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緊張する───…。
定時を迎えた辺りから、やけに心臓がバクバク煩くて。 進む時計の針が、いままで以上に遅く感じられて落ち着かない。 あれから、新からの連絡はなくて。もちろん、あいつが仕事中だって事もわかってるし、俺もあの後忙しかったから、連絡なんて取り合えるはずもなかったんだけど。 それでも、どこかであいつからの連絡を待ち続けている俺の気持ちは、ほんの数時間前まで抱えていた恐怖なんて綺麗に忘れてしまっていた。 あいつが会いに来てくれて、その腕に抱きしめられキス──…された。 あんなの、期待するなって方が無理だろ?期待しすぎて、裏切られたらもっと辛い思いをすると、それをわかっていながらも、それでも拭い去れない想いは本物で。 『彼女の事は、可愛い妹としか思っていません。それ以上でもそれ以下でもないです』 俺が外回りに出る前に、仕事そっちのけで事務所のテレビに噛り付いていた女の子達が見ていたのは、なんとか滑り込みで間に合ったらしい、新の会見の中継で。 そこではっきりと週刊誌の記事を否定した、あいつの言葉。 『今は、決まったお相手の存在は?』 マイクを向けた記者の1人のそんな問いかけに、新が明確な答えを返す事はなかったけど、そこに一瞬浮かんだ笑顔がやけに優しくて。 カメラに投げかけられたその視線に、「やっぱりカッコいい〜!」なんて黄色い声を上げ、さすがに店長に注意を受けていた女の子達を苦笑混じりに見つめながら、いくら考えないようにしようとしてみても、胸に生まれてくる期待。 今朝、迎えに来た鳴門さんに促されて、渋々会社を出た新が、裏に止められた車に乗り込む前に言ったんだ。 『ちゃんと見てろ。これ以上、おまえの事を傷つけたりしねえから』 腕を引かれ、耳元に寄せられた唇が紡ぎだしたその言葉は、はっきりとした告白などではなかったけど、それでも深読みしたいと思ったって仕方がないだろう? 不意打ちの言葉に、ありえないくらい早鐘を打ち始めた心臓を誤魔化す事に必死で、何も答えられずにいる俺の頬に、まるで掠め取るかのように触れてきた唇。 その場には、もちろん鳴門さんも、そして一緒に出てきてくれた西宮さんもいたというのに、そんな事はお構いなしの新の行動に、慌てて反論しようとしたけど。 その時間すら与えられずに、ふっと笑みを浮かべた新は、掴み引き寄せた俺の腕を放すと、そのまま車の後部座席へと座り込んでしまった。 目の前で閉められた扉の存在に、きっとあいつに抱きしめられる前の俺なら、拒絶されているとすら受け止めてしまっていたかもしれないけど。 理不尽とも取れる怒りをぶつけられる中にも、懐かしいあいつの優しい温もりを感じてしまったから。 「まぁ〜た、ボ〜ッとしてやがる。今日は帰りたくないなんて行っても、泊めてなんてやんないからな」 書きかけの書類に走らせていたペンが止まっている事にも気づかず、ぼんやりとそんな事を思い出していた俺の後頭部に、パシンと軽い音を立ててファイルがぶつけられ。 「い…って!小峯?」 力の抜けきった状態での不意打ちの行為に、大げさでもなんでもなく、そのまま顔面を机にぶつけかけた俺は、振り返ったそこに見つけた小峯の姿に、思わず苦笑を零していた。 「言わないよ。その…本当にごめん…」 酔っ払って絡んだ醜態なんて、都合よく綺麗さっぱり忘れてしまっていたけど、その事が余計に罰が悪くて。 しゅん…と項垂れた俺の頭を、わしゃわしゃと小峯が撫で回してくる。 「しっかし、あれだな……一ノ瀬の奴」 「え?」 「えっらい迫力で睨んでくるから、さすがにちょっとびびったぜ」 「迫力って…」 肩を竦めながら、まるで冗談でも言うような小峯の口調に、くすくすと笑みを零せば、「冗談なんかじゃねえぞ」と呆れた声。 「あの野郎、完全に何か勘違いしてやがる」 「勘違いって?」 「おまえ……鈍すぎ……。ありゃあ、完全に俺の事目の敵にしてんぞ。俺が光流とどうこうなるなんて、冗談じゃねえっての。そりゃあよ、おまえの事はダチとしては好きだけど、俺は男にゃ興味ねえってんだ」 「は!?俺と小峯が?」 当たり前だろう!?何で俺と小峯の事で、新が誤解するってんだ!? 思いもよらなかった小峯の言葉に、ポカンとして返せば、「ホント、鈍い奴」なんて、思いっきり呆れた声で言われてしまって。 「ありゃあ、かんっぺきに誤解してんな。ちゃんとフォロー入れとけよ〜」 ニヤニヤと、含みのある笑みを浮かべながらフロントへと戻って行った小峯の背中を見つめながら、今朝の新の行動を改めて思い返してみる。 確かに、何かおかしいとは思いはしたけど。それでも、あいつの横柄な態度っていうのは、それこそ今更で。 でもそれが、小峯に対する嫉妬からきたものだとでも言うのだろうか? 「え〜…?」 信じられなくて、思わずそんな間抜けな声が漏れたけど。 もしかして、小峯が言った通りだとしたら? 「うわ……」 どうしよう……それはちょっと、嬉しいかもしれない。 例えそれが、小峯の勘違いだとしても、その可能性があるかもしれないって、それだけで嬉しくて、ドキドキと心臓が鼓動を打ち始める。 「いやいやいや……マズイだろ…俺…」 期待し過ぎちゃいけない。 その期待が大きければ大きいほど、それを裏切られた時のショックは計り知れない。 そう思うのに。やっぱりどこかで、めちゃくちゃ期待してしまってる。 その時、スーツの胸ポケットに忍ばせていた携帯電話が、不意に着信を告げる振動を伝えてきて。 「ひゃ……っ!!」 ドキドキする心臓に、その不意打ちの振動はかなりの効果を伴う。 思わず上げた自分の声に驚いて、慌てて手で口を塞ぎながら、別に悪い事をしているわけでもないのに、妙な後ろめたさを感じ、キョロキョロと周りを見回しながらようやく取り出した携帯電話。 「新……」 そこに表示されていたのは、間違いなく新のもので。 それを理解した途端に、またバクバクと脈打ち始める心臓が、もうこの瞬間にも壊れてしまいそうだ。 「もしもし……」 『ちゃんと出たな』 恐る恐る耳に当てたそれから、どこか笑みを含んだあいつの声が聞こえてきて。 その名を呼ぶ事も、短い返事すらもできずにいる俺に、ほんの少しだけ不機嫌な声で新が言葉を発した。 『今仕事が終わった。おまえは?』 「あ……俺は…」 情けないけど、本当に言葉が声になってくれなくて。 耳に届く自分の鼓動の音が、電話の向こうにいる新にも聞こえてしまうんじゃないかって、そんなあり得ない想像を膨らませ、冷や汗が流れ出す。 『まあいいや。これからおまえの家に……』 小さなため息の後でそう言った新の声が、ピピピッという電子音に遮られ。 「やば……ごめん、充電が切れる…」 全てを言い終わらないうちに、無情にも切れてしまった携帯電話からは、最早機械音のひとつも聞こえてこなかった。 「あ〜あ〜……」 そう言えば、昨夜は小峯の家に転がり込み、充電ができなかったんだった。 そして、今朝の時点で電池表示が2つしか残っていなかった携帯が、なんともタイミングの悪い今、完全にその機能を失ってしまったのだ。 「今から来るって…」 あいつ、そう言ったよな? 途中で切れてしまった電話の向こうで、確かに新はそう言っていた。 それを思うと、やっぱり心臓はドキドキと煩いけど。それでも向こう側に感じた、決して悪いとは言えない新の雰囲気に、やっぱり膨らむ期待は隠し切れず。 「すみません!失礼します!」 やりかけの書類を引き出しに突っ込んで、慌てて鞄とコートを鷲掴んだ俺は、タイムカードを押す行為ですらもどかしくて。 「お疲れ〜」という、フロアに残った社員達の声を背中で聞きながら会社を飛び出していた。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m COMMENT
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