よく知ったその声の主が、どうしてもケイさんと繋がらなかった俺は、次の瞬間我に返り、弾かれたように手にした携帯を耳に当てる。
「え、え!?な…鳴門さん!?」
『ごめんね、仕事前に』
「いえ…あの…え?どういう……」
「鳴門 圭一……俺の恋人だよ」
「「えええええっ!?」」
謝罪の言葉を口にするその人は、間違いなく新のマネージャーの鳴門さんで。意味がわからずに視線を向けた先の西宮さんが、あまりにもあっさりと告白してくれたから、それに驚いたのは俺だけじゃなくて。
咥えた煙草を床に落とした小峯も、同じようにして声を上げていた。
だって…だって!ケイさんって、西宮さんの彼女じゃなかったの?「圭一」って、確かに「ケイ」さんだけど、でも鳴門さんは俺の記憶違いじゃなければ、間違いなく男の人で。
って、俺がそれを言うのもおかしな気がするけど。
『光流くん?どうしたの?』
「いえ…あの……」
どうしたの?って…それはこっちの台詞でしょう!?
「鳴門さんこそ、一体どうしたんですか?」
『ああ、そうそう。実はね、新くんがいなくなっちゃって』
「え!?」
『これから会見だって言うのに、ホテルに迎えに行ったらいなくて。携帯も鳴らしたんだけど、繋がらないんだ。それで、もしかしたらそっちに行くかもしれないと思って』
「いなくなったって……でも、だからって何で?」
おそらく、鳴門さんが言っているのは、例の週刊誌の記事に対する会見だろう。それは聞かなくても容易に想像がついた。
だから、俺の疑問はそこじゃなくて。新がいなくなって、どうして俺のところに来るんだろうって事で。
『昨日ね、仕事終わって光流くんの家に行ったんだ。だけど光流くんいなくて…電話も通じなかったから、新くん焦ってるみたいだった』
「あ……」
『ねえ光流くん。新くんと、何があったの?』
掛けられたその問いかけに、だけど俺が答えられるはずもなくて。
『今回の記事でもし怒ってるんだったら、誤解しないであげて欲しいんだ。今日の会見もね、新くんはちゃんと否定するつもりで…』
「ちょ…待ってください。誤解も何も…俺は…」
『っと、ごめん。1回切らなきゃ。とりあえず、俺もすぐそっちに向かうから、もし新くんが来たら引き止めておいてくれる?ごめんね』
もう本当にわけがわからなくて、言葉に詰まる俺をよそに、電話の向こうが微かに慌しさを伝えてきて。鳴門さんの謝罪の言葉とともに、一方的に切られてしまった電話。
呆然としながら耳から離したそれを、同じく困惑の表情を浮かべた西宮さんが俺の手から受け取ってくれた。
「おまえ、ケイと知り合いだったの?」
「え…?ってか、西宮さんこそ…」
「知り合いも何も、俺が一緒に暮らしてる相手だっての」
「いなくなったって?」
呆然と状況を把握しかねている俺達を横目に、それまで黙っていた小峯がボソッと呟いて。
「へぇ〜…そういう行動に出たか」
「小峯?」
妙に楽しそうなその表情に、また疑問がひとつ。
本来なら、一番状況を掴めていないはずの小峯が、何故か一番わかっているように見えた。
「小峯…何かした…?」
「何かって、人聞き悪い言い方だな。ちょっと電話で話しただけだよ」
「電話?電話って……あっ!まさか…」
昨夜、しつこくかかってくる電話が煩くて、電源を落としたと言った小峯。そして、最後の新からの着信だけが、不在ではなかった事実。
「な…何言ったんだよ!?」
「何って別に。可愛い顔して隣で寝てるって、そう言っただけだぜ」
「かわ…っ!可愛いって!?」
「嘘うそ。気持ち良さそうに寝てるとは言ったけど」
そう言葉を繋げる小峯の表情は、やっぱりめちゃくちゃ楽しそうで。
「ってか、俺は、ケイさんが男だったって事の方が、ちょっとショックでかいんですけど」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「「聞いてない!!」」
しれっとして言った西宮さんに、俺達がそう突っ込んだのはほぼ同時だった。
「ってか、そんな事より…坊やがここに来るかもしれないって。もしケイの言うとおり、あんな有名人が現れたんじゃあ、うちの女の子達パニック起こすぞ」
「あ……」
突然、我に返ったように言った西宮さんの言葉に、俺も小峯も慌てて視線を交わす。
そうだよ!昨日あれだけ新の話題で盛り上がってた女の子達が、本物が目の前に現れたりしたら、それこそ大騒ぎだ。
「電話、かけてみろよ。おまえからなら、出るかもしんねえじゃん」
「う…うん…」
小峯に促され、まだどこかで迷う気持ちは誤魔化せないけど、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
少しの躊躇いの後で、取り出した携帯電話。着信履歴から呼び出した、あいつの番号へとコールを鳴らす。
数回に渡って響く機械音が、やけに耳に煩くて。呼応するかのようにバクバクと脈打つ心臓が、この瞬間にも壊れてしまいそうだ。
『光流…?』
そして、何度目かのコールが響いた後に聞こえてきたその声が俺の名前を呼び。途端にドクンと跳ね上がる鼓動。
「あ…らた……」
『やっとかけてきやがったな』
たった2日聞かなかっただけなのに、相変わらず横柄なその口調がやたら懐かしく耳に響き。同時に、どれだけ拒んでも、やっぱり俺はこいつの存在に触れたかったのだと、それを思い知らされる。
「どこ…いるんだよ…」
『あ?』
「鳴門さんから電話もらった。おまえ、いなくなったって…何やってんの?」
『さあな』
「さあなって…!仕事放り出して、何やってんだって言ってんの!」
『おまえがシカトすっからだろうが』
「シカトって……」
『おまえは?会社にいんの?』
「当たり前だろ!それより……っ!」
『出てこいよ』
「出てこいって……え?まさか…」
つい声を荒げた俺に反して、聞こえてくる新の声は妙に落ち着いたもので。
「出てこい」と言った、その台詞に聞き返したと同時に、一方的に切られてしまった電話。
「愛川?」
「光流?」
「すみません…っ!」
問いかけるように名前を呼ばれ、我に返った俺は、2人に頭を下げ喫煙所を飛び出していた。
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