「ハルくんに、こんな素敵なお知り合いがいたなんて。私、加山 秋穂(かやま あきほ)っていいます。ハルくんのお店でバイトしてて」
「そうでしたか。それだったら、お会いした事があるかもしれませんね。私も彼のお店には何度か足を運ばせてもらった事があるので」
「いえ!初めてですよ。だって、こんな素敵なお客さんが来たら、絶対忘れないですもん!」
「光栄だな。私も、貴女のように可愛らしい方が接客してくださったら、忘れるはずないと思いますので、忘れていたという非礼を働かずにすんだのならよかった」
にっこりと、穏やかな笑みを貼り付けた京悟に、間違いなく見惚れている彼女の視線に、なにやらモヤモヤと燻っていた気持ちが治まりを見せ始める。
どんな用事で、休日の日に陽生と彼女が一緒に出かけていたかは知らないが、この彼女の反応ひとつで、2人の間に勘ぐるような関係は存在しないと、その確証を得られた思いだったからだ。
「あ…あのっ!浅葉…さん?ご迷惑でなければ、お名前をお伺いしてもいいですか?」
「ああ、これは失礼しました。私は……」
「ちょっと!何で急に自己紹介とか始めちゃってんの!?俺に用事があるんじゃないのかよ!」
陽生と彼女の関係が、単なる店のスタッフ同士というものでしかないと、それがわかったら、京悟にとっては特に自己紹介を必要としない相手ではあるのだが。それでも、多少なりとも自分で仕掛けた事なので、一応の礼儀として名前を告げようとしたその時、不機嫌な尖った声がそれら全てを遮る。
「ハルくん?」
「アキちゃん、今日はありがとう。また明日、お店でね」
「え?ちょ…ハルくん?」
「行くよ!」
キョトンとしたまま、呆然と声をかけてくる彼女にそれだけを言い放ち、今まさに名刺を取り出そうとスーツの胸ポケットへと差し入れていた京悟の手を、阻止するかのように引っ張った陽生が、別れを告げた彼女を振り返る事なく、ズンズンと歩き出す。
自分の腕を引っ張りながら、明らかな不機嫌を貼り付けたその横顔が、雄弁にその心の内を語っているような気がして。自分から仕掛けて怒らせてしまったのだと理解しながらも、嬉しいと感じてしまう思いは隠しきれなかった。
「陽生」
京悟の腕を掴んだまま、少し前をズンズンと大股で歩みを進める陽生に、何度かこうして呼びかけるものの。
明らかな怒りを露にしたその背中は、決して振り返ろうとはせず。最後には諦めて口を閉ざし、引っ張られるままに辿り着いたいつもの公園で、ようやくピタッとその足を止めた陽生が、くるんと勢いよく振り返り鋭く睨み付けてくる。
その強い眼差しの意味するところが理解できてしまっているだけに、笑えば余計に怒りに拍車をかけると理解しながらも、つい緩んでしまう頬は誤魔化しきれなかった。
「何笑ってんの?こんっの無神経男っ!」
「無神経男って……久しぶりに会ったのに、ひどい言われようだな」
「信じらんない!信じらんない!!」
ダンダン!と、まさに地団駄を踏むかのごとく、夜風に吹かれて揺れる芝生を踏みつけながら、またギロリと睨み付けてきた陽生の右拳が、完全に隙だらけになっていた京悟の横っ腹目がけて突き入れられた。
パシ──…ッ!
と、予想外の高い音に、ムムッと眉間に皺を寄せた陽生が、まさに今突き入れた自らの拳へと視線を流せば、脇腹に到達する寸前で、見事に大きな手でやんわりと塞き止められているではないか。
「さすがにこれは、甘んじて受け入れる気にはなれないな」
「ムカツク〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
爆発しそうな怒りのやり所を一瞬で奪われ、キーッと眉を吊り上げる陽生の手を包み込むようにして引き寄せた京悟が、そのままその手の甲に唇を寄せようとして。
「調子に乗んな!スケベ親父!」
あらかたの予想はしていたのだろう。思いっきり振り払ってやった手に、困ったような苦笑を浮かべる京悟の姿。それが、陽生にはまた気に食わない。
この表情は、陽生の怒りの原因なんて、とっくに見透かしていると言っているようなものではないか。わかっているくせに……いや、わかっているからこそ余裕たっぷりな、京悟のその態度が気に食わない。
ここで、バカ正直に吐露するのは悔しいが、それでもやっぱり、文句のひとつやふたつやみっつ……それ以上。とにかく、目一杯文句を言ってやらないと、この気持ちは治まらない。
「俺の前で、よく女を口説くような真似ができるよな!何考えてんの!?あんたにとっては何でもない事かもしんないけど、俺はすっげえ不愉快だっ!しかも、アキちゃんはうちのスタッフなんだぞ!?手を出したりなんかしたら、絶っっ対に許さないからな!」
「不愉快の理由は?俺が、スタッフの女の子を口説くと思ったから?店の子には手を出すなって…それだけの理由?」
一気に捲くし立てた陽生が、呼吸の為に息を吸い込んだ、その一瞬の隙を狙ったかのように問いかけてくる京悟の言葉が、どこまでも余裕たっぷりに感じられて。
自分1人が興奮して怒りをぶつけているという事実が、また陽生の中に更なる炎を呼び起こす。
(あったまにくる!頭にくるムカツクぶっ飛ばしてやりてえ!!ぶっ飛ばす!)
「何余裕ぶっこいてんの!?こっちはハラワタ煮えくり返ってんだよっ!!」
グツグツと煮えくり返ってくるハラワタを治める為には、やっぱり2・3発殴んなきゃやってらんねえと、1人そんな決心を固めると同時に、1度は解いた拳を陽生が固めに固めた時。そして、まさにその拳を再び繰り出してやろうかとした、その瞬間。
「俺だって、さっきまで凄く不愉快だったよ」
固めた拳を活躍させる、まさにその寸前で、今度はそんな呟きを漏らした京悟の大きな腕の中に、攫うようにして抱きすくめられてしまっていた。
「へ……?」
「そうか…ハラワタが煮えくり返る……うん、そんな感じだな」
別に、それで誤魔化されてやろうと思ったわけではなかったのだが、続いて聞こえてきた、なんとも妙な京悟の呟きに、つい意味を探るように聞き返してしまう。
それで、半分毒気が抜かれてしまっていたのは事実だった。
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