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eternal lover act.5
『あんた以外に、誰がいるってのよ』
『そうだよね。ごめん…』

初めて交わしたのは、そんな会話だった。それまでだって、晴彦の存在は知っていた。
いつだって周りを人に囲まれていて、いつだって教室の中心で友達と楽しそうに話していた。だけど、なるべく目立たないようにして、いつも教室の隅の方にいた圭一の存在など、当然晴彦が知るはずもなく。
あの日だって、偶然遅れて教室に入ってきた晴彦が、気付いたら席を2つ分離した場所に座り。いきなり大欠伸をしたかと思うと、教材を取り出すことなく机に突っ伏しようとしたから、いろんな意味で驚いて、気付いたときにはマジマジと見つめてしまっていたのだ。

『あんた』と、そう呼ばれた事に、やはり自分の事など知らなかったのだと、何故かわからないがひどく落胆し、同時にかけられた声がひどく嬉しいと思ってしまっている自分には気付いていた。
程よく日に焼けた肌は、焼けてもすぐに真っ赤になってしまう白すぎる圭一の肌とは正反対で。ニカッと笑った笑顔がやけに輝いて見えて。いつだって輪の中心にいる晴彦が、いつだってほんの少し眩しく見えていたのだと、その時改めて気付かされたのだ。
もちろんそれは、そんな晴彦の環境を羨ましいと思う気持ちからくるものではなく、昔から同性相手に、普通の男なら抱かないはずの感情を抱いてしまう、己の性癖からくる感情だということはわかっていた。
だからこそ、ただ純粋に話しかけてくれる彼に対して、見抜かれたわけではないのに後ろめたい思いを感じてしまい。同時に真っ直ぐに視線を向けられている事が恥ずかしくて、同じようにして真っ直ぐに見返す事ができなかった。

ほんの僅かな会話を交わしただけで、結局その後2人の間に会話が続くことなどなく。それまで全く面識などなかったのだから、それも当然の事なのだが。
しばらくは、居心地が悪く感じられる程に、何故か自分へと向けられる晴彦の視線に戸惑ったが、それも程なくしてその視線を感じる事がなくなり。そっと伺い見た2つ分の席を空けた隣に座る晴彦は、教室に入ってきた時にとろうとした行動を実行に移したらしく、鞄を枕にすっかり寝の体勢へと移っていた。
突っ伏した腕と額にかかる前髪の隙間から見え隠れする横顔は、一般的な視点から見て嫌味なく整った端整な顔立ちをしていて。誰もが騒ぐような目立った男前というわけではなかったが、それでもそこそこに騒がれる部類には属していた。
いわゆる、高嶺の花的な近寄りがたさはなく、大衆受けしそうなその顔の造りも雰囲気も、見つめれば見つめる程に圭一の心を本人も自覚のないところで惹きつけていく。
でもそれは、元々同性を相手に恋愛の感情を抱く圭一にとっては、ごく自然な出来事で。だからといって、それがそのまま恋へと結びつくわけではなかった。単純に、誰もが異性に対してトキメキを感じるという感情を、圭一の持つ性癖に見合った相手に抱いただけのこと。

当時の圭一が晴彦に抱いていた感情は、恋愛などというはっきりとしたものではなく。単純に人好きのする笑顔に好感を持っていたと、ただそれだけのものだった。
当然、そんな想いを抱いたところで、そうそう同性相手に抱いた恋愛感情が成就する事などないことを理解していた圭一にとっては、どこかでそうなる気持ちの変化に歯止めをかけようという思いが働いていたのかもしれないが。
自分がそういう性癖を持っているからといって、他の男がそうであるとは限らない。むしろ、そうである可能性が低い事だって、十分すぎるほどにわかっていた。
だから、晴彦に対してだって、特にそれを期待したわけではないのに、それでもその直後に確認させられた彼が間違いなくノンケだという事実に、少なからずショックと落胆の感情を抱いた自分自身に戸惑ったのだ。

時折そんな寝顔をちらちらと盗み見ながら過ごした1時間半の講義が終わり、次の教室に移動すべく机に広げた教材を片付け始めた時、いつも晴彦と行動を共にしている友人達がこぞって集まりだした。

「お〜っすハル!」
「なんだよ〜昨日と全く同じ服じゃねえか。やる気満々をここで披露すんなっての」
「バァ〜カ!そんなんじゃねえよ!」
「で?で?どうだったのよ?」
「美人だったもんな〜畜生!羨ましいぜ!」
「残念でした〜彼女、彼氏持ちだってよ」
「マジでか!?そんな事聞いてなかったぞ〜」
「え?え?でも食っちゃったの?」
「食ったとか、人聞きの悪い言い方すんなよ」

友人達にからかわれ、それでも満更でもない様子で返す晴彦の、さっきまでちらちらと盗み見ていた横顔を思わず凝視する。
彼がノンケであるという事実には、それこそ大して驚きはしない。それが普通である事は、今更誰に諭される必要もなくわかっている事だ。
ただ、今まで遠巻きに見ていた彼の印象と、さっきほんの少し会話を交わした時に得た印象。そのどちらもが、圭一にとってはやはり好感の持てるものだったから、今の彼らの会話に少なからずのショックを受けた事は確かだった。
彼氏のいる女性と関係を持ち、その時は知らなかったのかもしれないが、その事実を知った後でも悪びれた様子などなく話しをする。自分が潔癖だなどと、そんないい子ぶるつもりもないが、それでもその事に僅かながらも不快感を抱いた事は確かだった。
たいして好きでもない相手とでも、寝ることができるのかと、考えてみれば圭一が怒るようなところではないはずなのに。少し前まで自分自身がおかれていた状況だって、決して褒められた場所にはなかった事も十分に理解しながら、それでもどうしようもなく胸に湧き上がってきた不信感。

「で?で?どうだったのよ、お味は?」
「下世話な聞き方すんじゃねえよ。お味もクソも、ほとんど覚えちゃいねえっての」
「相当イッてたからな〜おまえ」
「でもおまえ、男としてそれはどうなの?あれだけの美人に相手してもらって、記憶飛ばすってどうなのよ?」
「情けね〜男の風上にもおけね〜」
「うるせえな!覚えてねえもんは仕方ねえだろ……っ!?」

ガタン───…ッ!!

何故かわからないがムカムカして、これ以上その会話を聞いていたくなくて、教材を突っ込んだ鞄を肩に引っ掛けながら、気付いた時には大きな音を立てて椅子から立ち上がっていた。
そのまま教室を出ようと振り返った時、圭一の立てた音に驚いたのか、晴彦を初めとするそこに集まっていた学生達が驚いた表情で圭一へと視線を向けてきた。

「あ……ごめん…」

何故自分が謝らなければならないのかと、そんな理不尽とも取れる怒りを覚えながら、それでも注目を浴びてしまったという状況が無性に気まずくて。ボソッと小さく謝罪の言葉を呟き、彼らの方へと視線を流さないまま圭一は教室を後にした。
何故あそこまで腹が立ったのか、それが自分でもわからずに、その時の圭一の心は激しく動揺していた。
それまで、一度として会話を交わした事などなく、それでも初めて自分の存在を知った様子の彼に対して、ほんの僅かとは言え改めて好感を持てたのは本当だった。だからと言って、あの会話に対して自分が不機嫌にならなければならない理由など一つもないはずだ。
だからこそ戸惑っていた。

「なんだよ……いい加減なヤツ」
「お〜い!おいってば!」

それでも胸に湧き上がってくるムカムカを抑えきれず、次の教室へと移動する中愚痴めいた台詞を零したとき、不意に背後から掛けられた声。
それが自分に向けられたものとは思わずに、当然足を止める必要性など微塵も感じていなかった圭一の腕が、次の瞬間ぐいっと後ろに引っ張られた。

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  2008/05/18 eternal lover コメント(0) TB(0) 記事No(75) ▲TOP
inside monopoly act.1
貧しい家に生まれ育ち、幼い頃から両親の度重なる虐待に耐え続けた主人公が、運命的な出会いを果たした相手と恋に落ちていく。しかし、ようやく幸せをこの手に掴みかけたその時、彼女を襲う病魔の影。
そんな中でも、逞しく自分の運命と闘う彼女を、常に傍で見守り支え続ける恋人と、余命いくばくもないとされながらも結婚し、新しい命をも授かる。しかし、彼女の中に巣食う病魔が消えたわけではなかった。
今にも消え行きそうな命の灯火を前に、ようやく得た幸せな家庭で家族と共に穏やかな時間を過ごす彼女が、その命をかけて訴えかけるのは、どんな逆境にあろうとも消してはならない希望という名の道標。今や薄れかけている、家族という存在の絆の強さ。
明日への希望を見出せない若者達へ、家族と言う尊い絆を忘れかけている人々へ、人との絆を軽んじる人々へ。今や社会的な問題として取り上げられている「繋がり」というキーワードがふんだんに盛り込まれた、ある意味ではありがちなこの作品は、数年前に書籍化されベストセラーとなった小説が原作となったものだった。
それが、来春の映画で公開されることが決まったのが、およそ3ヶ月前の事。主人公の恋人役のオファーを受けた俺は、この春から撮影が始まったその仕事で、まさに忙殺される日々を送っていた。

当然、仕事はこれだけではなく、前回のクールを終えてから今クールのドラマの仕事は入っていないものの、役者の傍ら少なからずモデルの仕事も継続して行う俺は、雑誌の撮影やらショーの出演やら、とにかく毎日が忙しない。
世間ではいまだに『人気若手俳優』などという称号をもらってはいるものの、今の自分の人気は、けして一時だけのものではないという確信があった。
もちろん、こんな世界だ。明日にはどうなっているか、先行きの不透明さは拭えないが、それをも蹴り飛ばしてしまえるくらい、俺は常に上を目指し走ってきたという自負がある。
そこにはもちろん、『カッコつけている俺が好きだ』と言った、あの日のあいつの言葉が大きな理由としてそこにあった事は否定できないが。この俺が誰かの背中を見て走るだなんて冗談じゃない。一度手にしたトップへの切符を、そう易々と手放すつもりは毛頭なかった。

中学生の頃からこの業界に身を置き、モデルから役者に転身してからもう7年。年齢的にもキャリア的にも、そろそろ若手というには難しい頃合になってきたかという自覚があった。
そんな事を言えば、それこそモデル時代から俺についてくれている優秀なマネージャー殿からは、「まだまだ若造のくせに、何言ってんのさ。新くんなんて、ま〜だ全然ひよっこだよ」なんて、まるで冗談でも言うような口調でからかわれてしまうのだが。
一応、この業界においては、俺のほうがなるちゃんより先輩なんだぞ……なんて、そんな言葉を言ったところで、「はいはい」と軽くあしらわれる事は目に見えている。
俺よりも4歳年上の彼は、知り合った当初から、どうも俺を子供扱い…というか、弟扱いしてきて、それは8年たった今でも変わる事はないらしい。

「疲れた?」

撮影の合間の休憩時間。普段なら共演者やスタッフと共に過ごすことが多いのだが、このところの忙しさから疲れがピークに達していた俺は、1人楽屋へと戻っていた。
用意された個室で、何をするでもなく転がった俺が、何気なく取り出した携帯電話へと視線を向けた時、遠慮がちなノックの音と共に顔を覗かせたのは、俺が唯一出入りを許しているマネージャー殿で。

「少しね。始まったら起こしてくれる?」
「わかった。あ、これ…」
「サンキュー」

寝転がったままの体勢で答える俺に、「お疲れ様」と声をかけてくれたなるちゃんが、手にしていた紙コップを差し出してくれて。それを受け取るために起き上がった俺が発した言葉に、いつもと変わらない穏やかな笑みで答えてくれた。

「今日は、これで最後だから。時間が早いようだったら、光流くんのところに送っていこうか?もう随分と会ってないんだろう?」

受け取ったコーヒーを飲みながら、一眠りする前の一服だと手にした煙草に火をつけた俺に、やはりどこか遠慮がちにそんな提案を示してくれる。
こんなところも優秀なマネージャーさんだよな。俺が何も言わなくても、今俺が一番望んでいることを察してくれる。

「別に、あいつに会わねえのなんて今更だし。あと何日続いたって、たいして変わりゃしないよ」
「またそんな事言って。ここに皺寄せながら言う台詞じゃないよね」

吸い込んだ紫煙を天井に向かって吐き出しながら、そんな強がりを言ってみたところで、結局はなるちゃんには全てお見通しなのだ。
ピンと俺の眉間を伸ばしてきた指先で弾きながら、くすくすと楽しそうに笑みを零すその顔をジロリと睨んでみたって、それをたいして気に留めた様子もなく。どこまでも見透かしたようなその反応に、いつだって俺は白旗を揚げるしかなくなってしまう。

「何時頃になりそうかな?」
「さあ?それは新くん次第じゃない?」
「ごもっとも……ちゃっちゃと終わんねえかな〜」

煙草を手にしたままで仰向けに倒れ込めば、「危ないだろう」と、本当にまるで弟の世話でもするかのように俺の手から煙草を取り上げたなるちゃんが、ノンフレームの眼鏡の奥の瞳を、少し意地悪そうに細めながら吸殻を灰皿へと押し付けた。
こういった撮影の現場の空気は嫌いじゃない。むしろ、そこに流れる張り詰めた緊張感も、スタッフや共演者、そして監督とのやり合いも俺は好きだ。
それでも、どんなに好きな現場の中でだって、あいつと持てる時間と比べてしまった時、全てが色褪せてしまいそうになる瞬間がある。
そんな事を言えば、「仕事に集中しろ!」とあいつには怒られそうだが。

当然、この俺が仕事の手を抜くなどということは冗談でも考えられない。
なんだかんだと虚勢を張ったところで、俺は今自分のいるこの場所が気に入っている。そこに居続けるためなら、隠れた努力なんていくらでもしてやるさ。
俺は貪欲なんだ。仕事もあいつも、そのどちらをも手放すつもりなど毛頭ない。そのどちらをも変わらずこの手にし続けるためなら、どんな努力だって惜しまないさ。
まあ、この俺が必死に努力しているだなどと、他の連中に感づかれるのは冗談じゃねえし、表向きはあくまでも天才だってな世間の評価を有効に利用はしてやるが。

「光流くんから連絡は?」
「ん〜…?そんなん、もともとロクに入った事ねえし」
「じゃあ、連絡してあげたら?光流くんに会いに行くって言っちゃえば、気合いの入り方だって違うでしょう?」
「何それ」
「なんだかんだ言っても、新くんが光流くんとの約束を破れるとは思えないし」
「なるちゃん……楽しんでるだろ…」
「楽しんでるなんて人聞き悪いな〜」

全く悪びれないその言葉。だけど、表情は明らかに楽しんでいるそれだった。

「さてと、邪魔しないから、少しでも休んで。また起こしにくるから」
「ん、サンキュ」

寝転がったままの俺の腹の上に、部屋の隅に置かれていた毛布を掛けてくれたなるちゃんが、それだけを言うと部屋を出て行ってしまって。
1人部屋に残った俺は、先ほど手にして結局床に放り出していた携帯電話を再び手に取った。

「たまには、そっちから何か言ってきやがれ」

アドレスから引き出したあいつの番号に向かって、聞こえるはずもない悪態を呟く。
俺の仕事柄、それを気遣ってかあいつからの連絡が入ることは少なかった。いつだってあいつは、俺からの連絡を待っている。
俺がメールをすれば、少し遅れても必ず返信はあるし、電話をかければ当然嫌がらずにそれを受ける。そして、会いに行くと伝えれば、必ず嬉しそうに声を弾ませるくせに、それでもメールのひとつだってあいつからという状況は生まれてこない。
それはやはり、あいつなりの気遣いだと、それを理解しながらも、時折感じる苛立ちは誤魔化せなかった。
俺が連絡ひとつ入れなかったら、もしかしたらずるずると会えない日が続くのではないか。そうなった時でも、あいつは連絡をしてこようとはしないのではないか。

あいつは、俺の傍にいると言った。俺の傍にいたいのだと言った。
でもそれは、俺が望んだ時だけだ。結局、あいつの心を手に入れたあの日から、俺が望んだ時以外で、あいつが俺を求めてきた事なんてない。それは、その存在を手に入れたあの日から、結局何一つ変わっちゃいなかった。
あいつの心をこの手にした瞬間、これ以上ない程に満たされたのに。あれからだって、あいつと過ごす時間は、いつだって俺の心は満たされているはずなのに。
それでも感じる苛立ちは嘘じゃなくて。俺が望むのと同じように、いやそれ以上に俺を求めようとはしないあいつに、ムカムカするんだ。
何よりも大切にしたいと、そう思う心の裏で、同時にあいつを手に入れられなかったあの頃抱いていたような、どす黒い感情が腹の中に生まれてくる。
もっと、なりふり構わずに俺を求めてみろと。そうしようとはしないあいつに、そんな言葉を投げつけたくなる。

「冗談じゃねえや」

それでも、もう2度とあんな想いはごめんだった。幼い感情を抑えきれず、ただあいつを傷つけて見せられた涙。
あんな辛い涙は、もう2度と見たくはなかった──…。

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