駄文倉庫

完全オリジナルにて、BL小説なる駄文を書き綴っております。 性的描写を含む表現も出てまいりますので、18歳未満の方のご閲覧はご遠慮くださいませ。

片恋 act.30

カテゴリー : 片恋
会社を飛び出してから30分後。ようやく辿り着いたアパートの階段を、2段飛ばしに駆け上がり、見えてきた部屋の前に人影がない事にホッと胸を撫で下ろす。
そうして、駅から徒歩で5分の道のりを全力疾走してきて、すっかり上がってしまった息を整えながら、取り出した鍵をドアノブに差し込んだ時、視界の端に捉えた車のサーチライト。

バタン……と、小さく響いたドアの音に、一瞬ビクリと身体が震え。
きっと新だと、それをわかっていながらも、途端に高鳴り始める鼓動の存在が邪魔をして、ドアノブに鍵を差し込んだ体勢のまま、俺は動けなくなってしまっていた。

そして、アクセルを踏み込む微かなエンジン音が響き、程なくして聞こえてきた階段を昇ってくる足音。

「光流?」

そして掛けられたその声に、やっぱりドキドキと煩い心臓がギュッと縮こまり、俺は相変わらず視線を向けたままの扉の前から、一歩も動けないでいた。

「おまえ、何やってんの?入んねえのかよ」

まるで、これまでに俺達の間にあった溝など関係ないとでも言うように、昔……学生時代と同じような声色で話しかけてきた新が、不意に俺の真横に立ち、固まったままの俺の手に自分の手を重ねるようにして鍵を回す。
カチッと音を立てて開いた鍵と、重ねられた手の温かさに、それだけで俺の思考は完全に止まってしまっていた。

「光流?」

鍵の開いた扉から、まだ鍵を引き抜こうとしない俺を、さすがに不審に思ったのか、潜めた声で覗き込んできた新が、次の瞬間ギョッとしたように動きを止め。
少し慌てたように俺の腕を掴むと、そのまま引きずるようにして開けた扉の中へと、身体を押し込めるようにして滑り込ませた。

「おまえ……何なんだよ…」

ほんの少し、苛立ちを感じさせるその声に、知らず震え身構えてしまった俺の身体が、玄関先のその場所で、不意に攫うようにして抱きすくめられ。

「いきなり泣いてんじゃねえよ……バカ野郎……ッ…」

苦し気な声が、抱き寄せられ無理やり顔を埋めさせられた形となった、その厚い胸板から響いてきて。
その時になってようやく、俺は自分が涙を流している事に気が付いたんだ。

「う───…っ…」

泣きたいわけじゃなかったのに、泣くつもりなんてなかったのに。
こいつの存在を感じた瞬間、昔と変わらない声で俺の名前を呼んでくれたその瞬間、自分でも気づかない内に、ずっとずっと、必死で隠してきた想いが一気に溢れ出した。

そして今、俺を抱きしめてくれる腕は、思わず悲鳴をあげてしまいそうなくらいきつく痛い締め付けなのに、そこから流れ込んでくるように感じられる、同じように痛い新の想いが嬉しくて。
縋り付くようにして背中に回した腕で、離さないでくれと、そう懇願するように、俺はその温もりにしがみ付いていた。

「あら……新…ぁ──…」

ぐずぐずと、いい年した大人の男が、みっともなく震える声で泣きながら、カッコ悪いって自分でも思うのに。
それでも、与えられる夢のような温もりを手放したくなくて。

必死で縋り付く俺の髪を、そっと梳いてくれるこいつの手が、ちょっと信じられないくらいに優しかったから。
ずっと感じていた恐怖も不安も何もかも……期待しちゃいけないって、自分にそう言い聞かせていたはずの声でさえも、全て吹き飛んでしまっていた。

「そんなに、俺の事が好きなんだ?」

そして、耳元に寄せられた唇が、不意に紡ぎ出した言葉。
その声の低さに、その囁きの甘さに、ふるりと身体が震え。

言ってもいいのだろうか?おまえの事が好きなのだと…そう伝えてもいいのだろうか?

「好き……新が…好き…ぃ…」

そんな疑問が脳裏をよぎったけど、最早まともに考える事が不可能になっていた思考では、自分が発してしまった言葉の意味ですら半分以上理解できなくなっていて。
本当に幼い子供のように、ぐずぐずと涙を流し続ける俺が、ずっと隠し続けていた想いを唇に乗せたその声は、ふにゃふにゃとした思考の中でさえも、恥ずかしくなるくらい呂律の回っていない情けないものだった。

「ちくしょ……っ!」

なんでそこで「ちくしょう」なんて言葉が出てくるのか。
やっぱり怒らせてしまったのだろうかと、忘れかけていた不安が舞い戻りかけたその瞬間、一瞬緩んだ戒め。
そして、気づいたときには、噛み付くように乱暴な口付けが襲ってきた。

「…っふ……んん──…っ…」

下唇を吸われ、そのまま口腔へと進入してきた舌が、息つく暇もないほどに中を蹂躙する。
その激しさに、くらくらと眩暈にも似た感覚が思考を包み込み、何とか空気を吸い込もうとする行為でさえも、全てを飲み込まれる。
そして、飲み込みきれない唾液が溢れ出し、カクカクと震える膝が、完全に支える機能を失ったとき、今にも崩れ落ちそうな俺の身体がその逞しい腕の中にしっかりと抱きとめられた。

「…は……ぁ…」

ようやく解放された唇は、俺のものとも新のものとも判断がつかないほどにベトベトに濡れ。その胸元に顔面を押し付けられながら、新の服が汚れてしまう……なんて、そんな事をぼんやりと考える俺の耳に届いたのは、震えすら感じさせられる吐息。

「おまえ……わけわかんねえ…」
「新…?」
「今更…何なんだよ…っ」

怒りすら含んでいるようにも聞こえたその声に、一瞬ビクリと身体が震えを訴えてきたけど。抱きしめてくれる腕の強さが、そして、まるで泣いているようにも聞こえる新の声が、何故かわからないけど大きな勇気を運び込んできてくれて。

「ごめん……」

ようやくそれだけを声にして、恐る恐る、それでもしっかりとその背に回した腕は、拒絶される事がなかったから。

「ごめんな…でも俺、おまえの事が好きなんだ…」
「光流…」
「どんな形でもいいから、おまえの傍にいたくて……でも…それでも辛くて…」

そこに愛情なんてなくてもいい。それでも傍にいられるのなら、それだけでいいと、そう何度も自分に言い聞かせてきたはずなのに。

「理由なんて何でもいい……それでも、おまえが抱いてくれるなら…それでいいと思ってた」

そう思い込もうとしていた。でも──…。

「でも、だからこそ…おまえにそんな気持ちがないって、それがわかってたから…いつか捨てられんじゃないかって……それが怖くて…っ」
「俺の気持ちが…ない?おまえ、バカじゃねえの?」
「え……?」
「ずっと近くにいたくせに、何でわかんねえの?この俺に、ずっと抱かれてたくせに、何でわかんねえの?」

押し当てられた胸から響いてくる声が、どこか自嘲を含んでいるように聞こえて。
顔を上げようとした行為は、そのまま抱きしめてくる腕によって阻まれてしまう。

「まあ…俺も一緒か…」

「おまえの事抱いて……気づかなかったんだからな」と、ポツリと漏らされたその言葉に、ドキンと心臓が跳ねた。

「おまえが言ったんだよ。気持ち悪いって……」

そして、続けて発された新の言葉に、その意味を理解できない俺は、呆然としたまま次の言葉を発する事ができなかった。

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