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片恋 act.32
「あ……まさか…」

新の口から出た言葉をきっかけに、記憶を探るようにして思い出していたあの日の出来事。
今、この瞬間まで忘れていた事実に、驚愕で胸が震え出す。

「おまえにとっては、そうやってすぐに忘れてしまえる言葉だったんだよな。別に深い意味があったわけじゃない…」

呆然と、目の前の新へと視線を投げれば、諦めたような笑みが浮かべられ。

「でも、俺には違ったんだよ。俺は……おまえにキスをしてしまったあの瞬間、自分の気持ちに気づかされて。同時におまえには、欠片だってそんな気持ちがない事に気づかされた」
「…え?」

自分の気持ちに気づかされたって…?それってどういう意味?
新は……もしかしておまえは、ずっと俺の事が好きだった…?

不意に脳裏をよぎった、そんな都合がよすぎる考えに、身体だけじゃない。心が音を立てて震え出す。

「それでもよかったんだ。拒まれなかったから…俺が抱く事を、おまえが拒まなかったから。おまえを抱き続けても、俺さえおかしな事言わなけりゃ、これまでと変わらず、友達として傍にいる事だって不可能じゃないって……」

信じられなくて。今、新から聞かされている言葉が信じられなくて。
抱きしめてくれる腕の温もりでさえも、現実のもののはずなのに、なんだかふわふわと頼りなくて。
離されてしまわないようにと、それこそ必死の思いで縋りつく俺を、現実だと教えてくれるかのように強く抱きしめてくれる。

「だから焦った。夏ごろから、おまえ…おかしかったし。もしかしたら、もう嫌だって思ってんのかもしんねえって……まともに話したら、やめるって言い出すんじゃないかって」
「そんな…俺は…っ!」
「聞けよ」

やっぱり新は、俺の変化を感じ取っていたのだと。それこそ今更なそんな事実も、それでも新は、俺が抱えていた想いとは相反する方向でそれを捉えてた。
それはおまえの勘違いだと、言い訳だと言われても伝えなければいけない。そう思って発した俺の声は、静かな新の声に遮られた。

静かだけど、その中にある強さに、ちゃんと気持ちを伝えなければいけないと思うのに、それ以上の言葉を紡ぎ出す事ができなくて。
黙って俯いてしまった俺の顎を捉えた、節くれだっているけど細く綺麗な指先が、優しい仕草で掬い上げてくれて。
上げさせられた視線の先には、見慣れていたはずなのに、それでも最近ではすっかり見る事ができなかった、久しぶりすぎる穏やかな……でもどこか辛そうな笑顔があったから。ドキンと跳ねた心臓を、留める術なんて完全に見失ってしまった。

「どんな事しても、押さえつけたって傷つけるだけだって……それをわかってても、それでもおまえの事を手放したくなかったんだ」
「あら……」
「悪かったな」

初めてその唇から紡ぎ出された謝罪の言葉は、俺と同じように……もしかしたらそれ以上に辛い想いをしていたのかもしれない、新の言葉に出せない悲鳴のようにさえ思えて。
いくらなんでも、それは俺の都合のいい解釈だろうかと、そう自分を宥めようとするけど。
突如、降って沸いたような、信じられないくらいに嬉しい告白に、高鳴る胸の鼓動が治まる事なんてあるはずもなくて。

『悪かったな』だなんて、どこまでも新らしい、横柄なその謝罪の言葉でさえも、見た目よりもずっと不器用なこいつなりの、精一杯の気遣いなのだと。付き合いが長いからこそわかってしまう、言葉には出せないこいつの想い。
俺が想像すら出来なかった……いや、しようとはしなかった場所で、こいつも悩み続けていたのだと、今はそれを素直に感じる事ができたから。

「新が好きだ……」

ごめんだなんて、これ以上のそんな謝罪の言葉は、逆にこいつを傷つけてしまうだけのような気がして……なんて、偉そうな考え方だろうか?

でも、たった1度。『悪かった』と、たった1度きりの謝罪を告げてくれた新が、それ以上その言葉を繰り返そうとはしなかったから。
確かめたわけじゃないけど、こいつが今一番聞きたいのは、俺からの謝罪なんかじゃないんだって。
自惚れだと思われてもいい。調子に乗るなって、そう責められたっていいよ。
それでもやっぱり、俺がこいつから聞きたい言葉も、そしてこいつが今俺から一番聞きたい言葉も、きっと同じだと思うから。

「俺は、おまえが好きだよ──…」

だから、おまえがいいって言ってくれるまで、何度でも言うよ?
もしもおまえが、俺の事を同じように想ってくれているのだと、それが俺だけの勘違いでないのなら、おまえがちゃんと好きだって伝えてくれるまで、俺は何度でも言うよ?

ずっとずっと……伝えたくても伝えられなかった、この言葉を──…。

「好きだ……」

真っ直ぐに見据えたその瞳が、ようやく俺をしっかりと映し出してくれて。
一瞬戸惑うように揺れた表情が、次の瞬間僅かに歪み。その表情がまるで泣き出しそうだと、俺の脳がそれを認識する前に、再び攫うようにして抱きしめられていた。

これまで、何度望んでも与えられなかった温もりを、それこそバーゲンセールでもやってんじゃないかってくらい、惜しみなく与えられ続け。
流していた涙の存在すらすっかり忘れ、雫の乾いた頬をその胸にすり寄せながら、耳に届く鼓動に微かな吐息を漏らせば、そっと掬い取るように与えられる口付け。

「新…好きだ……」

何度も繰り返す告白に、新からの答えは返ってこなくて。
徐々に深くなっていくキスで、煩い俺の唇を塞いでやろうという、そんなこいつの魂胆が見え隠れし始めたから。

仕掛けられるキスの甘さに、こいつに落ちていく自分の意識を、霞掛かり始めた思考の中でもはっきりと理解していた俺は、その全てを完全に支配されるその前に、最後の一押しと言わんばかりに、なんとか唇を寄せた耳元へと囁きを落とした。

「愛してる──…」

そう唇に乗せて紡ぎ出した途端、その言葉の持つ大きすぎる想いの深さに、止まっていたはずの涙が、切ない温もりを胸に広げながら一筋頬を伝う。

俺を抱きしめてくれていた逞しい腕も、優しく激しいキスをくれたその唇も、それこそ俺の思考同様、全ての機能を停止させてしまったのではないかと思うほど、完全に動きを止め固まってしまっていた様子の新が、凝視してきた瞳を何故か辛そうに細め。

「ちくしょ……」

さっきこの部屋に来たときと同じように、悔しさを滲ませたかのような呟きを漏らしたから。大丈夫だと、そう自分に言い聞かせながらも、どこか不安を隠しきれずに見上げる俺の首筋へと、不意に新が顔を埋めてきた。

「……っつ──ぅ…っぁ…!?」

そして、まるで噛み付くようにして、首筋へと立てられた歯が、チリッとした微かな痛みを与えてきて。
確かな意味を含ませたその愛撫に、与えられる喜びを知った身体が、ほんの僅か湧き上がってきた期待を隠し切れず、ビクリと小さく跳ね上がる。

「抱いて……くれるのか…?」
「おまえ…少し黙ってろ──…っ!」

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  2008/03/22 片恋 コメント(1) TB(0) 記事No(48) ▲TOP