に忙殺されながらも、そんな愚痴をしっかりと零してしまっている男が、今日も山積みにされた書類を前に、不機嫌をその表情に貼り付けていた。

「いい加減にしてくださいよ。ここのところ毎日毎日、どれだけため息を零せば気がすむんですか」

秘書である松永の呆れた声に、むっつりとした表情のままで視線を寄越してきたこの男。
齢33歳にして、大企業の取締役部長に上り詰めたツワモノだ…と、本来ならば言ってやりたいところだが。
それなりに実績は積んできたものの、所詮は親の…いや、祖父の七光りでこの椅子に座る、まあルックスはいいから女に不自由した事はない、普通のサラリーマンだと、本人はそう自負している。

「ため息?俺が?」

松永のそんな言葉にも、まるで自覚がないと言わんばかりの、心外だと言わんばかりの抗議の声を上げる京悟には、どうやら本気で身に覚えがないらしい。
無意識のうちに、あれだけのため息を零せるだなんて。そして、それが少なからず、傍にいる秘書に不快感を与えているなどと、およそ思いつきもしないのであろう彼は、ある意味では相当なるツワモノなのかもしれない。

「全く……秋頃からは、真面目に仕事にも取り組んでおられたのに。このクソ忙しい時期に入った途端、見事に腑抜けてしまわれるんですから。こちらとしては、たまったものではありませんね」
「腑抜け……またひどい言われようだな」
「何か、反論がおありですか?」

眼鏡の奥の瞳に冷たく睨みつけられ、その事に関しては、全く身に覚えがないとは言えない京悟は、ぐぅっと言葉に詰まり視線を逸らしてしまう。
確かに、松永の言う事は最もだった。だからといって、仕事の手を抜いているつもりはないのだが、それでも渇きを訴える心はどうしようもない。
そう、今彼は、どうしようもなく渇いていたのだ。

その理由は、4ヶ月ほど前から付き合いだした恋人の陽生と、もう10日以上も会えていないという、そこにあった。
それまでは、昼休みになると毎日のように、会社の真下に位置する公園で、2人で昼食を共にしていたというのに。ここのところお互いが忙しく、ゆっくりと昼食を摂っている暇もないのだ。
この会社と陽生の店自体は、公園と道路を挟んでほぼ向かいに位置しているというのに。物理的な距離は、ほとんど全くといいほど離れていないのに、時間的な距離が2人の逢瀬を阻むのだ。

夜は夜とて、京悟自身の退社時間が遅い事もあり、それこそ連絡ひとつまともに取れやしない。
それでも、幸い日曜日は2人とも休みだから、本来ならば忙しくて会えない時間の分も、休日にはゆっくりと逢瀬の時間を楽しみたいと思うのに。5日前の休日は、陽生が研修だとか会合だとか言って、結局会うことが叶わなかった。
企業勤めをしているわけでもあるまいし、一介の花屋に何の研修があるというのだと、ついそんな愚痴を零し、ひどく怒られてしまったのだ。

『あんたがどんなお偉いさんかは知らないけど、人の仕事を見下したような言い方すんなよな!』

そう言って一方的に電話を切られてしまい、以後まともに連絡を取り合えないまま今に至る。
確かに、あれは大人気なかったと、京悟本人も反省はしている。
日頃、陽生と交わす会話の中からも、彼がどれだけ自分の仕事に誇りを持っているかという事は、わざわざそうと告げられなくてもわかっている事なのに。
でも、あえて言い訳をさせてもらえるならば、決して見下した気持ちがあったわけではなかったのだ。
その時は、すでに会えない時間が1週間近く経過していて。会いたいのに時間がそれを許さない苛立ちが、つい口をついて出てしまっただけの事で。

(本当に、大人気ないな……)

その後、電話をするものの、なかなか出てもらえずに。メールをしたところで、『忙しいから』と実に素っ気無い返事しか返ってこない。
これは相当怒らせてしまったと、会いに行こうにも、自分の方の状況がそれを許さず。
結局ずるずると時間だけが過ぎていくこの状況に、正直まいっていた。

(こんな事は初めてだ…)

これまでに付き合ってきた女達に対して、こんな風に焦りを感じた事などなかった。
珍しく付き合いの続いた女だって、相手が会いたいと望むから時間を割いてやり、それですらも続けば嫌気がさしていた。何よりも陽生と出会うまでのここ数年に至っては、そういった縛られる関係が面倒くさくて、その場限り…ようするにベッドを共にするだけの付き合いしかしてこなかったのだ。
誰かにここまで執着する事などなかったものだから、いくら苛立ちが募っていたとは言え、とことん自分らしからぬ態度をとってしまったと思う。

そんな事を考えながら、またひとつ京悟の口からため息が漏れ出す。
もちろん、本人は無自覚のその行為に、言った傍からこれだと、多少呆れはするものの、ようやく人間らしい感情を表すようになった京悟の変化に、何らかの安心を感じ取っていた松永には、あまりしつこく注意する事はできなかった。

彼の下についてからもう2年。最初はそれこそ人間味をあまり感じられない、ただやるべき事を淡々とこなす、京悟はどこか冷めたところのある人間だった。
それでも、仕事上で常に行動を共にする松永に対しては、それなりに心を開いてくれていたのか、少しずつわがままらしき事を示すようにはなっていた。
本人にその自覚があったのかどうか定かではないが、優秀な兄に対するコンプレックスのようなものが、時折見え隠れしていた状況もあったのだ。

それがここ数ヶ月、驚くほどに京悟のもつ雰囲気が柔らかいものへと変貌を遂げている事に、それこそ行動を共にする者であるからこそ、感じる部分があったのだ。
すっかり日常と化していた、女遊びもなりを潜めている様子だし。何よりも、以前よりもずっと積極的に仕事に取り組むようになってくれたのは、秘書である松永の立場からすれば喜ばしい事なのだが。
しかし、この数日はどうだ。以前にも増して、どこか上の空に考えている事が多い。
どうやら、ようやく見つけたという恋人と、ひと悶着あったようなのだが。いくら仕事上のパートナーと言えども、あまり深く追求するのは本意ではない。

「松永〜いつまでこの忙しさは続くんだ?」
「わかり切った事を」

あまり追求して、ますます落ちられてしまったのでは、それこそ仕事にならない。
だから、こんな京悟の愚痴めいた問いかけにも、松永はいつもと変わらない、淡々とした口調で切り交わす。

「ちなみに、今週末はニューヨーク支店の方に出向いてもらいますので」
「……忘れてた…。それは、俺じゃないとダメなのか?」
「またわかり切った事を…」

総合商社を掲げ、日本国内に留まらず、海外にもいくつもの支店を構えるこの会社では、海外出張も珍しい事ではなかった。
それは平の社員のみならず、まず役員が動くというのがこの会社の形態であり。実際、京悟の両親も、兄である専務もよく海外には渡航しているのだ。
しかしそうなると、今週末も陽生には会えないという事だ。

「勘弁してくれ」
「そっくりそのまま、その言葉を返させていただきますよ」

思わずぼやいたその言葉に、あっさりと切り返され、不満を含んだ視線を向けた京悟に、にっこりと笑みを貼り付けた、松永の眼鏡の奥の瞳が向けられた。

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