今出演中のドラマ撮影の為、スタジオ入りをし、一応主人公の相手役を務める俺は、今日の撮りのリハーサルをこなし本番に入る。
今回の撮影も順調に進む中、春から撮影を開始する映画の主役に抜擢された俺は、仕事の意味で言えば、これ以上ないくらい順調だった。というよりは、この業界に入ってからというもの、仕事の面で躓いた経験がない。
生き残り競争が激しいこの世界で、たいした苦労もなくここまできたのは、運はもちろんだが、周りの支え、そして何よりも自分なりの努力を怠らなかったからだという自負がある。
それでも、俺がここまでこの仕事にのめり込んでいったのは、あいつの存在が大きかったのだと、否定しようにもしきれない思いがあった。
撮影の合間の休憩時間、控え室で煙草を燻らせながら取り出した携帯。
今日何度もかけようとして、結局行動を移さないままに、気付けばそろそろあいつも昼休みに入ろうという時間になっていた。
メールくらいするかと思い、やはり再び何もしないままに携帯を閉じる。
あいつは、俺からの連絡を待っているだろうか──…。
今朝の様子を見る限りでは、光流から連絡を入れてくる事はないだろう。と言うよりは、元々あいつの方から連絡をしてくる事などほとんどなかったから、それも今更なのだが。
いつも、会いに行くと連絡を入れるのは俺から。それも、特殊な職業に就く俺への、あいつなりの配慮なのだろうが、それでも、その事が俺を苦しめてきたのもまた事実だ。
あいつに初めて会ったのは、もう10年も前になる、桜の季節。
その頃の俺は、中学の時に姉が勝手に応募したという事がきっかけで、読者モデルを経て雑誌の表紙を飾るモデルにまでなっていた。
元々が年相応に見られない容姿のおかげか、高校に入学する頃には、某メンズファッション誌の中でも、トップのレベルに立っていたんだ。
昔から自分がモテるという自覚はあったし、特にモデルの仕事をし始めてからは、まだ十代半ばのくせして女に不自由はしないという、ある意味生意気で鼻持ちならないガキだった。
こっちから仕掛けなくても、年上のお姉さま達が寄ってくる。道を歩けば、それなりに注目を浴びる。
まだ十代半ばの、いわゆる少年の粋を出ないガキが、そんな状況の中で天狗になる事など容易かった……なんて言い方をすると聞こえが悪いか。
まあでも、あの頃の俺は、相当自信家で年相応の無邪気さなど失くしていた気がする。
注目を浴びるのが当たり前で、内心では周りの連中を見下しながらも、人当たりのいい良い子を演じる外面の良さは身に着けていた。だから学校生活の中でも、好む好まずは関係なく、自然に周りには人が集まってきていたし、自分の人気を確かめる上でも、その状況は俺の自尊心ってやつを、大いに満足させてくれていたんだ。
性格がよくて頭もよくて、運動神経だって文句なしの男前とくりゃ、人気があって当然だろ?なんて、今になって振り返ってみても、相当可愛げのないガキだった。
有名私立への首席入学を果たし、壇上で新入生代表の挨拶をした俺は、当然注目を浴びたし、その状況にまた満足していたんだ。
そんな俺の視界に、初めてあいつが飛び込んできたのが、それこそ壇上で挨拶をしているその時で。みんなが、俺に憧れやら羨望の眼差しを向けてくる中、まるでバカにするかのような笑みを浮かべ、噛み殺すことなく大欠伸をかましてくれたのが光流だった。
(生意気な奴……ムカツク…)
それが、俺のあいつへの第一印象だった。
考えてみりゃ、俺の方が相当生意気な奴だったというのに、自分の事は棚に上げ、俺を見ようとせずに、退屈そうにしているあいつに腹が立ったんだ。
その後、同じクラスではなかったあいつとは、当然接点なんてなくて。廊下で擦れ違ったって、チラッと俺を一瞥するだけで、興味なんてないと言わんばかりのあいつの態度にムカついた。
見られて当たり前。注目を浴びて賞賛を受けるのが当たり前だった俺にとって、光流はムカツク存在だった。
2年に進級して、同じクラスにあいつの名前を見つけて。これをきっかけに、絶対取り込んでやるなんて、今になって思えば、バカらしい闘争心だ。
それでも、その時の俺は、自分でも驚くくらい躍起になっていたし、どんなに微笑みかけたって、他の連中と同じようにして俺を見ないあいつの傍が、いつの間にか不思議なくらい、一番居心地がよくなっていたんだ。
光流は、どこにでもいるような少年だったし、これと言って秀でた部分もない、本当に群集の中に紛れてしまえば、取り得もない普通の高校生だった。
でも、あいつの笑顔だけは違ったんだ。
俺が有名人だからといって、媚びるような視線も向けてこなけりゃ、決して特別扱いなどしてこないあいつの笑顔は、本当に純粋で。
『おまえって、結構凄い奴なのな』
仲良くなり始めた頃に、あいつが言った台詞。お洒落や芸能関係よりも、普通に友達とサッカーやら野球やらに興じる事の方が好きで、だから俺の存在も最初は知らなかったと言ったあいつの、そんな言葉に驚いた。
自分では有名だったつもりだが、俺の事を知らない奴がいたのだという事に、正直驚いたんだ。
そりゃ、アイドルやタレントのように、メディアに出没する事はなかったのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。
『でも、うん。やっぱカッコいいよな。俺さ、カッコつけてる新って、結構好きかもしんない』
俺が表紙を飾る雑誌を眺めながら、半分からかうような口調で言ったあいつの言葉が、その時の俺には不思議なくらい嬉しくて。
他の誰に褒められるよりも、あいつに言われた言葉が嬉しいだなんて。
思えば、あいつを取り込もうと躍起になっていた俺の方が、あいつに取り込まれていたのかもしれない。
つるみ出してからも、出だしがあんな調子だったから、光流の俺に対する態度は変わらなくて。有名モデルとしてじゃない。ただの友人として接してくるあいつの隣は、本当に居心地が良かった。
あいつは注目を浴びるのが苦手だったらしく、常に周りを囲まれている俺の傍から、何度が離れようとしていたけど、俺の方があいつを離せなくなっていたんだ。
さりげなく教室を出て行こうとするあいつを、その度に呼び止め、結局は諦めたように俺の傍にいたあいつに、その事に喜んでる自分がいた。
俺だけじゃない。何だかんだと思うところはあっただろうが、光流も俺といると楽しいんだって、それがわかるから嬉しかった。
なあ、光流。俺はさ、おまえの存在を知ったあの時から、妙におまえの事ばかりが気になってたんだよ。
それが特別な感情だなんて、同じ男であるおまえを相手にそんな事、あの頃の俺には想像もできなかったけど。でも、間違いなくおまえは、俺の中で特別だった。
カッコつけてる俺が好きだと言った、おまえのあの言葉があったから、俺はこの世界で生きていこうって決めたんだ。
だって、俺が雑誌の表紙を飾れば、おまえは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていたし、初めてテレビの仕事が決まった時も、まるで自分の事のようにはしゃいで喜んでくれたから。
おまえが見ていてくれている、それだけが、俺をこの世界に留めた大きな理由なんだよ。
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