いつだってそうだった。晴彦と話すときの圭一は、いつだって楽しそうに笑ってくれているのに、いつだって自分の事を多くは語ろうとせず。何かを言いかけても、すぐに口を噤んでしまう。
きっとそれは、人付き合いが苦手なのだと言った圭一の、引っ込み思案な性格がそうさせるのだろうが。
圭一と仲良くなってから、もっと圭一の事を知りたいと思うようになった晴彦にとっては、少しだけ寂しくて切ない。
「そうなんだよな〜…」
そんな事を考えながら、短くなった煙草を灰皿へと押し付ける。
「そうなんだよな〜…」
そして、もう一度同じ言葉を呟いてみる。
わかっているのだ。圭一のあの性格で、話しかけてくる輩にはっきりと「迷惑だ」なんて言えるはずはない事なんて、十分すぎるほどにわかっている。
だからこそ、圭一はいつだって晴彦に助けを求めるように視線を向けてくれていたのだろうし、晴彦だってそんな圭一を助けてやりたいと思ったのだ。
きっと今だって、いつものふんわりとした笑顔を浮かべながら、それでも圭一は凄く困っているはずだ。
「ヤニ吸ってる場合じゃねえっての……バカじゃん?俺…」
圭一が困っているのがわかっていながら、あの場にいるとどうしてもムカムカして、その気持ちを静めたくて抜け出した。でも、あの場面で困っている圭一を救えるのは、自分以外に誰がいるというのだ!などと、本当にナイトさながらに闘志が湧いてくる。
どう転んだって単細胞な晴彦の立ち直りの早さは、これはこれで長所と言えるのかもしれない。
(待ってろよ〜ケイちゃん!)
そんなどうでもいい闘志をメラメラに燃え滾らせ、さっきはどうにも晴れない気持ちを抱えて辿った道を引き返す。
「おっ!ナイトのご帰還か〜?」
「お〜お〜一直線だよ」
「単細胞ハル復活!」
教室に戻り、そんな揶揄の言葉を投げかけてくるチュウ達の方を見向きもせずに、真っ直ぐにハイエナ共に囲まれている圭一の下へと歩み寄る。そんな悪友達の声なんて、いまやただ一直線に圭一の下へと向かう晴彦の耳には届いてなくて。
やはりどう転んだって単細胞な晴彦の、晴彦が故の愛される理由……だという事にしておこう。
「ケイちゃん、行こう」
「に…し宮くん…?」
ハイエナに囲まれて、立ち上がれないまま椅子に座っていた圭一の真横に立ち、その細い腕をぐいっと引き上げれば、突然のその行動に驚いたような圭一の視線が向けられる。
「一緒に帰ろう」
でも、すぐに発された晴彦のその言葉に、やっぱり圭一はホッとしたように表情を緩め、いつものようにふんわりと笑顔を浮かべながら頷いてくれた。
それから後はいつもの事。呆然としながらも抗議の声を上げるハイエナ共を尻目に、掴んだ圭一の腕を離すことなくその場を立ち去る。
当然、置きっぱなしにしていた自分の鞄の存在にまで、晴彦の思考が回るはずもなく。晴彦が圭一を連れ出したと同時に、置き去りにされていた鞄を掴み後を追う、チュウと笹野と駒井の連携プレー。
結局いつもと同じ展開になるのなら、無駄に臍を曲げたって仕方がないのに……と、思っていてもそれを口には出さないチュウと笹野と駒井の3人は、この3年半の間にすっかりと単細胞晴彦のあしらいを完全にマスターした、ある意味でのスペシャリストだった。
「ありがとう…ごめんね…」
校舎を出て向かう校門への道のり、ようやく掴んでいた腕を解放すれば、申し訳なさそうな小さな呟きが耳に届き、視線を向けたそこには、へにゃっと表情を崩した圭一の姿。
「別に、ケイちゃんが謝るこっちゃないだろ。俺が好きでやってんだし」
少し伏せられた瞳を飾る、その白い頬についてしまうのではないかと思うくらい長い睫毛。その微かな震えが視界に飛び込んできて、それに意味のない胸の高鳴りを覚え、ついぶっきら棒な物言いをしてしまった晴彦に、不安に揺れる大きな瞳が向けられる。
眼鏡越しではない、その直接的な視線にまたドキッと胸が高鳴り。
「違う違う!迷惑だなんて思ってないからな!ただ、俺が面白くないから……あ!ケイちゃんに対してってんじゃなくて、あいつらだぞ?ケイちゃんが困ってるのがわかんねえわけじゃないだろうに、群がってるあいつらがムカツクだけで…っ!」
何を言い訳染みたことを言っているのだろう。どうしてこんなに焦らなければいけないのだろう。
圭一へのそんな言い訳を口にしながら、だんだんと自分の言ってる言葉の意味がわからなくなってくる。
「お〜い…何を告白しちゃってんだよ。女の子に告白でもしてるみたいだぞ〜」
「こ…っくはくっ!?バ…ッ!何言ってやがんだ、このバカチュウ!!」
その時、放り出されたままだった晴彦の鞄を肩に掛けながら、少し遅れて追いついてきたチュウがおかしな事を言い出して。
それは何か特別な意味を含んだわけではなく、チュウにしてみればいつものからかいの言葉にすぎなかったのだが。何やらドキドキと鼓動打つ自分の心臓を抱え、圭一にかけた言葉に自分でも動揺していた晴彦にとっては、何か触れられたくはないスイッチに触れられてしまったような、不自然なくらい焦る思いに狼狽えていた。
そんな晴彦の様子に、さすがに何かを感じ取ったのか、一瞬眉間に皺を寄せたチュウが、それでもそれ以上の言葉を口にする事はなく。
「ほれ!」
と、手にしていた晴彦の鞄を放って寄越す。
「サンキュ」
弧を描きながら手元に戻った鞄を肩に掛けながら、そっと伺い見た圭一は、いつも通り笑顔を浮かべていたけど。なんだかその表情が複雑そうに少しだけ歪んで見えたから。
「ケイちゃん……?」
そう声を掛けかけた晴彦の腕が、グイッと少し強い力で引っ張られた。
「いきなり何だよ!」と、上げかけた抗議の声は、想像していなかった近い場所にあったチュウの視線に遮られ。
「あとで付き合え。この後、おまえの部屋行くからな」
いつもヘラヘラとした笑みを浮かべているチュウの、一瞬見せられた見慣れない真剣な表情によって、圭一にかけるはずだった言葉を完全に飲み込んでしまっていた。
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