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3階から1階へと降りるのに、エレベーターを待っている時間すら惜しくて、階段を駆け下りて向かった国道沿いのショーケースフロア。
日頃訪れる客が、まず最初に足を踏み入れるその場所に、慌てて飛び込み中を見回すけど、そこにいる社員達のいつも通りの雰囲気に、どうやらここに新はいないらしいということを理解する。 「愛川さん、どうしたんですか慌てて」 「あ〜…いや、ごめん!」 声をかけてきてくれた女の子は、昨日新の話題で盛り上がっていた内の1人で。まさか、ここにその一ノ瀬新が来なかったかなどと聞けるはずもなかった。そんな事を聞いてしまったら、それこそ大騒ぎだ。 入ったとき同様にショーケースフロアを飛び出し、国道沿いの店舗入り口に向かうけど、そこにもあいつの姿はなくて。 「まだ来てないのか…?」 呆然と呟きながら、期待をしてしまっただけに落胆の大きさを隠しきれず、そのままショーケースを出て奥に位置する事務所へと足を向けた。 会いたくないと思っていたくせに、もしかしたらあいつがここに来てるかもしれないと思うと、それだけで胸が高鳴り、そこに隠されている意味を深読みして勘違いしそうになる。 「バカか…俺は…」 出て来いと言ったからって、あいつがここに来ていると言ったわけじゃない。それでも、あんな言い方されたら、期待するなって方が無理だろ? なあ新、おまえ今どこにいるの? そして事務所の中に入るべく、入り口の扉に手をかけ、その時視界に入った人影にギクッと身体が硬直する。 ゆっくりと首を回し視線を向けた先、店の裏口に位置する、普段社員だけが車で出入りするその場所。壁の向こうに一瞬揺れた長身のシルエット。 「あら……っ!」 思わずその名を呼びそうになり、慌てて自らの手で口を塞ぎ周りを見回した。 幸いな事に、扉の向こうの事務所の中以外、そこに俺以外の人の姿はなく。 開きかけた扉のノブから手を離し、ゆっくりとその場所へと足を向けた俺の心臓は、壊れそうなくらいに早鐘を打ち始めた。 そして──…。 「バカ…ッ!こんなとこで何やってんだよ!」 そこに立っていたのは、会いたくて、でも会いたくなくて。 そんな葛藤を繰り返しながらも、待っていたたった2日間が永遠にも思えるほどに、心の中で恋焦がれたあいつの姿で。 嬉しいのと不安と恐怖と。とにかく色んな感情がない交ぜになった俺が、今にも泣き出してしまいそうな感情を押し殺す為にあいつに向けたのは、そんな言葉だった。 「遅ぇよ、バァ〜カ」 俺の言葉へのお返しと言わんばかりに、目深にかぶったニット帽とサングラスの下から覗いた瞳と、小憎たらしい口調で言い放ったその唇が、ニッと悪戯っ子のような笑みを浮かべてくれて。 ドキンと心臓が跳ね上がった。 だって……こいつが、こうして俺に笑みを向けてくれたのは、一体いつぶりだったんだろう。 自分の抱える想いが重過ぎて、心に巣食ってしまった闇が重過ぎて、もうはっきりとは思い出せないくらい、こいつの笑顔を忘れてしまいそうになるくらい、俺は笑いかけてもらえてなかったんだ。 「遅いって…勝手に来といて…っ!だいたい、俺は今から仕事が───…っ!?」 今の今まで不安に押しつぶされそうだったはずのこの胸が、こいつの笑みを目にしただけで、ドキドキと耳に煩いくらいの鼓動を打ち始め。 真っ直ぐに見つめていたら、堪えていた涙が溢れ出してしまいそうで。 視線を逸らしながら、そんな悪態をつく俺の身体が、次の瞬間攫うようにして引き寄せられていた。 「おまえ、声でかいよ。俺がここにいるって、中にバレたらどうすんの?」 確かに、俺が立っていた場所は、営業所の中からすぐに見えてしまう位置で。いくら新の姿は壁に遮られていて中からは見えないとは言っても、ここは社員が頻繁に出入りするわけで。 だから、バレたらヤバイから静かにしろって言うなら、そんな新の言い分は十分にわかる。 でも、今のこの状況がわからない。 声がでかいからちょっと黙れって、俺の姿も中から見えないようにと腕を引かれたのはわかる。 でもだからって何で、俺は今引き寄せられたそのままに、こいつの腕に抱き締められてんの?どうしてこいつは笑いながら、俺の事を泣きたいくらい優しい力で抱き締めてくれてんの? 「おまえさ、どういうつもりなわけ?」 「……ふぇ…?」 その腕に抱き締められたままで、ここがどこかなんて事、一瞬で全部吹き飛んでしまっていた俺は、抵抗なんて全然できなくて。 耳元を掠める、低くて甘い響きすら感じさせられる囁きに、自分でもちょっと情けなるくらい間抜けな声を出していた。 「電話するって言ったのに、何でシカトすんだよ。ケンカ売ってんの?」 「…っな…何……?」 「俺からの電話シカトするなんて、いい根性してんじゃん」 「だ…だって…あれは……」 「あ?何言ってっか、全然わかんねえんだけど。話すなら、もっとはっきり言えよ」 「───…」 だって…だってだって!俺は今、この状況を飲み込もうとして、それだけでいっぱいいっぱいなんだよ! 俺を抱き締めたままのこいつの腕は、全然解放してくれようとはしないし、耳元で囁かれる声がくすぐったいし。何よりも、今目の前にある新の笑顔が信じられなくて。 こんなんされたら、マジでヤバイ。 また変な期待しそうになる。 もしかしたらって、そんな期待をしたくなる──…。 「お〜い…一応ここ会社。場所考えてくんねえと困るんだけどな」 「愛川くん…お客様なら、上にあがってもらいなさい」 その時、背後からかけられた声に、抱き締めてくる新の腕が一瞬だけ強張りを見せて。でも、すぐにその腕から緊張は解けたのは感じたけど、まるで何かから庇うようにギュッと抱き締めてくる腕に力が込められた。 俺はと言うと……聞こえてきたその声が、小峯の呆れた声だという事も、わざとらしいくらいに恭しいしゃべり方をする西宮さんのもとだとも、当然理解していたんだけど。 だからこそ完全に固まってしまっていた。 そうでした……ここは会社の裏口で。いつ誰が通るかもわからないような場所で。 あろう事か、俺はそんな場所で新に抱き締められてしまっていて。 「あ、あああ新っ!は…離し…離して…」 急激に我に返り、その腕の中でジタバタとしだした俺を、解放してくれないその腕が、ますますギュッと力を込めてきて。大きな手に後頭部を押さえ込まれた俺の顔面は、むぎゅっと音を立ててそのまま鼻が潰れてしまうのではなかろうかと心配になるほどに、その逞しい胸板に押し付けられてしまっていた。 「小峯…」 「覚えていてくれたんだ。光栄だな〜、一ノ瀬新さん」 そして、聞こえてきた小峯の名を呟く新の声は、思わずギクリとするくらい冷たく尖っていて。対する小峯の声色が、どこか揶揄するような、楽しそうなものだったから、それが余計に俺の中の焦りを膨らませた。 「一ノ瀬新くん?はじめまして、愛川くんの上司で西宮と言います。君のマネージャーさんから連絡をもらったよ」 「…え?」 「こんなところでは目立って仕方がないから、とりあえず彼を解放してやってくれないかな?」 その場に流れる、ある意味とてつもなく不穏な空気を感じ取ったのか、穏やかな口調で言い募りながら近づいてきた西宮さんが、やんわりとした仕草で新の腕の中にすっぽりと納まってしまっている俺の腕を掴んでくる。 ようやく渋々俺を解放した新の表情は、まるでしかられた子供のように一瞬だけ小さく歪んでいた。 「では、こちらへどうぞ。ご案内いたしますので」 にっこりと笑みを貼り付けた西宮さんの表情は、すでに出社している社員達に見られても不自然を感じさせない、完全なる営業マネージャーのもので。 仕事モードに切り替わった西宮さんの、やんわりとした物腰の中に見え隠れする、有無をも言わせない言葉の強さに、あの新が素直に頷いていたんだ。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m COMMENT
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