目覚めは最悪だった──…。
光流の気持ちが俺にあると、それを感じる事ができたから、きっと久々にゆっくり眠れると、そう思って昨夜は布団に潜り込んだのに。
アルコールの力も手伝って、望んだ眠りはすぐに訪れたのに、夢の中であいつが泣くんだ。
何も言わず、ただ真っ直ぐに俺を見つめ、嗚咽すら漏らさずにその頬を伝う涙は、切り裂かれそうな痛みを胸に走らせ。
俺を想って泣いてろだなんて、そんな傲慢としか言いようのない事を考えながら、たかが夢とはいえ、あいつの涙を目にしただけで、この胸が悲鳴をあげる。
「ちくしょう……」
結局は、いくら虚勢を張ったところで、惚れたのは俺だ。最初から勝ち目なんてなかったんだ。
「仕方ねえ…」
たった1日で、自ら根を上げるのは不本意な事この上ないが、こうなったら少しでも早くあいつの笑顔を拝ましてもらおうじゃねえか。
どうせ待っていたって、あいつからの連絡なんて入りゃしないんだ。
腹を括る……なんて言い方は、少しばかり大げさな気はするが、心情的には的を得た単語だった。
あいつと向かい合って、あいつの本心を聞きだすという事は、同時にこの俺がずっとあいつに惚れていたのだと、それをも吐露しなければいけないという事だ。
今更その事を否定するつもりはないが、そんな自分の気持ちを制御できずに、あいつに辛く当たっていたなどと。ある意味自らの恥を晒すようなものではないか。
こうなってもなお、己を飾ろうとするプライドの高さには、最早自嘲しか出てこない。
あいつを傷つけてもなお、己の自尊心を守ろうとする俺は、結局のところ、学生時代からたいした成長をしていないという事だろうか。
でも、そんな俺の幼さでさえも、あいつの傍にいれば許されるような気がするのだから、とことんあいつに甘えているよな。
でもだからこそ、こんな俺だからこそ、光流…おまえが傍にいないと駄目なんだよ。
そんな、どこまでも自分勝手な言い分を、まるで言い訳でもするかのように並べ立て。
そうして手にした携帯で、掛けなれたあいつの番号をリダイヤル機能で呼び出す。
通話ボタンを押そうとしたその瞬間、不意に着信を告げる音が鳴り響き、もしかしたらあいつからかもしれないなんて、そんなバカな期待を抱いた自分に、また自嘲が漏れた。
この時間、あいつはすでに出社していて、こっちから電話をかけたところで、捕まるかどうかも怪しいというのに、向こうからかけてくるなんて事、あるはずがないじゃないか。
「もしもし、なるちゃん?おはよう、今日は午後からだよね?」
電話の主は、優秀なマネージャー殿からのもので。
今日の仕事は午後からだからゆっくり寝てろと、昨日別れ際にそう言っていたなるちゃんが、まだ9時を回ったばかりという、この時間に電話をかけてきた事には少なからず驚いた。
『あ、新くん?ちょっとさ、窓の外見れる?』
事務所からかけてきているのだろうか。電話越しに聞こえてくるなるちゃんの声の後ろから、ざわざわと騒がしい声が一緒になって耳に届く。
そう言ったなるちゃんの声も、決して取り乱しているといった様子ではなかったものの、どこか焦りを含んでいるようにも聞こえて。
「窓の外?」
『そう、カーテンの隙間からそっとね』
困ったようなその言い方に、これまでにも何度か経験してきた状況というものが、容易に想像できた。
言われた通り、窓際へと足を向け、まだ引きっぱなしだったカーテンの隙間から、そっと外を窺い見る。
15階建てのマンションの、最上階に位置するこの部屋から地上を見下ろせば、豆粒程度の大きさにしか見えなかったが、それでもはっきりと見て取れる人だかり。
それがマスコミ関係だと言うことは、それこそわざわざ確認しなくてもわかった。
『抜かれたみたいだよ』
「俺、なんかしたっけ?」
これまでにも、こういった情景は何度か目にしてきた。
グループで食事に行ったにも関わらず、女優やアイドルとの2ショット部分だけをすっぱ抜かれ、根も葉もないスキャンダルを書き立てられた経験なら、嫌になるくらいしてきた。
まあ、それは全てこっちとしても計算の上での行動だったから、たいして狼狽える事なく対応してきたのだが。
しかしそれも、夏ごろからはすっかりご無沙汰の情景で、特に今回に限っては、こういう状況に置かれるだけの覚えがなかったのだ。
『週刊誌。上条茜との2ショット撮られてる』
自覚のない俺の問いかけに、半ば呆れたように、それでも苦笑混じりになるちゃんが教えてくれた。
そんななるちゃんの答えですら、俺自身はすぐにピンとこなくて。
「ああ……あの日か…」
『ちゃんと身に覚えがあるんじゃない』
さすがとでも言うべきか、俺のこんな記事には慣れているなるちゃんは、慌しさの中にも余裕を感じさせてくれて。
「でも別に…一緒に飯食っただけだよ」
『今度は本当に2人だったんでしょ?』
「え?ああ……そういえば」
『しかも、自宅に送っていったって?』
そこか……。
確かに一昨日、それこそ光流に見せ付けるために、わざとあいつの会社の近くで茜と一緒に歩いた。
別に、茜じゃなければ駄目だったわけじゃない。その日、たまたま誘いに乗ったのが茜だっただけだ。
上条茜は、今雑誌の巻頭を飾るグラビアアイドルで、清純を気取りながらも、その仮面の下に強かさを持ち合わせた女だ。
何度か雑誌の仕事を一緒にした事があり、まだ二十歳になったばかりの彼女の、見え隠れする強かさに好感を持っていたのは事実だ。根っからのぶりっ子よりも、俺個人としては、一癖ある女の方が面白い。
彼女の方も、少なからず俺に好意を持っていた事は、接していればわかる事だった。
ただ、俺の方はいくら好感を持っていようとも、当然彼女と付き合うとか、その手の感情を持っていたわけではなかったから、適当に交わし続けてはきたのだが。
もちろん一昨日だって、ずっと彼女と2人で過ごそうと思っていたわけではなかった。
とりあえず光流に見せ付けるという、その目的だけ果たせば、あとは適当に人数を誘い出そうと思っていたのだが、不運な事に、たまたま彼女しか捕まらなかったんだ。
『ちょっとね…仕組まれたっぽいよ?一昨日の今日で、今朝発売されたばっかだってのに、上条茜のインタビュー記事が載ってる』
「は?」
『深夜のお泊りデート。結婚秒読みか!?だってさ』
おそらくは、記事のタイトルを読み上げてくれたのだろう。それでもなるちゃんの声は、やっぱりどこか笑みを含んでいて。
笑い事じゃねえじゃん……結婚なんて冗談じゃねえし、そもそも俺は、自宅までは送って行ったけど、泊まったりなんかしてねえんだぞ?
「俺、泊まってないよ?」
『知ってる。だって、昨日の朝、俺が光流くんちまで迎えに行ったもん。でも、彼女もやるね〜。既成事実作ろうって魂胆かな?浅はかだなあ』
「なるちゃん…楽しんでる?」
『当たり前じゃない。こっちはこれからやんなきゃいけない事山積みなんだよ?楽しまなきゃやってらんない』
とにかく、自分が迎えに行くまで、一歩も外には出るなと、それだけをきつく言い渡された。
通話の切れた携帯を握り締め、いくら焦っていたからといって、今回ばかりは人選を間違えたなと……漏れ出すため息。まあ、今更ジタバタしても仕方はないが。
突如降って沸いた、自分の計画にはなかったスキャンダルの勃発に、俺はすっかり光流への連絡を失念してしまっていたんだ。
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