すっぽりと、その大きな腕の中に納まってしまい、むぎゅぎゅっと音がしそうなくらい強く抱きしめられ、それこそ身じろぎひとつできなくなってしまった陽生が「苦しい」と訴えかけるものの、その戒めが解かれる気配は一向になくて。
「何回も電話したんだ。それなのに、君は全然出てくれなくて」
「仕方ないだろ…音切ってたから、気づかなかったんだよ」
「それでも、少しくらい俺からの連絡を気にしてくれてもいいだろう?」
「なに?拗ねてんの?」
「帰国して、なにをするよりも先に君に会いに行ったのに、君はいないし連絡もとれない。挙句の果てに、女の子と2人で仲良く肩並べてるなんて……」
陽生からの問いかけには答えず、まるで愚痴るかのような口調で紡ぎだす京悟の言葉に、抱きしめられたままの陽生がピクンと反応を示す。
「あれ?もしかして、妬いてたとか…言う?」
「妬く?それは、嫉妬って事?」
「いや…俺が聞いてんだけどね」
僅かに身体を離し覗き込んできた京悟の顔が、どこか戸惑いを含んだように揺れていて。
まるであの時、初めてキスをしたあの時のような、無自覚極まりないその表情に、ほんの少し苛立ちはしたけど。それでも、京悟がとんでもない鈍感天然野郎だったんだと、今更ながらにそれに気づいてしまったから、陽生はそれこそ呆れて笑うしかなかった。
「また無自覚?」
「いや…さすがに自覚はあるよ。俺が驚いたのは、君がそんな事に今更気づいたのかって事」
「はい〜!?」
「普通、恋人が自分の知らない相手と2人きりで歩いていたら、嫉妬くらいするだろう?と言っても、俺自身初めて抱いた感情だから、最初はよくわからなかったが」
「やっぱ無自覚だったんじゃん!」
「だから、自覚はあるって言ってるだろう?それに、君が嫉妬してくれた事も、ちゃんと気づいてるよ」
「威張って言う事かよ!」
わかってて、それであんな態度に出たというなら、それはもう立派な嫌がらせじゃないか!
そう怒鳴りつけてやろうとした陽生の言葉は、再び抱きしめられた腕によって、胸元に顔を押し付けられ、声に出す事は叶わなかった。
「君が、俺の知らない女性に話しかけているのを見て、堪らなく不愉快だった。凄く嫉妬したよ」
「わかりにくいんだよ!」
「そうか?自分では、結構わかりやすいかと思うんだが」
「それを、女を口説くような真似で回避しようとすんなっての」
「別に口説くつもりじゃなかったんだが…」
「そこ!?今日の無自覚はそこなの!?怖ぇ〜…無自覚で女口説いちゃうのかよ!この天然タラシ男!」
またもや、腕の中でキ──ッ!と怒りを露にする陽生が、なんだか無性に可愛くて。
陽生が怒っていることを理解しながらも、くすくすと笑みが込み上げてくる。
「で?言い訳はしてくれないのか?」
「言い訳?」
「そう。彼女とは、2人きりで出かけてたの?俺からの電話を気にする暇もないくらい、楽しい時間だった?」
自分で口に出した問いかけに、ほんの僅か、ツキンと胸が痛む。
それを誤魔化しながら、殊更なんでもないように疑問をぶつけてくる京悟に、今度は陽生が声を上げて笑い出した。
「虚勢張ってんなよ。気になるなら気になるって、素直な態度で示せっての」
「俺は、これ以上ないくらい、素直に聞いてるつもりだけど?」
「ホント…適わないや」
まだ止まない笑みを零しながら、不意に身じろいだ陽生が、ほんの少し自由になった手をゆっくりとした仕草で京悟の首へと絡め。同時に交わった視線で、求めるようにして唇を重ね合わせた。
「別に、デートしてたわけじゃないよ」
「本当に?」
「疑うの?」
「そうじゃないけど…」
信じていないわけではないけど、それでもやはり面白くない気持ちというのは、事実として目の前にあって。
困ったように視線を揺らす京悟が、この瞬間ひどく可愛く思えてしまった陽生は、そんな自分の思考に自嘲を漏らすしかなかった。
「アキちゃんが通ってる学校に、案内してもらってただけ」
「学校?」
「そう。彼女さ、フラワーアレンジメントの専門学校に通っててさ、ちょうど4月生の募集してるからって。まだ間に合うからって言ってくれてさ、見学兼ねて案内してもらったんだよ」
見学を兼ねてその学校を訪れたという事は、陽生はそこに通うつもりなのだろうか?
そしたら、今手伝っている店の仕事はどうするんだ?そもそも、学校に通うつもりなのだと、そんな話を聞いた事がなかった。
「学生になると…そういう事?」
「学生って言っても、別に毎日学校に通うわけじゃなくてさ。週に2回の講習に通うだけ。そこで、ちゃんと資格を取りたいと思ってさ」
「そんな話…」
聞いてないぞと、明らかな不満を浮かべる京悟に、まるで宥めるかのように仕掛けられるキス。
「高校卒業してさ、店を手伝うようになって1年。今年初めて、春の忙しさってのをまともに体験したんだけど、もう半端なくてさ。でも、花の知識だってまだまだ少なくて、しかも資格も何もない俺が役に立てる事って、その中じゃほんと僅かなもんなんだよな。だからさ、ちゃんと勉強しなきゃって、ちゃんと勉強したいなって思って」
そして、今度はキラキラと輝く瞳で、陽生の中に新に生まれた夢の話を聞かされ、その瞳と表情の輝きに、一瞬で心を奪われる。
そこには、何よりも惹かれた、本当に楽しそうな笑顔の存在があったから。
ますます会える時間が少なくなってしまうじゃないかとか、そんな不満は口に出せるはずもなく。また、そんな考えがよぎる事もなく。
「そう……頑張って。応援させてもらうよ」
ちゅっと、額に軽いキスを送りながら告げた京悟の言葉に、満面の笑みが返ってきた。
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