「おまえが……シカトすっからだろうが。俺の事シカトして、昨日誰といた?」
「……え?」
「何で…っ!何であいつに、あんな顔見せんだよ!?」
押し殺すように発された、それでもこれ以上ない程の怒りを含んだ声。
それにビクッと肩を揺らし、恐る恐る上げた視線の先。ようやく視線を向けた新の表情が、これまで見たことないくらい、苦痛に歪んでいるように見えた。
「あ…らた……?」
「何で…あいつには、あんな……」
「あいつって?」
何を言っているんだろう?こいつが言ってる事がわからない。
どうして?何でこいつは、こんなに辛そうな表情を浮かべているんだろう?
「あら……っ!?──…っん!…っふ…ぁ…」
ぐるぐると回りだす、疑問だけが浮かぶ思考に、その意味を問いただしたいのに。
それを許されず、乱暴に引き寄せられた唇が塞がれる。
熱くて──…触れられた場所から、火傷しそうな程の熱が広がり。
口腔を弄られる激しい口付けに、考えようとする思考が溶かされいく。
「光流──…」
そして、一瞬離れた唇が、静かに俺の名を呼び。
それに答える隙を与えられぬままに、再び重ね合わされる唇。
乱暴なのに、何もかもを飲み込まれそうになるほどに乱暴なキスなのに、それは明らかにさっきのキスとは違っていて。
苦しくて……でも甘い──…。
口付けの合間に、ようやく抱きしめられたその腕は、このまま時が止まってしまえばいいと、そう願わずにはいられないほどに甘く優しかった。
そこには何の言葉もなかったけど、激しくて優しいキスは、何も言ってくれない新の、それでもその中に俺の欲しい言葉が込められているようにすら思えて。
なあ、新──…今この瞬間、おまえの中に俺がいるのか?
抱きしめてくれるその優しさは嘘じゃない?おまえの心の中に、俺の存在は……あるのか?
聞きたいはずの言葉は、どれも形として発する事ができなくて。
与えられ続ける、長くて甘い口付けに、思考も何もかもがドロドロに溶け出してしまいそうな錯覚に襲われ始めた時、不意に室内に響いたノックの音。
「愛川、入るぞ」
そして、閉ざされた扉越しに聞こえてきた西宮さんの声に、ようやく我に返った俺は、慌てて抱きしめられたままの身を捩り、初めて抵抗を示した。
「ちょ…離せって……っぅ…ん…」
「新くん、いるんでしょう?」
「新っ!」
逃れるようにして背けた顎を掴まれ、再び押し付けられる刻印。
飲み込まれた声に重なるようにして聞こえてきた、今度は穏やかな鳴門さんの声。さすがにヤバイと小声で怒鳴った俺に、チッと舌打ちをしながら睨み付けてきた新が、それでもようやく解放してくれた。
「開けるぞ」
そして、そんな西宮さんの声と共に扉が開かれた時、まさに間一髪のタイミングで俺は新から飛びのくようにして身体を離していた。
「新くん!」
西宮さんの後ろから室内へと足を踏み入れた鳴門さんの表情が、いつもの穏やかさを感じられないくらいに険しく潜められていて。
なんだか、俺まで一緒に悪戯が見つかった子供のように身を竦ませる。
「ごめん……なるちゃん…」
さっきまでの激しさはどこにいったのか。目の前に立った鳴門さんの、見上げる鋭い視線に、やっぱり叱られた子供のように肩を竦ませる新の姿がおかしくて、申し訳ないと思いながらも、ついくすくすと漏れ出す笑み。
と、ギロリと睨み付けてきたその視線にすら、不思議なくらいさっきまで感じていたはずの恐怖が沸いてこなくて。
「自分の立場を考えて行動しろって、いつも言ってるだろ!君だけの問題ですめばいいけど、周りにどれだけ迷惑がかかるかなんて、わかりきった事だろう!」
こんなに声を荒げる鳴門さんを見るのは初めてで、つい漏らしてしまった笑みも、すぐに引っ込んでしまった。
「まあまあ…大事にはならなかったんだし、ちょっと落ち着けって」
「晴彦は黙ってて!」
「はい……」
苦笑を浮かべながら、憤慨している鳴門さんを宥めようとかけた西宮さんの言葉も、ぴしゃりと切って捨てられてしまう。
またしても、ついプッと吹き出してしまい、同時に俺へと向けられた鳴門さんの視線に、自分が怒られているわけでもないのに、思わずぴんっと姿勢を正していた。
「光流くん、本当にごめんね。君にも心配かけちゃったよね」
「あ……いえ…俺は」
でも、俺に向けられた視線は、いつもの鳴門さんの穏やかなもので。その口調もすごく優しくて柔らかいものだったから。
ホッと安堵しながら、慌てて首を横に振る。
「で?話はついたの?」
「へ…?」
「まだ…かな?」
不意にかけられた言葉に、キョトンとして返せば、ちょっと呆れたような苦笑がその表情に浮かべられた。
「ごめんね、本当はちゃんと話をさせてあげたいんだけど……」
そして今度は、申し訳なさそうに謝罪の言葉を伝えられる。
その言葉の意味の全てを理解できなくて。いや、わかるんだけど……そこに込められた意味を、どこまで深読みしていいものか戸惑ってしまって。
「今日のスケジュール的に、そんなに遅くはならないと思うから。仕事終わったら光流くんの家に送り届ける。だから、それまで待っていてもらえるかな?」
「え……?俺は……」
「待ってろよ。今度は逃げんじゃねえぞ」
鳴門さんに待っていてくれと問われて、でも何て答えていいのかわからず戸惑う俺に、今度は新がボソッと呟きを漏らした。
視線を向けたその表情は、有無をも言わせない強さで俺を見据えてくるから。
それに頷く以外、俺にどうできるって言うんだ?
「わかった……」
「偉そうな言い方をしない!待っていてくださいだろ?それくらい言って当然だと思うけど?」
掠れた声でそう答えれば、やっぱり重なるようにして発された、鳴門さんの叱責の声。
向けられた言葉に、罰が悪そうな笑みを浮かべる新が、この瞬間妙に近くに感じられた。
「じゃあ…光流くん、ごめんね。新くん、借りていくね」
「借りるって……俺は物じゃねえし」
「ブツブツ言わない!誰のせいで、周りが迷惑してると思ってるんだよ!」
ピシャリとしたその口調に、とうとう何も言い返せなくなった様子の新が、あんなにも遠く感じていたはずなのに、今は不思議なくらい近い。
「晴彦、ありがとう」
「おお。おまえは?今日は早く帰れるのか?」
「たぶんね」
「約束だぞ」
そして、西宮さんへと向けられる鳴門さんの視線は、思わず見惚れそうなくらい綺麗だった。
そうだった!この2人って……恋人同士なんだった!
さっき知ったばかりの衝撃の事実が、今になって急に舞い戻ってきて。
鳴門さんへと向けられる西宮さんの表情も、いつも「ケイさん」の話をする時と同じ、優しさに溢れたものだったから。
何故か俺が照れくさくなってしまって、チラッと一瞬視線を向けた新と交わった視線ですらまともに受け止めきれず、思わず俯いてしまった俺の顔は、きっと真っ赤になっているに違いない。
でも、なんだかいろんな事がいっぺんに流れ込んできたから、正直それを受け止めきれるだけの心の準備ってやつが、未だに全然できていなかったんだ。
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