「サンキュ!平日の夜の1回と、日曜の昼間の講習になりそうだから、ちょっと時間はなくなっちゃうかもだけど…。でもさ、もちろん日曜日は、講習終わったら会いに行くよ?いいだろ……?」
申し訳なさそうに、それでもどこか不安そうに問いかけてくる陽生の言葉が、自分との時間を大切にしてくれているのだという事を伝えてくれたから。「もちろん」と頷いてみせた京悟の胸に、縋り付くようにして寄せられた温もりを、しっかりと抱きしめる。
「でも、今日の彼女も、同じ学校に通っているんだろ?店でも一緒で、学校まで一緒か……」
「なに?やっぱり疑ってんの?」
「いや…そうじゃなくて…」
「なんだよ!?言っとくけど、俺はあんたとは違うからな!浮気なんて絶対しないからな!」
別に、陽生が浮気をするとかしないとか、そんな疑いをかけたつもりではなかったのだが。
だいたい、「あんたとは違う」とはひどい言われようだと思う。京悟にしたって、陽生と付き合うようになってからは、いやその前、陽生と出会ってからは、1度として他の女と関係を持った事などないのだ。
つくづく信用がないんだな…と、ほんの少しだけ寂しくなってしまう。
「彼女が羨ましいと思ってしまったんだよ」
「へ?羨ましいって?」
「俺は、忙しくてなかなか一緒にいられないのに、彼女は君との時間を、恋人である俺よりも持てるのか…とね。これも立派な嫉妬だな」
そう言って自嘲を漏らした京悟に、目の前の陽生の顔がボッと一瞬で真っ赤に染まり。
「だから!嫉妬すんなら、もっとわかりやすくしろっての!」
照れ隠しのようなそんな悪態が、また可愛いだなんて。そんな事を口に出してしまったら、また文句を言われるんだろうなと、それがわかっていたから、京悟はあえて多くを語らず、微笑みだけでそれに答えた。
「別に…一緒に過ごす時間が少ないからって、あんたが特別だって事に変わりはない…」
「陽生?」
「あんたは違うのかよ。会う時間が減ったら、それと比例して、気持ちも減っちゃうのかよ」
そんな事はありえないと、それはわかっているはずなのに、わざと拗ねたようにして問いかけてくる陽生が可愛くて。思わず緩んでしまった頬を戻せないままに、まるで悪戯を仕掛けるかのように、啄ばむだけの口付けを繰り返す。
そして、最後に仕掛けた深い口付けで、余すとこなく口腔を弄り蹂躙し、カクンと膝の落ちた細い身体を支えるようにして抱きしめた。
「この2週間、自分でも呆れるくらい、君の事ばかり考えていたよ」
「浅葉さん…?」
「会えない時間が増えれば増えるほど、君に会いたくて、君に触れたくてたまらなかった」
その時間に比例して想いが減るどころか、増え続け重なり続けていく愛しさに、それこそどうにかなってしまうのではないかと思うほどに、陽生の温もりが恋しくて仕方なかったのだと、どうすればこの気持ちの全てが伝わるのだろう。
抱きしめても足りない。何度口付けても足りない。
この胸に溢れている想いの全てを、伝える事ができたらいいのにと、柄にもなくそんな事を真剣に考えてしまう。
「決めた。俺は家を出るよ」
「は!?何で急にそんな話になるんだよ?」
「急にじゃないよ。君と付き合うようになってから、ずっと考えてた事だ」
唐突すぎるその宣言に、目を丸くする陽生に微笑みかけながら、その表情を見て更に、ずっと考えてきた事を実行に移す決意を、改めて固めた京悟だった。
「今も、ほとんど1人暮らしのような状況に変わりはないけど、それでも君は気になるんだろう?」
「それは……」
「別に、この年になってまで実家で暮らさなきゃいけない理由があるわけじゃない。というか、家を出るほうが自然な年だと思わないか?むしろ遅すぎるくらいだ。俺が1人暮らしをするようになれば、君だって部屋に来てくれるだろう?」
2人で過ごせる時間を大切にしたいのだ。これからますます忙しくなるのだというのなら尚の事、ほんの僅かな時間でも、2人で過ごす時間を大切にしていきたい。
自分が実家にいる事で、陽生に戸惑いを感じさせるのであれば、その解決方法は至って簡単で単純な事だ。そこをクリアにしてしまえば、何の気兼ねもなく陽生を抱きしめる事ができる。
「無理をしてくれとは言わないよ。ただ、可能な限り、俺と一緒に過ごしてくれないだろうか?本当は、1秒だって離していたくはないんだ」
それは、今までこの腕に抱いてきた女達に囁いてきた、上辺だけの睦言などではなくて、心から願う、京悟のこれ以上ない程に素直な思いだった。
ようやく見つけた、たったひとつの大切な存在を、叶うことなら一瞬だって離すことなく、この腕の中にずっと閉じ込めておきたいとさえ思う。
それでも、それは不可能な事だから。当然だけど、陽生の自由の全てを奪う権利など、自分にはないから。
でも、せめて許された時間の全てを、この腕に抱きしめて過ごしたいと思う。
「俺はね、君と出会ってから、本当の恋を教えてもらったんだ。本気で誰かを愛しいと思う、その気持ちの美しい色に、初めて気づかされたんだ」
「ぶ…っ!う、美しい色って……」
次々と繰り出される、聞くに恥ずかしすぎる言葉の羅列に、たまらず吹き出した陽生を責めるでもなく。本当に愛しくてたまらないのだと訴えかけてくる、射抜かれただけで溶け出してしまいそうに甘い眼差しが見つめてくる。
「まいった…あんた、マジで時々恥ずかしいよ」
「そうか?正直な気持ちだ」
「わかった…わかったから!それ以上は勘弁して…マジで腰が立たなくなるから」
真っ赤に染まってしまった顔で、まるで睨み付けるようにして見上げてきた陽生の瞳の中にもまた、京悟を想う気持ちが溢れていて。
向けられる愛情の幸福感に、抱きしめたままの腕を解けるはずなどなかった。
休日の夜のオフィス街。
その一角に位置する公園の中で、人通りがないのをいい事に、外灯に照らされ重なり伸びる影。それを、まるでひとつにしてしまうかのように身を寄せる恋人達は、甘い睦言を繰り返す。
飽きることなくお互いの存在を、その温もりを確かめ合い、久方ぶりの逢瀬の時間を、人目憚る事なく貪り合った。
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