その感覚に小さく身体を震わせ、ようやく解放を許され力の抜け切った俺の、未だ熱の余韻が残る身体は、当然のようにあっさりと突き放され、それ以上抱きしめられる事はなかった。
満たされた欲望に、その薄い唇から吐き出された吐息は、過ぎ去った熱を僅かに残すもので。
聞こえてくる小さな吐息ですらも、余韻覚めやらぬ俺の身体には十分な刺激になりえてしまう。
そして、ベッドヘッドにもたれかかるようにして座った新が、サイドに備え付けてある棚に置いてあった煙草を取り出した。
ゆっくりとした仕草でつけられたジッポライターの火が、年を重ねるごとに少年らしさが抜けて、今やすっかり精悍な男のそれへと変貌を遂げている、新の整った顔立ちを薄闇の中ぼんやりと浮かび上がらせる。
初めてその存在を知ってから9年と9ヶ月。そして、初めて会話を交わした日からは8年と9ヶ月。
いつだって俺は、一番近くでこいつの変化を見てきたと、そんな自信を持っていた。
でもその自信は、俺がこいつに対して抱く自分の気持ちに気づいてしまった時、脆くも崩れ去ってしまった。
親友だった俺達の関係は、今も変わらずここにあって。でも…あの頃と違うのは、今の俺達にはこうして抱き合う関係がプラスされてしまっているという事。
きっかけは、男と女の間でならありがちな、酔った勢いってやつ。でも俺達は間違いなく男同士なわけで。
本当ならそんなありがちなシチュエーションだって、あり得るはずもなかったんだ。
高校卒業後、俺達は附属の大学へと進学を果たし、揃って理工学部だった俺と新は選択科目も全て同じ。
高校2年の時からつるみだし、大学に進学してからも当然その関係は変わる事なく隣にあった。
ただあの頃の新は、モデルを続ける傍らでテレビの仕事が増え始めていて、大学にも単位ギリギリの出席日数を確保できる程度にしか顔を出していなかった。
だから、高校の時のように毎日俺の隣にはあいつが、あいつの隣には俺がいるってな状況にはなくて。
そしてやっぱり、たまに大学へと顔を出すあいつの周りには、常に取り巻きがいるという状況は高校の時から変わらなかった。
そんな変わらない日常の中で、突如俺達の関係を変化させたあの日の出来事は、3年の月日が流れた今でもはっきりと思い出す事ができる。
当時の俺達の間には、当然恋愛感情などというものは一欠片だって存在しなくて。ただ素直に、快楽だけに身を任せていた。
身体の関係ができてしまったという事を除けば、変わらず親友としてのあいつは隣にいたし。それに疑問を感じる事だってなかったんだ。
そんな事を思い出しながら、決して俺の方を見ようとしない、新の唇から吐き出される紫煙をぼんやりと追いかける。と、短くなった煙草を、手にした灰皿に押しつける仕草に、慌てて瞼を閉じた。
「光流…?」
ようやく俺の存在をその視界に認めたかのような、小さな呼びかけにも、俺が閉じたままの瞼を上げる事はなく。
「またか……」
呆れたようなため息と共に、耳を掠めていく低い声。
そうして結局触れられる事なく、ベッドから降りた新が衣服を纏い始めた気配だけが伝わってきた。
しばらくして、静かに部屋を出て行く気配と同時にパタン…と閉じられた扉の音。
ゆっくりと瞼を開けた俺は、そこにはもういない新の気配に、それだけで不安に押しつぶされそうな胸を抱え、小さく小さく身を丸め布団の中に潜り込む。
必要以上に俺に触れようとしないおまえが、この部屋から去って行く後姿を見たくはなかった。きっとその背を見つめる俺の瞳は、浅ましいほどに縋る感情を抑えきれないだろうから。
もし、俺が新に対して邪な感情を抱いていると、それをあいつに知られてしまった時、きっとこの関係は終わってしまうから。
だってそうだろう?おまえは男が好きなわけじゃない。
高校の時に知り合った時から、男女問わずもてたおまえが、これまで1度として女を切らした事がない事なんて、それこそ一番近くで見てきた俺は知っていた。
その中で、いつだっておまえは特別な相手を作ろうとはしてこなかったけど、それでも常にその腕の中に抱かれる女の存在がいたって事を、俺は知っているんだ。
誰か1人に決めるなんてもったいないなんて、そんな小憎たらしい台詞を口にするおまえが、相手に不自由などしていないはずのおまえが、どうして俺を抱き続けるのか。
そこにだって特別な感情などない事はわかってる。男である俺を抱くことにすら抵抗を感じなかったおまえにとって、俺という存在は、女のように妊娠する心配も、女のように縋ってくるような面倒もなかった……ただそれだけの話だ。
実際、俺だっておまえへの気持ちを確信するまでは、自分が男に抱かれるだなんて事想像した事もなかったし、いつだって恋愛対象になるべきは女だったはずなんだ。
それなのにどうして、おまえには恋をしてしまったんだろう。一番好きになっちゃいけないはずの、親友であるおまえの事なんか好きになってしまったんだろう。
便利に利用されているだけだという事はわかっているのに。
おまえが俺を、親友以上の感情で好きになってくれる日など来ない事はわかっているのに。
報われない恋だとわかっていながらも、その手を離されないようにと、必死に自分の感情を押し殺している自分が、今はただ滑稽で情けなくてたまらないよ───…。
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