「ん〜〜……」
ごろごろんと、目を開けないままに何度か打つ寝返りという行為でさえも、今の俺の頭には大きな刺激で。
「ぉえ〜……」
「げっ!吐くならトイレに行きやがれ!間違っても布団の上に出すなよ!」
耳に届いたその声に、未だガンガンと鐘を打ち鳴らす頭を抱えながらも、驚いて瞼を押し上げる。
「こ…みね…?ってか…ここ、俺の部屋じゃ…ない?」
ぼんやりとする頭で見回したその部屋は、ワンルームで。モノトーンで統一され、こざっぱりと片付けられたこの部屋に、見覚えはあるものの、見慣れた自分の部屋とは明らかに違っていた。
「送ってこうとしたら、おまえが帰りたくないって騒いだんだろうが。仕方ねえから俺んちに連れてきたんだよ」
洗面所から顔を覗かせていた小峯が、手に持った歯ブラシをパクリと咥えながら近づいてきて、呆れたように言い放ち、まだ布団に転がったままの俺の背中を軽く蹴飛ばしてきた。
「ちょ…タンマ!やばい…刺激を与えるな……」
「おいおい…そんなんで、今日使い物になんのかよ」
「う〜……俺、どんだけ飲んだ?」
「たいして飲んでねえよ。それなのに、すっげえ酔っ払って絡んでくんだもんよ……ったく、性質悪いったら」
ブツブツと文句を言いながら、再び洗面所へと戻っていくその背中を見つめ、ようやくゆっくりと身を起こす。
と、視界に触れたのは、枕元に無造作に放り投げられていた携帯電話。
無意識の内にそれに手を伸ばし、開いたディズプレイは電源が落ちて真っ黒だった。
「げ…充電切れてる…」
これじゃあ仕事になんねえじゃん…と、電源を入れてみれば、ピロリンと音を立てて画面が表示され始める。
「あれ?」
電池切れかと思われた携帯は、画面に表示された電池が2つ残っている事を示していて。
「切っちゃってたのかな……」
正直、昨夜の記憶が定かではなくて。でも、あいつからの着信を告げる電話の電源を、酔った勢いで落としてしまった事なら十分に考えられる。
結局、昨日は何回かかってきたのだろうと、思わず開く着信履歴の表示。
数えてみれば、実に10回以上もの不在着信の履歴が残っていて。
「あれ……?」
1回として受けれなかったその電話に、罪悪感を覚えてしまったその時、最後のあいつからの着信だけが不在の表示を示していなかった事に気がついた。
それこそ無意識の内に取ってしまったんだろうか?だとしたら…俺は、あいつと話しをしたのか?
「どうした?さっさと用意しねえと、遅刻すんぞ?」
「え!?あ…ああ、うん…」
その時、洗面所から戻ってきた小峯に声を掛けられ、慌てて立ち上がる。と同時に、ガンガンと鐘が鳴り響き、完全なる二日酔いに犯された視界が、くらくらと眩んだ。
「おいおい…本当に大丈夫かよ。学生じゃねえんだから、もう少し飲み方考えろっての」
「ごめん……面目ない…」
昨夜、酔った俺が電話をとってしまったとして、あいつと一体どんな会話を交わしたのか。考えても全然思い出せなくて。
とは言え、小峯の言うように、今はそれを考えてる時じゃない。二日酔いで遅刻しましただなんて、仮にも上司である西宮さんも一緒に飲みに行っていたのだから、そんな言い訳通用するはずないもんな。
「シャワー浴びてこいよ。着替え貸すから」
「うん…ごめん…」
心元ない返事をしながら篭った浴室で、手早くシャワーをすませ、小峯が出してくれていた着替えに袖を通す。しかし…あまり体格の変わらないはずの小峯のカッターシャツが、妙にぶかぶかで。
「あいつ……この年になって成長してんのか…?」
「バ〜カ!今更成長すっかよ。おまえが痩せたの!ほら…」
前にも同じような事があって、その時に借りた時はピッタリだったのに。
思春期過ぎても、まだ成長してんのかよ!なんて、そんなバカな呟きを漏らした時、ノックもなしに浴室の扉を開け覗き込んできた小峯が、呆れた口調で言いながら何かを差し出してきた。
「鳴ってたぞ」
ポンと、投げて寄越されたのは携帯電話で。
「あ…ごめ…」
思わずビクリと震えてしまった身体を誤魔化しながら、受け取ったそれを覗き込む。
まだ7時を過ぎたばかりの朝早い時間に、着信履歴に残っていたのは予想通り新からのもので。
「…ったく、昨日もあんまりしつこいから、悪いけど電源落とさせてもらったぞ」
「え……!?」
「勝手に悪かったな。それよりほら、さっさと着替えろって。言っとくけど、朝飯ねえぞ。俺は朝は食わないんだ。途中でなんか買ってけ」
さらっと言われたその言葉に、反応を示す俺を気に留めた様子もなく、それだけを言い残した小峯が、浴室の扉を閉めてしまった。
俺じゃなくて、小峯が電源を切ったのか?じゃあ…最後にあった着信の表示は?俺が出たわけじゃなくて……。
「まさかね…」
一瞬過ぎった考えを、ぶんぶんと頭を振って振り払う。
だって、小峯があいつからの電話に出て、何の話をするって言うんだ?
「ぉえ……」
浮かんだ疑問。しかしそれを考えるはずの思考は、頭を振った事によって訪れた眩暈によって、綺麗に取り除かれてしまっていた。
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