だからそれは単純に、最近合コンに誘っても乗ってこない親友を、女の子を集める意味では使えるこの晴彦を、何とかして引き込んでやろうという、そんな見え見えの魂胆からくるものだということも、重々承知していた。
別にそのこと自体を、今更嫌悪する気もなければ、これまでは自分だってそれで十分に楽しんできたのだから、不満を漏らすつもりもない。ただ、今はその気になれないだけだったのだ。
これまでは、それこそ就職前の最後の羽目外しだといわんばかりに、仲間内全員が運良く就職の内定をもらっているからこそ余計、宴を楽しむかのごとく合コンに赴きもした。それが、ここ1月ほどは全くその気が起きないのだ。あんなにも、熱をあげていたと言っても過言ではない遊びの席が、今は全くもって魅力を感じられない。
「なあなあなあ、やっぱりケイちゃんも参加してよ〜。ケイちゃんが来てくれれば、ハルも来る気になるかもしんねえしさ」
「え……あ、あの…俺は…」
「バカ言ってんじゃねえよ!」
だから、チュウのそんな誘いに困惑の表情を浮かべる圭一を助けるつもりではなく、単純に自分が面白くなかったからそんな反論をしてみた。
「ケイちゃんだってさ、眼鏡外せば可愛い顔してっしさ、女の子達集まると思うんだよな〜」
「そんな……」
「あ!何調子のいい事言ってんだよ!可愛いとか言ってんじゃねえよ!」
だから、自分と同じようにして客寄せパンダのごとく、誘われ困っていた圭一を助けようと思ったわけではなく、「ケイちゃんが可愛いって、それに一番最初に気付いたのは俺だ!」なんて、自分でもよくわからない理屈を心の中で並べ立て、拝み倒そうとするチュウの頭を思いっきり引っぱたいてやった。
「行こうぜケイちゃん。こいつらと話てっと、バカがうつる」
「自分の事棚に上げてやがる〜」
「お〜い!本当にサボるつもりかよ〜代返してやんね〜からな〜」
「に…西宮くんっ!?」
これ以上、圭一におかしな誘いをかけられたくなくて、本鈴が鳴り響く中、ずっと抱き寄せたままだった圭一の肩を促し、戸惑いの視線を向けてくる圭一の手首をしっかりと掴み教室を出た。
背後から聞こえてくる、友人達の声を綺麗に無視したままで。
「ちょ…ちょっと、西宮くん!授業は!?」
「脱出成功」
自分の手首を掴んだままで解放しようとはせず、ズンズンと校舎を出て歩き続ける晴彦の背中に声を掛ければ、中庭に差し掛かったところで意外にもあっけなく手を離した晴彦が、振り返りざまにいつものニカッとした笑みを浮かべながらVサインなんかを作って翳して見せる。
「脱出」だなどと、些か大げさな表現を使ってみせる晴彦の笑顔に、さっきまで掴まれていた手首からドクドクと熱い鼓動が胸に流れ込み、下手すると呼吸困難に陥ってしまいそうな息をなんとか整えた圭一が、次の瞬間ぶはっと吹き出し声を上げて笑い出した。
「みんな、びっくりしてたじゃないか。それによかったの?代返してくれないってよ?」
アハハハハ!と、本当におかしそうに笑う圭一の笑い声に、一瞬面食らったように目を見開いた晴彦が、次の瞬間同じようにして声を上げて笑い出す。
傍から見れば、何がそんなにおかしいのかと、そんな疑問を感じられてしまうであろう程に、その時2人が交わしている会話もそこに流れていた空気も、決して大笑いをするような要素が含まれていたわけでもないのに。
晴彦の、どこか子供染みた行動がおかしくて大笑いした圭一と、そんな圭一の笑い声を聞いた晴彦……。
「初めてだ」
「え?」
笑いすぎて、目じりに溜まってしまった涙を拭おうと、掛けていた眼鏡を外し指先を目尻に押し当てた圭一の耳に届いた、笑みを含んだ晴彦の嬉しそうな声。
それに疑問を感じ視線を向けたそこに、思わずドキッとしてしまうくらい弾けるような笑顔があった。
「ケイちゃんが本気で笑ってくれた顔、初めて見た」
たったそれだけの事がひどく嬉しい様子で、いつも以上に明るい笑顔を浮かべる晴彦が、真っ直ぐに向けてくる視線がひどく気恥ずかしくて。
思わず真っ直ぐに見つめ返すことができずに俯いてしまった圭一の髪を、不意に伸ばされた晴彦の手がわしゃわしゃと撫でつけてくる。
「しかも、眼鏡外したらめちゃんこ可愛いんでやんの。コンタクトにしないの?」
「え…え……?」
そして、急に距離を縮めて覗き込んできた晴彦の行動に、急に目の前に迫ってきた晴彦の顔に狼狽え、僅かに後ずさってしまった。
でも、そんな圭一の行動を特に気に留めた風もなく、更に間合いを詰めてきた晴彦が、左手に握り締めたままだった圭一の眼鏡をひょいっと取り上げる。そしてそのまま眼鏡を自分の眼前に翳し、同時にムムムッと眉間に皺を寄せた。
「うわ…かなり度がきついのな。ケイちゃんって相当目が悪いんだ」
「あ…うん。裸眼だと0.1もなくて……だから、眼鏡がないと、ほとんど何も見えないんだ」
「どれくらい?今の俺の顔って、見えてんの?」
眼鏡を取り上げられた時にできた距離で、今の晴彦の表情すらぼやけてしまっている圭一は、素直に首を横に振る。と、また急に間合いを詰めてきた晴彦の顔が、今度は裸眼でもはっきりと見えるくらいに近くに来て、今度こそ冗談抜きに、飛び上がりそうなくらい驚いた。
「これくらい近づかなきゃ見えない感じ?」
「あ……あの…っ!」
「まだ見えない?」
「ちが…っ!そうじゃなくて……ちか…近…い…です……。さすがに、そこまで近いと見えるからっ!」
それは本当に、僅かに動いただけで鼻先が触れ合ってしまいそうなほどに近くて。ちょっとした……なんてものではない。突如そこまで近づいてきた晴彦の顔に、冗談ではなく心臓が跳ね上がり、爆発寸前の状態まで一瞬で追い込まれてしまっていた。
「でもさ、こ〜んなでっかい、しかもお世辞にもカッコいいとは言えない眼鏡かけてることもないんじゃん?ケイちゃん、眼鏡外したらマジで男前だぜ?ってか、どっちかって〜と可愛い。女の子達の母性本能くすぐりまくる顔立ちしてんのにもったいない。コンタクトにしたら、間違いなくめちゃんこモテんのに」
それは、単純に友人としてのアドバイスとも取れる言葉だった。
それでも、晴彦にとっては何気ないそんな言葉も、晴彦に対して少なからず特別な感情を抱いてしまっている圭一にとっては、チクチクと胸を刺されるような痛みを伴って響く言葉で。
「コンタクトにしてみねえ?そんでさ、2人で合コン殴り込み!あいつらに寄ってく女の子を2人占めして悔しがらせてやんの」
ニヤリと、悪巧みでもする子供のような笑顔で告げられる言葉。それが、やっぱりほんの僅か胸に痛みを落とす。
「お、俺は…合コンは……」
「あ、冗談冗談!合コンは冗談だよ?俺も今は、マジで行く気ないし。人気者になっちゃうケイちゃん見るのは、きっと面白くないしさ」
「……え?」
それはどういう意味だろう。何故圭一が女の子にもてはやされるであろう事を、面白くないなどと言うのだろう。
そこに、何か特別な意味が含まれているなどと、間違ってもそんな期待を抱いているわけではないのに、それでも否定しきれない僅かな期待を抱いてしまいそうになる自分に戸惑ってしまう。
「でもさ、コンタクトにすればいいのにな〜って、それは結構本気。俺、ケイちゃんの顔って結構好きかも」
あり得ないことだとわかっているのに、それでもそんな風に言われたら、期待したくなってしまう──……。
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