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片恋 act.12
<<新side>>

耳に届いた柔らかな声──…。
久しぶりに聞いた、俺の名を呼ぶあいつの穏やかな声色。
瞼の裏に浮かぶのは、あいつが見せてくれていた少しやんちゃな、でも穏やかな笑顔で。
その笑顔を一番近くで見てきたはずなのに、懐かしいと思ってしまうくらい……どれくらい俺は、あいつの笑顔を見ていないんだろう。

そして、そっと頬に触れてきた温もりに、未だ意識はふわふわと、浅い眠りの中を漂っていた俺は、そんな幸せな夢を見ているのだと。
この一時の夢が、叶うならばずっと覚めずにいて欲しいと。今はもう、夢の中でしか会えないあいつの笑顔を、叶うならずっと……このまま自分の意識と共に閉じ込めておきたいとさえ思う。

『好き…だ…』

不意に届いた、微かな吐息と共に届いた告白は、枯れかけていた俺の心に温かく広がり。
これが夢でなければいいのに……。

違う!?夢じゃ……ない?
ふわふわと漂っていたはずの意識が、右腕にかかる妙にリアルな重みを感じると共に、一気に覚醒へと導かれ。
重い瞼を持ち上げようとしたその瞬間、唇に触れた温もりが信じられなくて、思わず触れた腕をきつく掴み締めていた。

「ひか…る…?おまえ、今……」
「あ……あ…」

しっかりと、見開いた瞳で目の前のこいつを凝視すれば、途端にガタガタと震えだす身体。
何度も何度も、震える声で謝罪の言葉を繰り返すこいつは、決して俺を見ようとはしなくて。

「謝れなんて言ってない!それより……っ!」

問いただしたい思いを唇に乗せようとしたその瞬間、それを遮るかのように鳴り響いたチャイムの音。
まだだよ!俺はまだ、何ひとつこいつに聞けちゃいないのに──…っ!





「新くん、どうした?何かいい事でもあった?」

スタジオに向かう車の中で、運転席のなるちゃんがフロントミラー越しに問いかけてきて。

「なんで?」
「すっごく機嫌がいいみたい」

同じようにしてミラー越しに問いかけた俺に、にこにこと笑顔でそう言う。
確かに、こんなにも気分がいいのは、一体どれくらいぶりだろうな。仕事中は、さすがに集中するから乱される事はなかったが、1度仕事を離れてしまえば、どこか精神状態はいつも不安定だった。
夏を境に、あんなにも入り浸っていた光流の家に泊まる事がなくなって、俺達の関係の全てを知っているわけではないなるちゃんにも、心配をかけていた事はわかってた。

なるちゃんは、俺よりも4歳年上で、なるちゃんが新入社員の頃からずっと、マネージャーとして傍にいてくれている事もあり、俺にとっては兄貴みたいな人だけど。
いくらなるちゃんと言えども、光流との関係を話せるはずもなく。純粋に、光流とは高校の時からの親友なのだと思ってくれているなるちゃんに、余計な心配をさせたくないってのも理由のひとつだったけど。それはきっと、別の意味で心配をかけてたんだよな。

仕事中は、ほとんど行動を共にしてくれているなるちゃんが、夏以降ぱったりと光流の家に泊まる事がなくなった俺に、何度か「ケンカでもしたの?」って問いかけてくれたけど、その度に俺は、光流が営業に転向になって、今までよりも忙しくなったから時間が合わなくなったのだと、そう説明してきた。
だって、そう言う以外に、俺にどう言えた?きっとなるちゃんなら、相談に乗ってくれるとわかっていても、これは俺だけの問題じゃないんだ。

例え相手が、どんなに信頼のおける人間でも、言葉に出してしまえば全てが壊れてしまいそうで。どこから嗅ぎ付けてくるのか、マスコミってのは結構厄介で。
だからこそ俺は、あいつとの関係も、自分の心でさえも封印し続けてきた。一言でもそれを口に出して言ってしまえば、今まで必死に繋ぎとめてきたものが、全てこの手の中から消えてしまいそうだったから。
そういう意味では、俺が本心から信頼できた相手と言うのは、たった1人だったのかもしれないと思う──…。

「そうだね、確かに久々に気分いいかも」
「光流くんのところで、エネルギー補充してきた?」
「え?」
「だって、久しぶりじゃない。昨日の夜、新くんから電話もらって、今日は光流くんのところに迎えに来てって言われたとき、正直ホッとしたもん俺」

そう言ったなるちゃんの声は、本当に嬉しそうで。

「エネルギー補充ってか……うん、でもそうだな。ちょっと面白い展開かも」
「え?どういう意味?」
「何でもないよ。ねえ、なるちゃん。俺少し寝るからさ、着いたら起こして」

後部座席のシートに凭れながら、やっぱりミラー越しにそう頼んだ俺に、くすくすと笑みを浮かべたなるちゃんが、「わかった」って言ってくれて。
それに「よろしくね」と返しながら、ゆっくりと瞳を閉じる。
そして耳の奥に蘇ってきたのは、「新──…」と俺の名を呼んだ、あいつの穏やかな声と「好き…だ…」と言った消え入りそうな告白の言葉。閉じた瞼の裏に浮かんだのは、さっき見た光流の怯えた姿。
そのどれもが鮮明に記憶に刻み込まれていて、腹の奥から笑みがこみ上げてくる。

面白ぇじゃん、光流。まさかおまえがな──…。
何をそんなに怯えてんだか。ガタガタ震えてたな。

なあ、光流。逃げんじゃねえぞ。
おまえに聞きたい事がたくさんあるんだ。俺と話をする前に逃げようなんて、考えるんじゃねえぞ。
おまえが何処に逃げたって、必ず追いかけて、あの言葉の意味を全部吐き出してもらおうじゃん。それくらいしなきゃ、なあ?光流。
この俺を、10年も待たせたんだ。そう簡単に折れてなんかやるかよ。

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  2008/02/03 片恋 コメント(0) TB(0) 記事No(27) ▲TOP