背中に感じるはずのない温もりを感じ、まだ白濁とする意識のまま、ゆっくりと寝返りを打つ。そして、うっすらと開いた視界の中に飛び込んできた、整いすぎた寝顔を目の前に認め、本気で息が止まるんじゃないかってくらい驚いた。
「……なん…で…?」
昨夜、悲鳴を上げ続ける身体を、限界まで貪られ。糸が切れたように意識を手放したのであろう……。目覚めた俺には、自分がいつ眠りについたのか、その記憶が定かではなかった。
それでも、意識を飛ばす寸前に耳に届いた、新の『気持ち悪い』というあの言葉だけは、今もはっきりと耳にこびりついている。
だからこそ、今自分が置かれている状況というものが信じられなくて。
「新……?」
おそるおそるその名を呼ぶも、未だ眠りから覚めやらぬ相手からは、返事が聞こえてくる事はなく。
いつもなら、やる事さえ終われば、さっさと身支度を整えて帰っていくのに。
それは、いくら俺が意識を飛ばすほどに乱れても決して変わる事はなく。いつだって目覚めた隣にないその姿を思い、情けないと思いながらも流す涙で、枕を幾度となく濡らしてきたのに。
どうして、まだこいつはここにいるのだろう?
どうして、俺は抱き締められているのだろう?
次々と浮かんでくる疑問は、それでも感じる温もりが嬉しくて。
目が覚めたら、きっといつものように突き放されてしまうであろう事はわかっていた。それでも……こいつが目覚めるその瞬間まででもいい。
思いがけず訪れた、この幸福な時間を、こいつが目覚めるその瞬間まで味わっていてもいいだろうか?
おそるおそる伸ばした指先に触れる、冷たい空気に晒されているせいか、酷く冷たいその頬は、それでも指先から伝わってくる鼓動の温もりに、涙が溢れそうになる。
女々しい……本当に、いつから俺は、こんなにも弱くなってしまったのだろう。
「新──…」
こいつが起きている時は、決して触れる事が許されないその温もりに、愛されないとわかっていても、後から後から溢れ出してくる愛しさ。
俺は、やっぱりこいつが好きなんだ。どんなにひどい抱かれ方をしても、どんなにひどい言葉を投げつけられても、決して抱き締められない存在なのだとわかっていても。
それでも俺は、こいつの事が好きで好きで堪らない。みっともないとわかっていても、この手を離されるその瞬間まで、いや…叶うなら、この手に永遠に縋りついていたいと思ってしまうほどに──…。
「好き…だ…」
決して告げられない想い。眠っているこいつになら告げられるその言葉を唇に乗せ、そっとそっと重ね合わせた唇は、自分の涙と冷たいこいつの体温に触れた、切なく苦い味がした。
「───…っ!?」
その時、不意に掴まれた腕。その強さに、そして開かれた瞳が訴えかけてくる驚愕の色を前に、俺の心は一瞬で凍りつき、粉々に砕け散ってしまった。
「ひか…る…?おまえ、今……」
「あ……あ…」
俺はバカだ!どうしようもないバカだ!
驚愕に見開かれた瞳に、身が竦むほどの恐怖に震え出す己の姿が映し出され。
犯してしまった自らの過ちに、ガクガクと全身が震え出す。
「おい!おまえ…っ!」
「ごめ…ごめんなさい…ごめ…なさ…っ!」
バレた…バレたバレた!
必死で隠し続けてきた想いが、自分の軽薄な行動のせいで、こいつにバレてしまった!!
突きつけられる現実を前に、もう何も考えられなくなってしまった俺は、掴まれた腕の痛みに、そこから流れ込んでくる激しい熱に浮かされ、ただ謝罪の言葉だけを繰り返す。
何があっても手放したくなかったはずのこの場所を、今俺は、自らの手で粉々に打ち砕いてしまったんだ。
「謝れなんて言ってない!それより……っ!」
ピンポ〜ン……
激昂に震える新の声が、何事かを紡ぎだそうとした瞬間、部屋に響いたチャイムの音。
それにチッと舌打ちをした新が、それでも俺を解放しようとはせず。
「光流…」
再び名前を呼ばれ、ビクリと身体を震わせた瞬間、今度は立て続けに鳴らされるチャイムの音。
そして、同時に携帯へと着信を告げる音が鳴り響き。
「……っんだよ!!」
イライラとした態度で、ようやく掴んでいた俺の腕を解放した新が、何も身につけないままの姿でベッドから降り、床に脱ぎ散らかしたままだった自分のズボンのポケットから携帯を取り出した。
「もしもし……あ、なるちゃん?ああ…ああ…ごめん、すぐ出る」
その口から聞こえてきた名前は、新のマネージャーさんのもので。
きっと、このしつこく鳴らされたチャイムの主も、おそらくはマネージャーである鳴門さんからのものであろう事は、容易に推測ができた。
まだ、俺が新への想いを自覚する前。うちに来てセックスに興じた日、新がそのまま泊まり、この部屋から仕事に向かう事は決して珍しい事ではなかった。
鳴門さんが、俺たちの関係をどこまで理解しているのかは知らないが、暇を見つけてはここに入り浸っていた新を、時間になると迎えに来ていた鳴門さんが、それでもここを訪れたのは久しぶりで。
その理由を新に問いただした事はないし、そんな勇気はなかったが。俺が想いを自覚し始めた頃から、新がここに泊まる事はなくなり。そして、同時に俺達の間から、友人らしい会話が消えた。
今になって思えば、もしかしたら新は、とっくに俺の気持ちに気付いていたんじゃないかって。だから泊まる事もしなくなったし、会話らしい会話をもしてくれなくなった。
それでも、性欲処理の意味では便利な俺を、本当にただそれだけの目的の為に繋ぎ止めていた──…。
鳴門さんからの電話を切った後、俺の方を振り返りもせずに、拾い上げた衣服を身に着け始めたその背中を、ぼんやりと見つめながら考えてた。
そして、昨夜感じた悪寒が背筋を走り。またガクガクと震え始めた身体を、夢中で掻き抱く。
新が俺の気持ちに気付いてた?だから──…便利だけど面倒な俺に見せ付ける為に、昨夜あの場所で女と歩いていたのだろうか?決して特別だなどと、そんな勘違いをするなと……。
それは、昨夜女と歩いているこいつを見たときに、一瞬よぎった考え。何度振り払ったって、いつまでも消えてくれないそんな思いを消したくて、浴びるように酒を飲み続けていた。
「光流」
未だベッドの上から動けずに、震える身体を自らの腕で抱き締め続ける俺に、身支度を整えた新が声をかけてきて。
たったそれだけの事にすらビクつく心が、限界の悲鳴をあげる。
「仕事が終わったら来る。逃げるなよ」
変わらず、感情の読み取れない声が耳に届き、ため息をひとつ残して部屋を出て行った背中に、最後まで視線を向けることができなかった。
「あ…あ…ああああああ──…っ!!」
耳に届いた、玄関の扉が閉ざされる音。
同時に崩れ落ちた身体を、痛いくらいの力で抱き締め、そして漏れ出した叫びは、それを発しているのが自分だと言う事を忘れたくなるほどに、絶望に色塗られていた。
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