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「ふぁ……」
いつもと変わらない週の始まり、いつものように出社し部長室へと篭り、デスクに座った途端大欠伸を噛み殺す俺に、秘書である松永の眼鏡の奥の鋭い眼光が向けられた。 「また寝不足ですか?」 眉に刻まれた深い皺に肩を竦め、またも漏れ出しそうな欠伸を噛み殺す。 「暇だなぁ…松永」 「バカな事を言わないでください。この書類の山が見えないんですか!?まだ専務、社長と回さなければならないんですからね。ここでいつまでも止めておくわけにはいかないんです。わかったらしゃきっとなさって下さい」 たかだか部長クラスで秘書がつくのかと、そんな非難の声が聞こえてきそうだが。 うちの会社はいくつもの部署が点在し、その各部署に部長なる役職は存在する。取締役部長である俺は、その部長連中のトップでようはまとめ役という事だ。だからこうして部屋が与えられることも秘書がつくことも不思議はない。 しかし俺としては、こんな窮屈な部屋に閉じ込められるのではなく、取締役なんて肩書きはいらないから、大勢でワイワイと仕事をしたい……などとは思わないが、この窮屈な部屋に閉じ込められて、書類と睨み合いながら過ごす日々に飽き飽きしていると言えば正しいか。 「松永、適当に判を押しといてくれないか」 「ハイハイ、わかりましたから、早く終わらせましょうね」 俺よりも2歳年上のこの松永は、こんな俺の我がままですらサラリとかわしてしまう切れ者で。こうしてあしらわれる度に、少し面白くないのが正直なところだ。 まあこいつにしてみても、本来なら花形の営業部で実績を上げていたところを、一族の中でもできの悪い俺が取締役などという役職に就くにあたり、そのできすぎる実績の為か、半ば無理やりお守役を押し付けられたというところだろうから、面白くないのかもしれないが。 「今日は午後から部長会議が入っていますので…」 「俺も出なければいけないか?」 「当たり前です。京悟さんが出席されなくてどうするんですか」 呆れたようなその眼差しに、わざとらしい大きなため息をつき、いい加減観念しろという視線に追い立てられるように、ようやく俺は渋々ながらデスクに山積みにされた書類に手を伸ばした。 「息が詰まる……」 昼休みに会社を抜け出し、目の前の公園の一角に敷き詰められた芝生の上で過ごすのが、ここのところの俺の日課になっていた。 それなりに日々は充実している。社会に出てからも、将来を約束された地位や名誉が当然のように目の前にあって、私生活だって女に不自由をした事がなければ、たいした揉め事だって経験してこなかった。 まあそれは、一夜限りの関係だとうまく立ち回り、相手もそれを納得した上での行為だったから成し得た事ではあるのだが。 何度も言うが、俺はこの現状にそれなりに満足はしている。満足はしているのだが……時折感じる虚しさは誤魔化しきれない。あの狭い部屋に閉じ込められたまま、ひたすら書類への押印だけに追われた日は特にそうだ。 俺の許可などたいして必要とはしない書類の山に、形だけの判を押し、他人に組まれたスケジュールをただ淡々と過ごす日々。 流されるままに身を任せていれば、トラブルもなく安定した未来がそこにはあるのだろうさ。でも傍から見れば、何の苦労もなく充実しているこの生活だって、本人の心の中までもを十分に満たしているとは言い切れないではないか。 普段はさほど考えることもない自らの立場も、こうしてぼんやりと過ごす時間を持った途端に、全てが色褪せて見えてきてしまうから不思議だ。 「何も考えずに過ごすというのは、それもそれで退屈なものだな…」 考える事と言えば、その日一夜を過ごす女を、どう落とすかという事くらいだ。なんて、仮にも役職ある立場にいる人間の言う台詞ではないな。 そんな事をぼやきながら苦笑を漏らし、スーツも脱がずに芝生の上に寝転がる。 すっかり冬を思わせる空気の冷たさも、届く陽射しの温かさを前に寒さを感じられない。 とは言え、このままここで眠りこけてしまっては、さすがに風邪を引くかな…などと、のん気な事を考えながらふと頭上に視線を流せば、真上にそびえ立つ会社の自社ビルの存在。 午後一番で会議があると言っていたか…このまま戻りたくはないな…。 そんな事を考えながら改めて視線を向けたその建物が、こんなにものんびりとした時間を過ごす中では、巨大な牢屋さながらに思えて仕方がない。 「あんたさあ、最近よくここにいるよね」 ぼんやりとした視線を送っていた、その視界いっぱいに突然現れた影に、驚き身を起こした俺を避けるように軽く飛びのいたのは、まだまだあどけなさを一杯に残す初めて見る青年だった。いや…まだ少年と呼ぶべきだろうか? 「スーツ姿でこんなとこに寝転がってさ、背中汚れてるよ?」 何がそんなに楽しいのか、クスクスと笑みを零しながら、俺の背中についた芝生を軽い仕草で叩き落としてくれる。 「昼休みの時間なんだろ?飯も食わずにさあ、くたびれたオヤジに見られるよ?」 ありがとうと、一応礼の言葉を口にした俺に、やはりニコニコと笑いながら断りもなく隣に腰を下ろしてくる。 いや、まあ…ここは俺の所有する土地でもあるまいし、彼がどこに座ろうと勝手なのだが。 突然現れて隣に座り込み、手にした袋から調理パンを取り出した彼が、その中のひとつを俺に手渡してくる。思わず受け取ってしまった俺に、満足気な笑顔を浮かべ自らが手にしたパンを頬張り始めた。 「えっと…きみは?」 「俺?俺は日比谷 陽生(ひびや はるき)18歳。そこの花屋の跡取り息子。よろしくねおじさん」 「おじ…っ!?」 俺はオヤジ呼ばわりされるほど年をくってないぞ!と思いはしたものの、18歳の少年を前にそんな反論虚しいだけだと、言葉を飲み込む。 そして、彼が指差した先、この公園とちょうど道路を挟んで真向かいにあるビルの1階部分に、彼が言う花屋が存在していた。 「ここさ、気持ちいいだろ?いつもはさ、ほらあそこ。あそこのベンチが俺の指定席なんだけどね」 あんな場所に花屋などあったのか…と、ぼんやりとその場所を見つめる俺に、なおも言葉を繋げながら再び彼が指差した先。ここから数メートル離れた場所に、一定の間隔を空けて置かれているベンチがあった。 「ここ数日あんたがここに来てさ、いっつも何も食わずにボ〜ッとしてるから、なんとなく気になって見てたんだ。そしたら今日は急に倒れこんじゃうしさ。ちょっとびっくりして声かけちゃった」 「それは…驚かせてすまなかったね」 何で俺が謝らなければならないんだ?と疑問を感じながらも、とりあえずの謝罪の言葉を口にした俺に、気にすんなって〜…などとあっけらかんと言い放ってくれる。 「おじさんさ、昼飯買う金もねえの?あ!わかった!奥さんからもらえる小遣いが少ないんだろう?飲み代を確保する為に、昼飯抜きの侘しい生活?サラリーマンって辛いね〜」 人の事をおじさん呼ばわりした挙句、反論の余地も与えられないほどに矢継ぎ早に繋がれる言葉。 「ほら、ボ〜ッとしてないで食べなよ。心配しなくても、金請求したりしないからさ。可哀相な働くおじさんに、愛の手をってね」 ちょっと待ってくれ。俺はそんなにみすぼらしく見えるってのか?33年間生きてきて、こんな言われ方をしたのは初めてだ! さすがに憤りを感じて、言葉を遮ろうとした瞬間、今度は口を噤み食べる事に専念し始める。 さっきからことごとく自分のペースを崩されっぱなしの俺は、結局絶句したままその横顔を見つめているしかなかった。 それが、彼との初めての出会い。今後も彼にペースを乱される事になろうとは、当然この時の俺は想像すらしていなかった。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m COMMENT
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