本当は、もっとあいつに伝えたい事はあったんだ。
でも、どれも全部、こんなメールで伝えられるようなものではなくて。
ずっとずっと、あいつへと抱き続けてきた想いは当然、メールで伝えきれるようなものではなくて。
その日、何度か鳴らした携帯に、あいつの反応は1度も返ってこなかった。
送ったメールへの返信も、当然だと言わんばかりに、届く事はなかった。
あいつが、今回の件を耳にしたかどうかなんて、それはわからないけど、俺からの連絡を受けようとしないあいつの、それが無言の拒絶のような気がして。
例え仕事が忙しくとも、あいつが俺からのメールを無視した事などなかったんだ。
『わかった』だとか、『今夜は無理』だとか、そんな短い文面ではあったけど、一方的な俺からのメールですら、あいつは律儀にも返信してきていた。
あの後すぐに、連絡をすると言いながらも結局メールひとつ入れなかったから、怒ってるのか?いや…それこそ、この長い付き合いの中で、あいつがそれぐらいで怒るような奴じゃない事くらいわかってた。
口では文句を言いながらも、結局は「新らしいよな」と、そんな一言で笑ってくれるおまえだったから、だから俺は、あんな状況の後ですらそれが許されるような気になっていた。
「光流……」
たった1日だ。
たった1日遅れただけだと、いつもなら文句を言いながらも笑っていただろう?
そう…たった1日、あいつと連絡を取らなかった事に、こんなにも追い詰められた気持ちになるのは、明らかに今俺達の間にある空気が、今までとは違うものだと、それを十分すぎるほどに理解しているから。
「新くん。今日はとりあえず、ホテル取ってるからそっちに避難して。新くんのとこは、相変わらずマスコミに張られてるだろうし」
全ての仕事を終えた、そろそろ深夜を迎えようという時間。
控え室で身支度を整えながら、やはり返信のない携帯を握り締めながらため息を零す俺に、どこか遠慮がちになるちゃんが声をかけてきて。
「明日には会見開く準備できてるから。光流くん…連絡とれない?」
頷く俺が、握り締めたままで離そうとしない携帯に気付き、やっぱり遠慮がちに問いかけてくる。
「ちょっと…今回はマジでヤバイ……」
「新くん?そんな心配しなくても、仕事が忙しくて連絡入れるの忘れてるとか。俺なんて、しょっちゅうそんな事してるから、いい加減呆れられてんじゃないかって思うもん」
殊更何でもない事のように、明るく言葉を繋げてくれるなるちゃんに、「そうだね」と苦笑で返しながら、諦めきれずに、もう何度目かわからないコールを鳴らす。
なるちゃん、違うんだよ。
俺達は、まだちゃんと恋人になれていないんだ。
あいつは、こうして俺からの連絡を無視するような奴じゃないんだよ。
それほどまでに、俺があいつを追い詰めた──…?
なあ光流、まさか終わらせようだなんて……このまま終わらせようだなんて、そんなバカな事考えてるんじゃねえよな?
それだけは絶対許さねえぞ。俺から逃げようだなんて、絶対許さねえぞ。
相変わらず響く無機質なコール音に、そんな認めたくない予感が走り、ギリッと唇を噛み締めた。
と、その時、留守電に切り替わるかと思われた携帯が、向こう側の反応を伝えてきて。
「光流……?」
途切れたコール音は、しかしあいつの声が聞こえてくる事がなくて。
不審に思いながら掛けた声にすら、やはり反応が返ってこない。
「おい、返事くらいしろよ」
『一ノ瀬さん?』
「……おまえ、誰?」
ようやく聞こえてきた声は、聞きなれたあいつのものじゃなくて。
『はじめまして…でもないか。前に、光流の部屋の前で1度お会いしましたよね。光流の同僚の、小峯です』
警戒心を全開に、少し尖った声で疑問をぶつけた俺に対して、相手の反応は電話越しにもわかるほどに冷静で、冷ややかなものだった。
「ああ……覚えてるよ。で?なんであんたが、あいつの携帯に出るわけ?」
『こんな時間に電話してきてそれですか。光流が電話に出たがらないわけだ』
「な……に?」
『光流なら、今隣で気持ち良さそうに寝てますよ。起こしたくないんで、かけてこないでもらえます?』
「は?何言ってんだ?いいから光流出せよ……おいっ!もしもし!?」
唐突にぶつけられる、嫌悪感すら感じさせる言葉に、湧き出る怒りを押さえ込みながらそう告げた俺の言葉は、当然のように聞き入れられる事はなく。
そして、一方的に切られてしまった電話。また繰り返される無機質な機械音に、イライラしながらもう1度かけた電話は、今度は繋がる事はなかった。
「ちくしょう…電源落としやがった」
「新くん?どうしたの?」
机の上に乱暴に携帯電話を投げ出した俺に、なるちゃんが窺うように声をかけてきて。
それには答えないまま、立ち上がり手に取ったダウンを羽織る。
「なるちゃん、あいつん家に行くから、送ってって」
「あいつって…光流くんのとこ?それは止めた方がいいって…」
「わけわかんねえ奴が、あいつと一緒にいるんだよ!俺の電話に出たくないって…光流がそう言ったってのか!?冗談じゃねえ!」
「新くん、落ち着いて」
「落ち着けない!今じゃなきゃ駄目なんだ!あいつ…もしかしたら……っ!!」
今にも飛び出して行きそうな俺の焦りに反して、なるちゃんの態度はどこまでも冷静なもので。それが余計に俺を焦らせる。
そして、思わず口をついて出そうになった言葉を飲み込んだ。
もしかしたら、あいつは本当に、俺から離れて行こうとしているのかもしれない。
でも、それを言葉にしてしまえば、認めたくない思いが現実のものになってしまいそうで。
「なるちゃんが送れないって言うなら、俺が自分で行くからいい。ホテルはいつものとこでいいんだよね?心配しなくても、後で自分で行けるから」
「新くん」
「ごめん、なるちゃん。下手な事はしない。マスコミの事だってちゃんとわかってるから」
だからあいつのところに行かせてくれと、最後には頭を下げた俺に、一瞬驚いたような表情を見せたなるちゃんが、それでもすぐに穏やかな笑みを浮かべてくれて。
「仕方ない。でも、明日は朝から会見があるんだから、あまり夜更かしはしちゃ駄目だよ」
「もうこんな時間だけどさ」と、そう続けたなるちゃんが、今度は促すようにして俺の背中を押してくれて。
「ごめん、なるちゃん。ありがとう」
「本当だよ。手のかかる子だなあ」
くすくすと笑うなるちゃんの表情は、すでにマネージャーというよりは、兄貴のそれへと変わっていた。
でも、そうやってなるちゃんに送ってもらったあいつの部屋で、俺があいつに会える事はなかった。
訪れた部屋の中からの反応はなく、中に人の気配さえも窺えず。
光流……どこにいるんだ?俺がこうして会いに来たってのに、一体おまえは今、どこであいつと一緒にいるんだよ?
俺以外の奴に、どんな理由があって、無防備な寝顔を晒してるってんだよ……。
光流、ちゃんと俺の前でその理由ってやつを、おまえの言葉で説明しろよ。
俺からの電話に出たくないなんて、そんな関係ない奴から言われた言葉なんて、信じてなんかやるかってんだ。
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