全てを解き放った、満たされた心と身体に、心地よい余韻が広がり。
ベッドの上でうつ伏せに転がる俺の背に、緩やかな愛撫が飽きる事なく繰り返される。
「愛してる──…」
そして、情事の間中囁かれ続けた、甘すぎる言葉は今も止む事はなく。
「そんなに大安売りされると、感動も薄れるな」
枕に頬を埋めながら、くすくすと笑みを浮かべ視線を流せば、一瞬切な気に歪んだ瞳が俺を映し出し。くしゃっと泣きそうに崩れた顔を隠すように、俺の背中に顔を埋めたこいつが、痛いくらいの力で抱きしめてくる。
「また……あの人の事考えてた?」
呟かれたその声は、本当に聞き逃してしまいそうな程に小さくて。無言のままで身を捩り、背中に埋められているその顔を覗き込もうとすれば、まるで駄々を捏ねる子供のように小さく首を振る。
「あの人って?」
「……何でもない…」
問いかけた俺に返されたのは、そんな誤魔化すような台詞で。次の瞬間、パッと上げられたその表情には、聞こえてきた押し殺すような声の存在など微塵も感じられない程に、いつもと変わらない笑顔が貼り付けられていた。
「おかしな奴だな」
くすくすと笑みを零す俺の頬に、そっと触れてきた唇が、徐々にその位置を移し。そして唇に与えられた、溶けそうなほどに甘い刻印。
そこから流れ込んでくる、愛しい恋人の切ない想いに、やはりくすくすと笑みを零す俺の心は、包み込んでくれる穏やかさに満たされていた。
「わかってるから。俺は大丈夫だから」と、声に出して告げられる事のないこいつの気持ちが、触れ合ったその場所から痛いくらいに流れ込んでくる。
5年前、置き去りにされた教室の中で、「またね」と言って去っていたあいつの声だけが虚しくいつまでも響いていた。
その背中を追う勇気も、そしてその意味ですら見出せず。ただ、己の頬を濡らす涙の存在は、何故かひどく温かく感じられたんだ。
それが、最後にあいつが見せてくれたのが、いつもと同じ笑顔だったからだという事は、嫌になるくらい理解していた。
追いかけたいと望む心と、今それをしても仕方がないと、半ば絶望にも似た気持ちで諦めてしまった事実。
その存在を手にしたいという願いと、それでも過去を引きずり彼を忘れてしまう事ができなかった俺の、あの時できた唯一の決断だったのだと。それを信じる気持ちは今も変わってはいない。
いつか本当に、再びおまえが俺の目の前に現れたとき、変わらず俺を想ってくれるなら、その時は躊躇う事なくその手を取っても許されるだろうか。
おまえを傷つけてしまってもまだ、自ら追いかける勇気もなく、ただ待ち続ける事しかできなかった卑怯な俺は、考えてみれば、あの頃からずっとその与えられた温もりに、甘え続けていたのかもしれない。
「いつか──…」
またしても、思い出の中に意識を引きずり込まれていた俺の耳に、不意に届いた囁き。
「ちゃんと俺を見てくれるまで、俺はずっと待ってるから」
そう言って、そっと頬に触れてきたこいつの唇が、あの頃と同じように微かに震えていた。
こんなにも真っ直ぐな想いをぶつけてくれるおまえを、安心させる言葉を俺は知ってる。
1年前、「追いかけてきちゃった」と、あの頃と変わらない笑顔で俺の目の前に立ったおまえを、俺がどんな気持ちで見つめていたか。おまえにはわからないか?
5年の時を経てもなお、変わらない想いを注いでくれるおまえの存在を、今俺は何よりも大切に思っているのだと、それを告げたらどんな顔を見せてくれるだろうな。
この5年間変わらず、俺がいつも脳裏に思い描くのは、おまえがあの時見せてくれた笑顔なのだと。それを告げたら、おまえはやっぱり同じ笑顔で、でもそこに泣きそうな表情を貼り付けるんだろうな。
なあ、輝一……俺は、ちゃんとおまえの事を愛しているよ───…。
実らなかった切ない初恋の思い出は、時を重ねるごとに美しい瞬間だけを脳裏に刻み残していくのに、2度目の恋は、美しさの中にも激しさをも増していき。
そしてそれは、やがて穏やかな波をも伴って、心の中に広がりを見せていく。
恋は恋でしかなかった思い出の日々と、流され飲み込まれそうな程の激情を刻まれながらも、やがて穏やかな愛へと変貌を遂げた恋。
もし、そのどちらかを本物だとするならば、俺は迷わず2度目の恋を選ぶだろう。
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