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eternal lover act.1
自宅へと戻り、スーツを脱ぎ着替えたシャツの袖を捲くりながら、キッチンカウンターに置いた買い物袋の中身を探る。
鍋には国産の鶏つくねと水菜は外せないと言う恋人の為に買い揃えた材料を並べ、慣れた手つきで調理器具を取り出す晴彦だが、普段はそうそう台所に立つことはなかった。特別料理が得意というわけでもないし、料理好きというわけではない晴彦は、元々食に対する欲求も薄いタイプだった。しかし、圭一と共に暮らすようになってからは、料理好きな恋人の影響を受けてか、少しずつ自分でも包丁を握るようになったのだ。

日頃すれ違いの生活の中でも、晴彦の食事の用意だけは欠かさない圭一だが、芸能事務所のマネージャーという特殊な職業から、時間の余裕がなく夕飯の支度をできないままに出社することも少なくはなかった。
そんな時は、圭一の作る料理に比べたら多少劣りはするものの、元々なんでも器用にこなす晴彦が、こうして食事の支度をする事も珍しくはない。
最初は、晴彦にそんな事をさせられないと抵抗を見せた圭一も、自分の為に嬉しそうに包丁を握る晴彦の姿に、結局は何も言えなくなってしまったようだ。

『いつも晴彦が美味いって言ってくれるから、前にも増して料理が楽しいんだ。負担だなんて思った事ないよ?飲みに行くときは、遠慮なんかしないで行って。なにも1日や2日で悪くなるわけじゃないんだし』

圭一も仕事が忙しいのだから、毎回きちんと食事の用意をする事はない。晴彦自身、仕事の付き合いで飲みに行く事も珍しくなく、毎日家で食べるとは限らないのだからと、そう言った時に圭一が言った言葉。
実際、晴彦が急に飲みに行く事になったとしても、圭一がそれに対して不満を漏らすような事はなかった。しかしそれは、それこそ付き合い始めた当初は、多少なりとも圭一の我慢の上で成り立っていた事だった。
それでも今は、仕事上の付き合いは大切だと、同じようにして働く同性だからこその理解であり、そして長い付き合いの中で培ってきた信頼関係があるからだと、それを素直に信じることができる。

いつも、晴彦に対して引け目のようなものを感じていた圭一が、今は素直に甘えてくれる事が嬉しくて、昔よりもずっと綺麗になったあの笑顔のためなら、多少の疲れなど気になることなく、なんでもしてやりたいと思うのだ。
だからこそ、忙しい中で時折こうして持てる、2人の時間を思い描きながら握る包丁は、いつだって軽快な音を立てて食材を刻んでゆく。
間もなく帰ってくるであろう、恋人の嬉しそうな笑顔を思い浮かべながら。



マンションの地下駐車場へと車を乗り入れ、急いで運転席を降りる。急ぎ足でエレベーターへと向かいながら、助手席に置きっぱなしだった買い物袋の存在を思い出し、慌てて踵を返す自分の浮かれ具合に、誰に見られているわけでもないのに気恥ずかしくて、思わず自嘲が漏れ出す。
何も、昨日今日付き合い始めた、初心な高校生でもあるまいし。しかも、もう6年以上も一緒に暮らしている恋人に会うのに、何をそこまで浮き足立つ事があるのか。
それでも、圭一にとって晴彦とのこの関係が、何年の時を経てもなお、奇跡だと感じる思いに変わりなどなかった。
それに、一緒に暮らしていると言えども、普段はお互いの仕事が忙しく、圭一の就くマネージャーという職業柄時間も休日も不規則で、こうして2人で過ごせる時間を持てる事が少ないのだ。

エレベーターへと乗り込んで、9階のボタンを押し、点滅表示がひとつひとつ上昇していくその僅かな時間ですらも、こういう時はやけにじれったくもどかしく感じる。
それでも逸る心を抑えながら、圭一にしてみればようやく到着した9階フロア。エレベーターを降りると同時に足早に向かうのは、『もう家に着くぞ』というメッセージを送信してきた恋人が、おそらくは待っていてくれているであろう角部屋。
玄関上の換気口から吹き出される白い煙と、そこから漂ってくる香りに、「もしかして…」と思い、1度は取り出しかけた鍵をしまい込む。そうして手を掛けたドアノブは、予想通りすんなりとその扉を開けてくれた。

「ただいま〜」

静かに、でも奥にいるであろう恋人に届くようにとかけた声は、それでも返事が返される事なく。「やっぱり…」と、予想通りの状況に、再び漏れ出した笑みを貼り付けながら、奥へと続く廊下を歩いた。

「晴彦、ただいま」
「お?おかえり、お疲れさん」

リビングへと続く扉を開け、すぐ横に設置されているカウンターキッチンをひょいと覗き込めば、思ったとおりそこに立ち、コンロにかけた土鍋を手にした菜箸で突付く晴彦が、二カッと笑いながら振り返ってくれた。

「先越されちゃったか」
「ん?何がだ?」

くすくすと笑う圭一に疑問の視線を投げかけながら、「よっ!」と声をかけた晴彦が、シンクに置いてあった土鍋の蓋を閉める。
そして、捲り上げたシャツの袖を戻しながら、再び振り返り見た圭一の頬に、そっと触れるだけの小さなキスをくれた。

「俺が作ろうと思ってたのに」

晴彦の疑問に答えながら、すぐに離れてしまった唇を追いかけて、そのシャツの胸元を軽く掴み引き寄せ、今度は圭一から唇への小さなキス。
そして、そのまま擦り寄るようにして逞しい腕の中へと身を預ければ、フッと漏らされた小さな吐息が耳元を掠め。

「おいおい、煽ってんのか?」

冗談めかしたその言葉に、そっと視線を上げれば、「大歓迎だけど」なんて、やはり冗談を言うような口調で言い募る晴彦の唇が、今度は少し長く……そして、ほんの少しだけ深く重ね合わされた。
その温もりの甘さは、同時に全身へと広がり、瞬く間に圭一の心を満たしていく。
望めばすぐにでも与えられる温もりは、それでも物足りないと訴える心に欲を運び込み。まるでもっとと強請るように広い背中へと回しかけた手が、持ったままだった買い物袋の存在をようやく思い出させてくれた。

「あ……」
「どうした?」
「これ…俺も買ってきちゃった」
「ああ、でもさすがに、全部使うのは多すぎるな」

けっして軽いものでもないのに、すっかりその存在を忘れてしまっていた事への照れくささが、圭一の白い頬をほんのりピンクに染め上げる。
そんな恋人の、昔と変わらない初々しさが可愛くて、ほんのりと染まった頬をぷにっと摘んだ晴彦が、いつものようにニカッと笑って見せた。

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  2008/05/07 eternal lover コメント(0) TB(0) 記事No(70) ▲TOP