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<<プロローグ>>
会社からその最寄り駅までは徒歩にして2分、そして自宅最寄り駅から自宅マンションまでは、やはり徒歩にして5分足らず。電車に揺られる時間は30分あるけれど、それにしたって通勤時間をトータルして考えれば、これ以上ないくらい好条件な環境と言える。 最寄り駅の改札をくぐり、これからの本格的な冬の到来を思わせる冷たい風に、ほんの僅か身を竦ませながら歩き始めた帰り道、ふと思いつき立ち寄った24時間営業のスーパーで食材を買い込んだ。 少し緩めたネクタイもだらしなさを感じさせないスーツ姿で、買い物カゴを片手に食材を手に取る姿は、間違いなく独身貴族の風体で。それでも、見た目は悪くないこの男。ほどよく焼けた肌にはっきりとした二重瞼は、実年齢よりも若く見えるが、オールバックにした髪型でそれを誤魔化し、一般的な女性から見れば、きちんと自炊もこなすそれこそできた男の部類に数えられるだろう。 しかし、その手にしたカゴを覗き見れば、1人暮らしをしている割には多すぎる食材の数に、ほんの少し胸をときめかせるかもしれない女性も、落胆のため息を零すしかない。 「今夜は恋人とお鍋でもするのかしら」……と、レジに立つ若い娘がそのカゴの中身を通しながら、ほんの少しの落胆をその表情に浮かべるも、そんな視線に気づかない様子の男は、さっさと会計を済ませてその場を立ち去ってしまった。 会社帰りの独身サラリーマンやOLが、同じようにしてレジを通り過ぎる中、買った食材を袋に詰めていた男が何かに気づいたかのように携帯を取り出し、慣れた手つきで操作をしたその画面を見つめながら、思わずフッと笑みを零す。 「恋人からのメールかしら…」と、先ほどのレジの娘が窺うように向ける視線にも気づかないこの男。彼女の推測通り、たった今恋人から入ったメールに笑みを隠し切れない、西宮 晴彦(にしみや はるひこ)29歳。 すったもんだの末、ようやく素直になる気持ちになったのか。ここ数ヶ月クセづいていた眉間の皴も、現金だと笑いたくなってくるくらいすっかりとなりを潜めた彼の表情に、ミラー越しにクスクスと笑みを零せば、罰が悪そうに視線を逸らすも、恐らくはこみ上げてくる高揚感を隠し切れないのであろう。どこか緩んでいるように見えるその頬に、改めてホッと安堵の気持ちが胸に広がってくる。 「ありがとう…」 「ん、お疲れ様」 そして、彼のマンションではなく、ある意味では通いなれたアパートの前に車を横付けし、降り際にボソッと耳に届いた声に笑顔で返せば、「お疲れ」と小さな返答。 アパートから届く小さな灯りの中へと、足取り軽く消えていく背中を見送りながら、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ彼もまた、1人になった途端に想いを馳せる恋人の姿を脳裏に描き、自然に頬が緩みだす。 仕事の忙しさから、一緒に暮らしながらも擦れ違う日々。それでも帰れば必ずそこにある存在に、それを思うだけで心が満たされる。 『約束だぞ』 早く帰れそうだと告げた自分にそう言った恋人の笑顔を思い出し、その約束を果たすべく逸る気持ちが、心持ちアクセルを踏み込む足を強くさせる。 そして、途中ふと思いつき立ち寄ったスーパーで、簡単な食材を買い込みながら、久しぶりに揃って食卓につける喜びに、そんな些細な幸せに、またひとつ笑みが零れ落ちた。 そうして再び戻った車の中、買い物袋を助手席に置き、ポケットから取り出した携帯でメールを打ち込んだ。 『もうすぐ帰るから』というメッセージを送信して、すぐにアクセルを踏んだ足は、ただ一直線に恋人と過ごす時間へと向かっていた。そうして、すぐに返信されてきたメールを信号待ちの車の中で確認すれば『もう家に着くぞ』というメッセージ。 画面を覗き込む彼の、ノンフレームの眼鏡のレンズにつきそうなほどに長い睫毛が、小さな笑みと共に微かに震える。青に変わる信号の中アクセルを踏み込む彼の、暗い車内に射し込む夜のネオンの光に照らされた白い頬が、そんな恋人からのメール1つで微かな赤みを浮かび上がらせる。 たったこれだけのやり取りの中でも、小さな幸せを噛み締める彼、鳴門 圭一(なると けいいち)29歳。 永遠を誓い合った恋人達の、そんなささやかな日常の1コマ。 それでも、彼らがここにくるまでに辿った道のりは、けっして平坦なものではなかった。 そんな彼らの、切なくも甘い昔話を、ほんの少し語らせてもらおうと思う───…。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m
自宅へと戻り、スーツを脱ぎ着替えたシャツの袖を捲くりながら、キッチンカウンターに置いた買い物袋の中身を探る。
鍋には国産の鶏つくねと水菜は外せないと言う恋人の為に買い揃えた材料を並べ、慣れた手つきで調理器具を取り出す晴彦だが、普段はそうそう台所に立つことはなかった。特別料理が得意というわけでもないし、料理好きというわけではない晴彦は、元々食に対する欲求も薄いタイプだった。しかし、圭一と共に暮らすようになってからは、料理好きな恋人の影響を受けてか、少しずつ自分でも包丁を握るようになったのだ。 日頃すれ違いの生活の中でも、晴彦の食事の用意だけは欠かさない圭一だが、芸能事務所のマネージャーという特殊な職業から、時間の余裕がなく夕飯の支度をできないままに出社することも少なくはなかった。 そんな時は、圭一の作る料理に比べたら多少劣りはするものの、元々なんでも器用にこなす晴彦が、こうして食事の支度をする事も珍しくはない。 最初は、晴彦にそんな事をさせられないと抵抗を見せた圭一も、自分の為に嬉しそうに包丁を握る晴彦の姿に、結局は何も言えなくなってしまったようだ。 『いつも晴彦が美味いって言ってくれるから、前にも増して料理が楽しいんだ。負担だなんて思った事ないよ?飲みに行くときは、遠慮なんかしないで行って。なにも1日や2日で悪くなるわけじゃないんだし』 圭一も仕事が忙しいのだから、毎回きちんと食事の用意をする事はない。晴彦自身、仕事の付き合いで飲みに行く事も珍しくなく、毎日家で食べるとは限らないのだからと、そう言った時に圭一が言った言葉。 実際、晴彦が急に飲みに行く事になったとしても、圭一がそれに対して不満を漏らすような事はなかった。しかしそれは、それこそ付き合い始めた当初は、多少なりとも圭一の我慢の上で成り立っていた事だった。 それでも今は、仕事上の付き合いは大切だと、同じようにして働く同性だからこその理解であり、そして長い付き合いの中で培ってきた信頼関係があるからだと、それを素直に信じることができる。 いつも、晴彦に対して引け目のようなものを感じていた圭一が、今は素直に甘えてくれる事が嬉しくて、昔よりもずっと綺麗になったあの笑顔のためなら、多少の疲れなど気になることなく、なんでもしてやりたいと思うのだ。 だからこそ、忙しい中で時折こうして持てる、2人の時間を思い描きながら握る包丁は、いつだって軽快な音を立てて食材を刻んでゆく。 間もなく帰ってくるであろう、恋人の嬉しそうな笑顔を思い浮かべながら。 マンションの地下駐車場へと車を乗り入れ、急いで運転席を降りる。急ぎ足でエレベーターへと向かいながら、助手席に置きっぱなしだった買い物袋の存在を思い出し、慌てて踵を返す自分の浮かれ具合に、誰に見られているわけでもないのに気恥ずかしくて、思わず自嘲が漏れ出す。 何も、昨日今日付き合い始めた、初心な高校生でもあるまいし。しかも、もう6年以上も一緒に暮らしている恋人に会うのに、何をそこまで浮き足立つ事があるのか。 それでも、圭一にとって晴彦とのこの関係が、何年の時を経てもなお、奇跡だと感じる思いに変わりなどなかった。 それに、一緒に暮らしていると言えども、普段はお互いの仕事が忙しく、圭一の就くマネージャーという職業柄時間も休日も不規則で、こうして2人で過ごせる時間を持てる事が少ないのだ。 エレベーターへと乗り込んで、9階のボタンを押し、点滅表示がひとつひとつ上昇していくその僅かな時間ですらも、こういう時はやけにじれったくもどかしく感じる。 それでも逸る心を抑えながら、圭一にしてみればようやく到着した9階フロア。エレベーターを降りると同時に足早に向かうのは、『もう家に着くぞ』というメッセージを送信してきた恋人が、おそらくは待っていてくれているであろう角部屋。 玄関上の換気口から吹き出される白い煙と、そこから漂ってくる香りに、「もしかして…」と思い、1度は取り出しかけた鍵をしまい込む。そうして手を掛けたドアノブは、予想通りすんなりとその扉を開けてくれた。 「ただいま〜」 静かに、でも奥にいるであろう恋人に届くようにとかけた声は、それでも返事が返される事なく。「やっぱり…」と、予想通りの状況に、再び漏れ出した笑みを貼り付けながら、奥へと続く廊下を歩いた。 「晴彦、ただいま」 「お?おかえり、お疲れさん」 リビングへと続く扉を開け、すぐ横に設置されているカウンターキッチンをひょいと覗き込めば、思ったとおりそこに立ち、コンロにかけた土鍋を手にした菜箸で突付く晴彦が、二カッと笑いながら振り返ってくれた。 「先越されちゃったか」 「ん?何がだ?」 くすくすと笑う圭一に疑問の視線を投げかけながら、「よっ!」と声をかけた晴彦が、シンクに置いてあった土鍋の蓋を閉める。 そして、捲り上げたシャツの袖を戻しながら、再び振り返り見た圭一の頬に、そっと触れるだけの小さなキスをくれた。 「俺が作ろうと思ってたのに」 晴彦の疑問に答えながら、すぐに離れてしまった唇を追いかけて、そのシャツの胸元を軽く掴み引き寄せ、今度は圭一から唇への小さなキス。 そして、そのまま擦り寄るようにして逞しい腕の中へと身を預ければ、フッと漏らされた小さな吐息が耳元を掠め。 「おいおい、煽ってんのか?」 冗談めかしたその言葉に、そっと視線を上げれば、「大歓迎だけど」なんて、やはり冗談を言うような口調で言い募る晴彦の唇が、今度は少し長く……そして、ほんの少しだけ深く重ね合わされた。 その温もりの甘さは、同時に全身へと広がり、瞬く間に圭一の心を満たしていく。 望めばすぐにでも与えられる温もりは、それでも物足りないと訴える心に欲を運び込み。まるでもっとと強請るように広い背中へと回しかけた手が、持ったままだった買い物袋の存在をようやく思い出させてくれた。 「あ……」 「どうした?」 「これ…俺も買ってきちゃった」 「ああ、でもさすがに、全部使うのは多すぎるな」 けっして軽いものでもないのに、すっかりその存在を忘れてしまっていた事への照れくささが、圭一の白い頬をほんのりピンクに染め上げる。 そんな恋人の、昔と変わらない初々しさが可愛くて、ほんのりと染まった頬をぷにっと摘んだ晴彦が、いつものようにニカッと笑って見せた。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m
結局あの後すぐ、コンロにかけていた鍋が噴きこぼれる音を訴えかけてきて。買い物袋の存在に続いて邪魔立てにあった気分になってしまい、とりあえずは腹ごしらえだと揃ってダイニングへと腰を落ち着けた。
久しぶりに向かい合わせてとった食事に、腹も心も満たされ、缶ビール片手にリビングのソファで寛ぎながら煙草を1本取り出す。 手にしたジッポライターで咥えた煙草に火をつけ、その紫煙を吐き出しながら、ふと思い出したようにキッチンの中で食事の後片付けをしている圭一を振り返った。 「坊やを愛川のところに送っていったのか?」 圭一の職種からも、普段あまりお互いの仕事の事について話したり聞き出したりという事をしない2人だが、今夜ばかりは些か事情が違った。 圭一が担当している人気若手俳優が、実は晴彦の会社の部下の知り合いで。しかもその2人が、どうやらただならぬ関係らしいと知ったのは今日の事。 その人気若手俳優である一ノ瀬 新(いちのせ あらた)が、晴彦の部下である愛川 光流(あいかわ ひかる)を訪ねて今朝会社へと姿を見せた。若い女性層に絶大な人気を誇る俳優が現れたとあっては、それこそ公になれば社内の女子社員がパニックに陥る事は目に見えていた。 圭一からの事前連絡をもらい、先回りして彼を会議室に導いた事が幸いして、騒ぎは回避できたものの、その関係性を知らなかった晴彦にとっては、それこそ寝耳に水、鳩が豆鉄砲をくらった心境だったのだ。 「うん。なんかあったんだろうなって思ってたけど、これでようやく安心できそうだ。ごめんね、迷惑かけちゃって」 「いや、別にそれはいいんだけどよ。しっかしな〜…あの愛川がね〜…」 光流はそれこそ新入社員の頃から晴彦が目を掛けてきた存在で。際立って目立つ人柄ではなかったが、仕事に対する実直な姿勢に好感の持てる青年だった。 新人の頃から、当時はフロント業務についていた彼は客受けもよく、その客に対する接し方からも、営業に転向すれば必ず花開くはずだと、昨年の夏の人事異動の際、晴彦本人が強く推薦し自分の下に引っ張ってきたのだ。 晴彦の見込み通り、営業に転向してからの光流の成績の伸び方は、目ざましいものだった。今や、営業所内のみならず、全営業所比較してみてもトップに位置する成績を叩き出している。 しかし、本人にその自覚は薄いらしく、あくまでもマイペースに楽しみながら仕事をこなしていく光流の姿勢は、日ごろ酒の席を共にする友人という立場からして見ても、そして上司という目線で見ても、やはり好感を持てるものだった。 仕事仲間に対しても客に対しても、一貫して人好きのされる性格は変わらず。そんな光流の事を、純粋に部下として友人として可愛いと思っていたのだが。そんな光流が、実は恋愛で悩み事を抱えているらしいと知ったのは、それこそ本当につい最近の事で。 いつものように飲みに行った席で、あまり自分の色恋沙汰に関して話そうとしない光流が、ほんの少しとは言え珍しく話し始めたのだ。その様子が本当に辛そうで、深く追求はしなかったものの気にはなっていただけに、今日の出来事はある意味ではショッキングなものだった。 別に、光流の相手が同性であるという事に対しては、自分の立場を見てみても偏見など持てる立場ではないし、それ自体は晴彦にとっては大した問題ではないのだが。相手があの一ノ瀬 新で、しかも自分の恋人の担当俳優だったとくれば、「世間は狭いな〜」程度で済まされる驚きではないわけで。 「おまえ、愛川の事知ってるなんて、一言も言わないんだもんな」 結局は、なんだかんだと言ってはみても、晴彦が一番引っかかっていたのはそこの部分なのだ。 もちろん、圭一の立場上、簡単に俳優のプライベートを口に出せない事などわかっている。それを理解しないわけではないのだが、それでも自分もよく知っている相手がそこに絡んでいて、光流が晴彦の部下である事も、もちろん圭一は知っている。 これまでにだって、光流の事は何度も圭一に話して聞かせてきたが、その話の中で1度として、圭一は光流を知っている素振りを見せなかった。 圭一の立場は理解している。それでも全く話してもらえなかった事に、自分は信用されていないのかと、多少なりとも落ち込んでしまっていたのも事実だった。 「あ……黙ってた事怒ってる…よね?ごめんね、晴彦の事を信用してないわけじゃないんだ。でも……」 もちろん、その事に対して圭一を責めるつもりはなかったのだが、晴彦のほんの少し不機嫌な……いや、不貞腐れた態度を察したのか、丁度後片付けを終えた圭一が慌ててリビングへと出てきた。 仕事中は、営業と言う職種柄からか、感情を抑える仮面を付けなれている晴彦なのだが、元来ストレートに感情が表情に表れるその性格は、仕事を離れプライベートな時間に入った途端、綺麗さっぱりその仮面は剥がれ落ち跡形もなくなってしまう。 そして、付き合いの長い圭一には特に、どれだけ気をつけていてもその感情の起伏を見抜かれてしまうのだ。 今夜も例外ではなく、つい抱いてしまった拗ねた感情を見事に見破られてしまい、「やっぱ敵わね〜な〜」と苦笑しかけたその時、次に圭一が発した言葉に、晴彦の顔に浮かびかけた笑顔がなりを潜めてしまった。 「俺も確信があったわけじゃなかったし。それに普通の色恋ってわけじゃないから……晴彦が聞いても不愉快な思いするだけだと思って」 「不愉快?なんだそりゃ?」 「あ……別に深い意味があるわけじゃないんだ。気にしないで」 圭一にしてみれば、自分が黙っていた事で晴彦に嫌な思いをさせてしまったのだろうと、それに対する謝罪の気持ちから出た言葉だったのだが、どうやらまた地雷を踏んでしまったらしいと、微かに潜められた眉から瞬時にそれを察知した。 これ以上この話を続けるのは得策ではないと、慌てて台所へと戻ろうとする圭一の手を、一瞬早く晴彦の伸ばされた手が掴み止める。 「それは、芸能人と一般人の恋愛だからって事か?」 「晴彦……痛い…」 「それとも、同性愛だって意味でか?」 そして発された、晴彦の言葉で場に静寂が訪れた。その沈黙が、そのまま圭一の心の内を語っている事は明白で、その事が余計に晴彦の気持ちを苛立たせる。 「俺は元々ノンケだから、だからおまえの気持ちなんてどうせわかんねえってか」 「誰もそんな事…っ!」 「昔、おまえ言ってたよな。それはまだまだ有効だって事だ」 「晴彦…っ!」 「おまえは、あの時もう大丈夫だって言った。でも、本音は違ったって事か?まだまだ俺は、信用されてなかったって事か?俺がおまえと付き合ってきたこの8年で、結局おまえの中で俺は信用されきってないって事か?」 「違……っ…」 「冗談じゃねえぞ。俺を何だと思ってやがる」 就職して営業という職種に就いてから、感情を抑える意味ではそれなりに成長してきたはずの晴彦だが、元来持ち合わせた実直で単純な性格が根本から変わるはずもなく。一度その中の地雷を踏んでしまえば、簡単に爆発させられてしまう。 滅多な事では圭一に対して怒りの感情を向ける事などないのだが、事2人の関係に対しての圭一の抱く想いに対しては敏感だった。 だからこそ、大切にしてきたのに。だからこそ、些細な事で不安を抱いてしまうであろう圭一の心を、一番大切にしてきたつもりだったのに。 「おまえさ、わかってる?その一言で、この8年間を否定されたような気分だよ俺は」 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m ☆新×光流のお話、『片恋』はこちらからご拝読いただけますvv
「ごめ……」
「謝れなんて言ってない……そうじゃねえだろ」 怒鳴りつけこそしなかったが、フツフツと沸いてくる怒りに、それこそ声を荒げまいと必死だった。 そして視界に飛び込んでくる、今にも泣き出しそうに、不安に揺れる圭一の眼鏡の奥の大きな瞳。自分もまた、圭一の心を傷つける地雷を踏みつけてしまったのだと、それが理解できてしまったから、どうにも収まりがつかないもののぶつける場所を失った怒りが、心の中でとぐろを巻き始める。 「悪ぃ……頭冷やしてくる」 「晴彦…っ!」 ここで背中を向けてしまったら、圭一を傷つけてしまう。ただ黙って抱きしめてやればいい事だと、それを理解しながらも、そこまで冷静になりきれなかった。 それだけ、先ほど圭一が放った言葉は、晴彦にとって大きな意味を持つ言葉だったのだ。結局のところ、圭一が抱え続けてきた不安を、自分は拭い去ってやる事ができていなかったのだと、どこかでそれをわかっていながらも、どうしてもすぐに受け入れる事ができなかった。 だからこの怒りは、そんな不安を言葉に出して言った圭一に対するものではなくて、2人の関係は今や何の問題もなく、うまくいっているものだと信じ込んでいた、圭一の本音に気づいてやれていなかった能天気な自分への怒りで。 だからこそ、気持ちを落ち着ける必要があった。自分に対するものであるはずの怒りを、このままでは全て圭一に向けてしまいそうだったから。 それこそ、いい年をした大人の男が、自分の感情くらいうまくコントロールできないのかと、そう思いはするものの。他人の前では容易いその行為が、圭一の前ではうまくいかない。どんなに隠そうとしても、結局いつも見抜かれてしまう。 「煙草買いに行くついでに頭冷やしてくる……すぐ戻るから」 掴んでいた圭一の細い手首を解放し、それだけを早口に告げるとまるで逃げるようにしてリビングを後にする。 「だぁぁあああっ!畜生!バカか俺は……」 圭一が追いかけてこない事に安堵しながらも、それが少し寂しいなどと、またそんな自分勝手な事を考えてしまっている自分が腹立たしくて。部屋を出てすぐに乗り込んだエレベーターの中で、雄叫びを上げる姿は、一歩間違えれば変質者扱いで通報ものだ。 「ぬわぁ〜にが「おまえ、わかってる?」だってんだ!てめえこそわかってんのか!?俺っ!!」 いつだって傷つけたいわけじゃない。それなのに、昔も今も、結局圭一にあんな顔をさせてしまうのは自分なのだ。 「泣きそうだったな……」 そうポツリと呟いた自分の声が、狭いエレベーターボックスの中で虚しく響き、途端に脳裏に甦ってくる最後に見た圭一の表情が、また気分を落ち込ませる。 あんな表情をさせたままで背中を向けた自分は、とんでもない大バカ野郎だ。でも、やはりあのままあの場にいれば、もっと傷つける言葉を言ってしまっていたかもしれない。 だったら、少し頭を冷やして気持ちを落ち着けて、話の続きをするにしても、あの細い肩を抱きしめながら語り掛けれるくらい、それくらいまで気持ちを落ち着けなければと思ったのだ。 それも結局は、晴彦の独りよがりなエゴなのかもしれないが、自分がこれ以上圭一を追い詰めるだけの存在にだけはなりたくなかった。 「いい加減大人になれよな〜……寒ぃってんだ、畜生め!」 そんな自分への不満を漏らしながら、コートも羽織らずに出てきてしまった事が意味のない後悔に更なる拍車をかける。 まだ深夜とは言えない時間帯といえども、とっぷりと日の暮れた冬空の下、身を襲う冷たい夜風と共に胸に巣食うもやもや感を振り切るようにして、晴彦は僅かな街灯に照らされた闇の中へと一歩を踏み出した。 パタン──…と、静かに閉まる玄関の扉の音が耳に届き。途端にカクンと落ちた膝が、そのまま床へとへたり込む。 自分が不用意に発した言葉で、晴彦を怒らせてしまった事は明白だった。圭一だって、あんな事を言いたかったわけではないし、何よりも喧嘩したかったわけではない。久々に持てた2人きりの時間を、ただ寄り添って過ごしたいと、それだけだったのに。 「そんなに怒る事ないじゃんか」 晴彦が何に対して怒っているのかはわかっている。それでも、それは2人が付き合っていく上ではどうしたって付き纏ってくる事実で。晴彦と付き合うと決めた7年前から、圭一が常に自分自身に言い聞かせてきた事だった。 『完全なノンケとの付き合いが、長く続くと思ってるのか?あとで裏切られて傷つくのがおちだぞ』 昔言われた言葉。それが記憶の扉の鍵を開け……いや、忘れたことなど一度だってなかったのだから、その表現は正しいとは言えない。 「それでも7年続いてる……」 それは、まるで自分に言い聞かせるかのような小さな呟きだった。だからこそ、奇跡なのだという思いは、何年経ってもなお拭い去る事ができないでいる。 自分の性癖については、それを自覚してから流れた年月の中で、それこそもう開き直っていた。初恋の相手は男だった。そして、これまで抱いてきた数少ない恋愛の感情だって、いつも向けるのは自分と同じ性を持つ相手にだった。それだって、どんなに悩んでも仕方のない事だと、そう割り切る事だってできる。 だからこそ、本人の口から直接語られる事はなかったが、光流との関係で悩んでいる様子だった新に対しても、強い心で見守っている事ができたし、その恋が成就するしないに関わらず背中を押してやる事だってできた。 でも、自分の事になると駄目なのだ。事、晴彦との関係においては、いつもどこかで諦めの気持ちを抱いてしまっている事を、それが晴彦を怒らせる原因だとわかっていながらも割り切ってしまう事ができない。 晴彦の今の気持ちを疑うわけではないし、自分を愛していると告げてくれるその言葉だって信じている。でも、それも永遠のものではないのだという事を、いつか晴彦は元いた彼のいるべき世界に戻っていくのだという事を、いつも心のどこかで覚悟している自分がいた。 そしてそれは、今の自分達の年齢を考えても、そう遠くない未来に起こりうる出来事だと、そんな思いがあるのかもしれない。それは、この年になって多くなった、友人達から届く結婚式の招待状がひとつの原因だった。 結婚適齢期──…それは、晩婚化が進む今日でも、30を目前に控えた男としては不思議のない事で。基より恋愛対象者が男である自分には関係のない世界だが、そうではない晴彦にとっては、現実問題、十分に起こりうる可能性のある事なのだ。 考えないようにしようとしても、どうしたってついて回るその現実に、知らず不安を訴える心が、6年前に一度きり口に出してしまった言葉を、再び唇に乗せてしまうという形で現れた。それが、晴彦を激昂させる言葉だと、それを十分に知りながらも。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m ☆新×光流のお話、『片恋』はこちらからご拝読いただけますvv
<出会い編>
広い大学キャンパス内で、学部が違えばそうそう接触する事などない。それは晴彦と圭一にしても例外ではなく。それまでの3年間一度として接触をしなかった2人が、始めてその存在を意識下に置いたのは、無事に4回生へと進級をした8年前の初夏の頃だった。 当然学部が違えば、専攻科目だって違う。専攻科目では教鞭を共にする事がない他学部の学生と、それでも共通科目を受ける教室で肘を突き合わせていれば、付き合いだって自然の流れで生まれてくるものだ。 2人が出会ったのも、そんな共通科目の授業の中での事だった。 しかし、いくら接する機会があるとは言え、広い大教室での授業の中で、確実に知り合えるというわけではない。 それに、昔から明るく常に周りに人が集まるタイプだった晴彦と、大人しく控えめで1人でいる事の多かった圭一。いつだって数人の友人と集まって、教室の中央の席を陣取っていた晴彦と、目立たないように一番後ろの端の席で授業を受けていた圭一。たとえ教室を同じくしても、そんな2人になかなか接点など生まれるはずもなかった。 でも、運命というのは、望まずとも引き寄せられる不思議な力を発するのだと、根が単純な晴彦は、今でもあの時の出会いを本気でそうであると信じていた。 その日、前日の合コンで少々羽目を外しすぎた晴彦は、朝目が覚めた時見知らぬ部屋のベッドの上で、見知らぬ女を抱いていた。 『勘違いしないでね〜私、彼氏いるから』 やっちまった……と、全く初めてとは言えない己の悪行に、目を覚ました女に何と言い訳をしようと、そんな事を考え始めた時、小さな笑い声と共に耳に届いた言葉。 あからさまにホッとした表情を浮かべた晴彦に対して、ほんの少しムッとした表情を浮かべた女が、裸のままの上半身を隠す事なくベッドの上へと起き上がり、まるでおまけだと言わんばかりの仕草で唇に軽いキスを仕掛けてきた。 『結構よかったわよ。さてと、シャワー浴びてくるけど、帰るならお金はちゃんと置いていってね』 某女子大との間にセッティングされた合コンで知り合い、スタート直後から気の合った彼女は、確か晴彦よりも2歳年下の2回生のはずだが、あまりにも男慣れしたその仕草や言葉に、まるで年上の女にあしらわれているような気分になる。 そして、そんな彼女の言葉で初めて、今自分がいるこの場所がホテルの一室なのだと理解した。 ホテルの部屋に女の子を1人残して帰るのもどうなのだろうと、そう思いはしたものの、本人もああ言ってる事だし、相手にも彼氏がいて自分もこの先の付き合いを続けようなどとは思っていない相手だ。 一夜限りを楽しんだ相手に、そこまで気を遣う必要もないかと、彼女が浴室へと姿を消したと同時にベッドを降り衣服を身に着けた。 そして言われた通り、ポケットから取り出した1万円札を部屋に設置されているテーブルの上に放り出し、1人ホテルを後にした。 「う〜ん…」 ホテルを出てすぐの路地裏で、思いっきり伸びをしながら見上げた空は、初夏の季節にふさわしいすっきりと晴れ渡った青色で。 記憶をすっ飛ばしてしまう程に酒を煽った翌朝だというのに、まだ若い身体には二日酔いの影など微塵も見当たらず。むしろ下半身がすっきりとした中での脳みそは、満足すぎるほどの爽快感を訴えていた。 特に女にだらしがないとは思ってないが、酒の席での過ちなら、一般の若い男が経験する程度には経験してきていた。それも、若い頃の特権だと、そう開き直ってしまえる時点で、人によってはだらしないと形容されても仕方がないが。 大学からは程近いホテル街。そこを抜けてキャンパスへと向かう中入った、「代返しといてやったから、昼飯奢れよ」という友人からのメール。それに「サンキュー」と返しながら、だったら1時間目はこのままサボってもいいか……などと不真面目な事を考えていた。 それでも1時間半の講義時間。いくらのんびり歩いたところで、10分も歩けば大学構内についてしまい、1時間目の講義も終わるにはまだ30分も早い時間だった。 校門をくぐったところで、どうするかと一瞬考えを巡らせ、結局向かったのは友人が代返をしてくれた講義が行われている大教室で。教室の後ろ扉からこっそりと中を窺い見れば、遥か前方の教壇に立つ教授が、まさにマイクを通して熱弁を奮っている真っ最中だった。 その場所からぐるりと教室内を見回し、いつも行動を共にしている友人達の姿を探す。いつものように中央付近に席を陣取っているはずだとわかってはいても、広い教室の中でその背中を探し出すのは容易ではなく、結局探す事を諦めた晴彦は、入ってすぐの一番後ろの席へと腰を落ち着けた。 「ふぁ〜…」 一応教室に顔を出してはみたものの、今から聞いたって内容なんてたいして頭に入ってこない。後で友人にノートを写させてもらおうと、鞄から教材を取り出すこともせずに大欠伸をかました晴彦が、そのまま手にした鞄を枕に机に突っ伏しようとした時、不意に感じた視線に意識を向ければ、1人の学生の呆気に取られたような瞳がそこにはあった。 「……うっす…」 同じ長机の延長線上。2人分の席を空けた先に座っていたその人物は、今時あまりお目にかかれない、顔の半分を覆い隠してしまいそうなほどの大きな黒ぶちの眼鏡をかけていて。 視線が合ってしまった事への気まずさに、苦笑しながらも挨拶ともとれない小さな呻きのような声を発し、まさに突っ伏しかけた手を軽く挙げて見せた晴彦の対応に、ただでさえ大きな瞳をますます大きく見開き、今度はキョロキョロと辺りを見回し始める。 「あんた以外に、誰がいるってのよ」 そんなに見回してみたところで、彼が座っているのは壁際の一番端の席で。従って晴彦が向けた視線の先には、彼以外に存在しないのだ。思わず古臭い反応だなと突っ込みたくなる彼の挙動に、プッと吹き出しながら言い募る晴彦に罰の悪さを感じたのか、眼鏡の下の透き通りそうに白い色をした頬に微かに赤みが差し。 「そうだよね。ごめん…」 消え入りそうなほどに小さい声で呟いたその声が、その肌と同じくらいに……ちょっとびっくりする透明さだったから、男にしちゃ線が細すぎるなと、不躾すぎると思いながらもついまじまじと見つめてしまっていた。 「えっと……本当にごめんなさい」 そんな晴彦の視線に居心地の悪さを感じたのか、おどおどと瞳を揺らした彼が、また小さな謝罪の言葉を繰り返しながら、逸らした視線を机に広げたノートへと戻してしまった。 まだ僅かな赤みを残す、本当に透き通ってしまいそうな肌がまるでゆで卵のように滑らかで。横顔だからはっきりと見て取れた、大きな瞳に飾りのようについている、眼鏡のレンズに付きそうなほどに長い睫毛が、パチパチと落ち着きなく繰り返される瞬きのせいで揺れる様がまるでおもちゃのようで。 何故だかわからないが、その瞬間目を離せなくなってしまった彼の横顔に、ほんの僅かドキドキと速まる鼓動を感じていた。 その時の晴彦には、その鼓動の意味を理解する事はできなかったが、それは間違いなく一目見たその時に、彼に恋に落ちた瞬間だった。 それまでの恋愛経験の中で、当然同性に対してそんな感情を持った事がなかった彼が、それを理解するまでに、あとほんの少しの時間が必要だったが、それもそんなに遠くはない時間の中での事──…。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m
本日(5/18)いっぱいで、ランキングより撤退いたします。
これまでランキング投票にご協力いただきまして、ありがとうございましたm(__)m ランキング参加はしませんが、『ブログ村様』の登録は解除いたしませんので、 今後とも、当サイトをよろしくお願いいたします。 *************************************************************** 『あんた以外に、誰がいるってのよ』 『そうだよね。ごめん…』 初めて交わしたのは、そんな会話だった。それまでだって、晴彦の存在は知っていた。 いつだって周りを人に囲まれていて、いつだって教室の中心で友達と楽しそうに話していた。だけど、なるべく目立たないようにして、いつも教室の隅の方にいた圭一の存在など、当然晴彦が知るはずもなく。 あの日だって、偶然遅れて教室に入ってきた晴彦が、気付いたら席を2つ分離した場所に座り。いきなり大欠伸をしたかと思うと、教材を取り出すことなく机に突っ伏しようとしたから、いろんな意味で驚いて、気付いたときにはマジマジと見つめてしまっていたのだ。 『あんた』と、そう呼ばれた事に、やはり自分の事など知らなかったのだと、何故かわからないがひどく落胆し、同時にかけられた声がひどく嬉しいと思ってしまっている自分には気付いていた。 程よく日に焼けた肌は、焼けてもすぐに真っ赤になってしまう白すぎる圭一の肌とは正反対で。ニカッと笑った笑顔がやけに輝いて見えて。いつだって輪の中心にいる晴彦が、いつだってほんの少し眩しく見えていたのだと、その時改めて気付かされたのだ。 もちろんそれは、そんな晴彦の環境を羨ましいと思う気持ちからくるものではなく、昔から同性相手に、普通の男なら抱かないはずの感情を抱いてしまう、己の性癖からくる感情だということはわかっていた。 だからこそ、ただ純粋に話しかけてくれる彼に対して、見抜かれたわけではないのに後ろめたい思いを感じてしまい。同時に真っ直ぐに視線を向けられている事が恥ずかしくて、同じようにして真っ直ぐに見返す事ができなかった。 ほんの僅かな会話を交わしただけで、結局その後2人の間に会話が続くことなどなく。それまで全く面識などなかったのだから、それも当然の事なのだが。 しばらくは、居心地が悪く感じられる程に、何故か自分へと向けられる晴彦の視線に戸惑ったが、それも程なくしてその視線を感じる事がなくなり。そっと伺い見た2つ分の席を空けた隣に座る晴彦は、教室に入ってきた時にとろうとした行動を実行に移したらしく、鞄を枕にすっかり寝の体勢へと移っていた。 突っ伏した腕と額にかかる前髪の隙間から見え隠れする横顔は、一般的な視点から見て嫌味なく整った端整な顔立ちをしていて。誰もが騒ぐような目立った男前というわけではなかったが、それでもそこそこに騒がれる部類には属していた。 いわゆる、高嶺の花的な近寄りがたさはなく、大衆受けしそうなその顔の造りも雰囲気も、見つめれば見つめる程に圭一の心を本人も自覚のないところで惹きつけていく。 でもそれは、元々同性を相手に恋愛の感情を抱く圭一にとっては、ごく自然な出来事で。だからといって、それがそのまま恋へと結びつくわけではなかった。単純に、誰もが異性に対してトキメキを感じるという感情を、圭一の持つ性癖に見合った相手に抱いただけのこと。 当時の圭一が晴彦に抱いていた感情は、恋愛などというはっきりとしたものではなく。単純に人好きのする笑顔に好感を持っていたと、ただそれだけのものだった。 当然、そんな想いを抱いたところで、そうそう同性相手に抱いた恋愛感情が成就する事などないことを理解していた圭一にとっては、どこかでそうなる気持ちの変化に歯止めをかけようという思いが働いていたのかもしれないが。 自分がそういう性癖を持っているからといって、他の男がそうであるとは限らない。むしろ、そうである可能性が低い事だって、十分すぎるほどにわかっていた。 だから、晴彦に対してだって、特にそれを期待したわけではないのに、それでもその直後に確認させられた彼が間違いなくノンケだという事実に、少なからずショックと落胆の感情を抱いた自分自身に戸惑ったのだ。 時折そんな寝顔をちらちらと盗み見ながら過ごした1時間半の講義が終わり、次の教室に移動すべく机に広げた教材を片付け始めた時、いつも晴彦と行動を共にしている友人達がこぞって集まりだした。 「お〜っすハル!」 「なんだよ〜昨日と全く同じ服じゃねえか。やる気満々をここで披露すんなっての」 「バァ〜カ!そんなんじゃねえよ!」 「で?で?どうだったのよ?」 「美人だったもんな〜畜生!羨ましいぜ!」 「残念でした〜彼女、彼氏持ちだってよ」 「マジでか!?そんな事聞いてなかったぞ〜」 「え?え?でも食っちゃったの?」 「食ったとか、人聞きの悪い言い方すんなよ」 友人達にからかわれ、それでも満更でもない様子で返す晴彦の、さっきまでちらちらと盗み見ていた横顔を思わず凝視する。 彼がノンケであるという事実には、それこそ大して驚きはしない。それが普通である事は、今更誰に諭される必要もなくわかっている事だ。 ただ、今まで遠巻きに見ていた彼の印象と、さっきほんの少し会話を交わした時に得た印象。そのどちらもが、圭一にとってはやはり好感の持てるものだったから、今の彼らの会話に少なからずのショックを受けた事は確かだった。 彼氏のいる女性と関係を持ち、その時は知らなかったのかもしれないが、その事実を知った後でも悪びれた様子などなく話しをする。自分が潔癖だなどと、そんないい子ぶるつもりもないが、それでもその事に僅かながらも不快感を抱いた事は確かだった。 たいして好きでもない相手とでも、寝ることができるのかと、考えてみれば圭一が怒るようなところではないはずなのに。今自分自身がおかれている状況だって、決して褒められた場所にはない事も十分に理解しながらも、それでもどうしようもなく胸に湧き上がってきた不信感。 「で?で?どうだったのよ、お味は?」 「下世話な聞き方すんじゃねえよ。お味もクソも、ほとんど覚えちゃいねえっての」 「相当イッてたからな〜おまえ」 「でもおまえ、男としてそれはどうなの?あれだけの美人に相手してもらって、記憶飛ばすってどうなのよ?」 「情けね〜男の風上にもおけね〜」 「うるせえな!覚えてねえもんは仕方ねえだろ……っ!?」 ガタン───…ッ!! 何故かわからないがムカムカして、これ以上その会話を聞いていたくなくて、教材を突っ込んだ鞄を肩に引っ掛けながら、気付いた時には大きな音を立てて椅子から立ち上がっていた。 そのまま教室を出ようと振り返った時、圭一の立てた音に驚いたのか、晴彦を初めとするそこに集まっていた学生達が驚いた表情で圭一へと視線を向けてきた。 「あ……ごめん…」 何故自分が謝らなければならないのかと、そんな理不尽とも取れる怒りを覚えながら、それでも注目を浴びてしまったという状況が無性に気まずくて。ボソッと小さく謝罪の言葉を呟き、彼らの方へと視線を流さないまま圭一は教室を後にした。 何故あそこまで腹が立ったのか、それが自分でもわからずに、その時の圭一の心は激しく動揺していた。 それまで、一度として会話を交わした事などなく、それでも初めて自分の存在を知った様子の彼に対して、ほんの僅かとは言え改めて好感を持てたのは本当だった。だからと言って、あの会話に対して自分が不機嫌にならなければならない理由など一つもないはずだ。 だからこそ戸惑っていた。 「なんだよ……いい加減なヤツ」 「お〜い!おいってば!」 それでも胸に湧き上がってくるムカムカを抑えきれず、次の教室へと移動する中愚痴めいた台詞を零したとき、不意に背後から掛けられた声。 それが自分に向けられたものとは思わずに、当然足を止める必要性など微塵も感じていなかった圭一の腕が、次の瞬間ぐいっと後ろに引っ張られた。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m
1時間目の授業に間に合わず、結局そのコマもあと30分もすれば終わろうという時間帯になって入った教室の中。珍しく座った一番後ろの席で初めて会話を交わした圭一は、同じ男だとわかっていても思わず見惚れてしまうくらい綺麗で儚げで。
際立った美しさというよりは、控えめなその雰囲気に思わず目を奪われたのは本当だった。 しかし、女に見惚れるのとはわけが違う。そこまでもの感情を持ってして見つめていなかった晴彦の思考は、十分な睡眠をとっていたはずにも関わらず、集中できない授業内容に眠気を訴え始め。気付いたときには眠りの中へと意識を引き込まれていた。 そして授業が終わったと同時に友人達に周りを囲まれ、集中砲火を受けるかのごとく浴びせられる質問に、半ばうんざりしながらも返す中、突然大きな音を立てて椅子から立ち上がった圭一が、こちらを見ることなく立ち去ろうとするところだった。 その音に反応し、思わず彼へと視線を集中させた自分達に、罰が悪そうに謝罪の言葉を口にして、それこそ逃げるように教室を出て行った後姿。 「あれって……」 「んぁ?鳴門?」 「鳴門って言うのか?」 「ああ、確か文学部だろ。いっつも隅っこで1人でいるけど…。今のはちょっと迫力あったな」 「普段大人しいヤツほど、キレると怖ぇって言うじゃん」 「キレてたの?何で?」 「さあ?」 その後姿を見つめながら、周りに向けた晴彦の問いかけに、友人達が口々に好き勝手な事を言い始める。 彼らにとっては日常の会話に過ぎなかった今の流れで、圭一の機嫌を損ねるような事実に思い当たらなかったのだ。圭一の態度で何か怒っていたのかもしれないと思いはしたものの、その原因が全くわからない彼らにとっては、それは当然の疑問と言えるだろう。 「ハル〜おまえ、何かしたんじゃねえの?」 「俺!?何で俺なんだよ」 「知〜らね。でも、なんか怒ってたよな?」 「おまえらが傍で騒ぐからだろ!」 「俺ら?俺らそんなうるさかったか〜?」 「気にする事ないんじゃん?どうせ関わりのないヤツだし」 「でもさ、ああいう根暗なタイプって、何でキレるかわかんなくね?」 「ある日突然、後ろからブスッ!ってか?」 「「「怖ぇぇえええっ!!」」」 好き勝手な想像で騒ぎ出す友人達を横目に、晴彦は1人押し黙ったままで圭一が出て行ったばかりの扉を見つめていた。 怒っていた?だとしたら、友人達が言うように何故なのだろうと。確かにこれまでだって全く関わりを持ってなかった圭一に対して、そこまで気にするような事ではないのかもしれないが。それでも気になって仕方がなかったのだ。 ほんの僅かではあったが、最初に会話を交わした時に感じた、圭一のどこか恥ずかしそうに俯かれた横顔から感じ取った穏やかな雰囲気と、さっき教室を出て行った時に感じた圭一の雰囲気が、あまりにも正反対なものだったから。 もし、自分が何か不快感を与えてしまったのだとしたら、その理由を知りたいと思ってしまった。 「悪ぃ!先行ってて」 「え?おい!」 「ハル〜?どこ行くんだよ〜?」 追いかけて何を言おうというのか。もし本当に怒っているのだとしたら、話しかけたところで答えてはもらえないかもしれない。そんな思いはよぎったものの、感じた疑問をそのままにするのは何故か気持ちが悪かった。 とにかく追いかけよう。そう思い立ち教室を飛び出した晴彦の後ろから、面食らった様子の友人達が声をかけてきたけど、すでに走り出していた晴彦の耳には、その声は届いていなかった。 教室を飛び出してそのまま校舎をも飛び出す。と、目の前に広がった中庭の風景の中、ちょうど向かいに位置する校舎の中へと消えていこうとする背中を見つけた。 「見つけた」と言わんばかりにその背中へと一直線に駆け寄り、なんの躊躇いもなくその背中に呼びかける。が、自分に掛けられた声と気付かない様子で歩みを進める圭一は、当然立ち止まる気配を見せず。 「おいってば!」 「──…っ!?な…に……え?」 半分怒鳴るようにして掛けた声と共に、伸ばした手でその腕を引っ張る。と、突然の事に驚いた様子の彼が、引っ張られるままに振り返り、そこに貼り付けられた表情は驚きに染められていた。 「なんか、ごめん」 「え?」 追いかけてはきたものの、圭一に掛ける言葉までもを考えていなかった晴彦が、振り返ったその驚愕に染められた表情を前に一瞬の逡巡を見せる。それを不思議そうに見つめてくる瞳。それに気まずさを感じ、とにかく考えるよりも先に口をついて出たのは、そんな謝罪の言葉だった。 そんな晴彦の突然の言葉に、ますます驚きに見開かれる、大きな黒縁の眼鏡の奥の同じく大きな瞳。見つめてくるその瞳に、一瞬吸い込まれそうな錯覚を覚えながらも、なんとか気持ちを立て直した晴彦が、再び謝罪の言葉を繰り返しガバッと頭をさげた。 「いや…俺らうるさかったかなって。不愉快な思いさせたんだったらごめんな」 「え、え?ちょ…待って。何、急に……」 「だって、なんか怒ってるみたいだったから」 突然腕を掴まれ引き止められ、その驚愕に思考がついて行ききらないうちに、これまた突然下げられた頭。その展開についていけず、面食らったままでどもり出した圭一を、伺うようにして見つめてきた視線が、次の瞬間ニカッと笑顔を浮かべる。 悪いことをしたと謝っているはずの晴彦の、全く相反したその笑顔の存在に、だからこそ余計自分が抱えていた彼にとっては理不尽とも言える憤りの感情が後ろめたくて。 キョロキョロと視線を彷徨わす圭一の目の前に、また突然にゅっと大きな手が差し出された。 「その様子だと、別に怒ってるわけじゃなさそうだな。俺、経済の西宮 晴彦っての。よろしくな、鳴門〜…えっと、名前なんての?」 どうして晴彦が、自分の名前を知っているのだろう。突然追いかけてきていきなり頭を下げたかと思ったら、圭一の返答も待たずに自己完結をして、どうして手を差し出してきて自己紹介など始めるのだろう。 あまりに急な展開に、面食らったまま差し出された手を取れないまま戸惑い続ける圭一に痺れを切らしたのか、半ば強引に圭一の手を取り握ってきた晴彦が、やはりニカッと人好きのする笑顔を浮かべたままで自己紹介を促してきた。 「文学部の、鳴門なにくん?」 「えっと……圭一です…」 「圭一……ケイちゃんか。よろしくな」 それは、それまで全く面識のなかった2人の距離が、あっという間に縮められた瞬間だった。 その時の晴彦が何を思っていたのか、そしてその行動についていけず、面食らったままで急激に距離を縮められた圭一が、それを拒否する暇もまたその理由も見出せないままに。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m
*お詫びと訂正*
誤字の訂正でございます(>_<) 「eternal lover」第4話にて、訂正部分がございます。 「それまでの2年間一度として接触をしなかった2人が、始めてその存在を意識下に置いたのは、無事に3回生へと進級をした8年前の初夏の頃だった。」の一文ですが、晴彦と圭一の出会いは4回生の時です(大汗) 「それまでの3年間一度として接触をしなかった2人が、始めてその存在を意識下に置いたのは、無事に4回生へと進級をした8年前の初夏の頃だった。」と訂正させていただきましたので、ご了承くださいませm(__)m お間抜け全開で申し訳ございませんでした。2人は4回生ということで、よろしくお願いいたしますm(__)m *************************************************************** 「ケイちゃ〜ん!ここ、ここ!」 「西宮くん……」 あれから、結局突然の握手の意味を告げられる事もなく、また圭一もその意味を問い出せないままに、気付いたらいつも声を掛けてくる晴彦の隣で授業を受けるようになっていた。 集団の中での生活に慣れていない圭一は、最初こそ掛けられる声に笑顔で返しながらも、その集団の中に入ろうとはせずいつもの定位置に座っていたのだが、そうすると何故か席を移動してきて当然のように自分の隣に座ってくる晴彦を黙認する内に、いつしかそれが当たり前になってしまっていたのだ。 今では、圭一よりも先に教室にいる晴彦が、今や2人の定位置とも言える教室の一番後ろの端の席で、圭一の席をきちんと確保しながら待っていてくれる。 しばらくそんな状態が続いた後、それまで晴彦が行動を共にしていた友人達までもがその付近へと席を移動してきて。 それまで1人静かに授業を受けていた圭一の周りが、急激に騒がしいものに変化を遂げていた。 「ケイちゃんって、もっととっつきにくい奴なのかと思ってたよ」 「うんうん、いっつも1人でいるしな」 「なんとなく近寄らないでオーラ発してんのかと思ってたからさ〜、声かけたハルを尊敬しちゃったもんな俺」 「バァ〜カ!好き勝手言ってんじゃねえや。そんなオーラ、全然発してないってんだよ。なぁ?ケイちゃん」 気付いたら人に囲まれてしまっているこの状況に、1月近くも経とうというのに圭一はまだ慣れきれてなくて。次々と自分に掛けられる声に、戸惑いの表情を貼り付けたままで返答にも困ってしまう有様だ。 そんな圭一の様子を見かねて、いつも助け舟を出してくれるのが晴彦だった。矢継ぎ早に変わる話題に、あまりこうして人と接することに慣れていない圭一の速度を計るようにして、いつだって盛り上がる友人達を諌めながら声を掛けてくれる。 「だいたいなあ!俺が最初に声かけたの!何でおまえらまで図々しくここにいるわけ?しかもケイちゃんって何だよケイちゃんって。馴れ馴れしく呼んでんなっての」 「なんだよ、1人占めする気かよハル」 「おまえが呼び始めたんだろ〜」 「男の独占欲って見苦しい〜」 「バッカじゃねえの!?独占欲なんて、おかしな言い方してんじゃねえや」 傍目から見れば、晴彦だって周りの友人と大差なく、浮かれ切っている1人である事に間違いはないのだが、初めから晴彦に対して何か特別なものを感じていた圭一にとっては、他の誰とも違う親しみやすさを感じていたのは確かだった。 それに、これは間違っても口に出して言うことなどできないが、本人の気持ちを振り返ること無く、予想に反して輪の中で人気者になってしまっている圭一にとって、「ケイちゃんに最初に声をかけたのは俺なの!」と、そんな意味のわからない主張をする晴彦の態度が、なんだかくすぐったくも嬉しいと感じてしまっているのも事実だった。 もちろん、そんな事を言う晴彦の気持ちが、自分と同じようにして特別な感情を抱いてくれているなどと、そんな都合のいい事は考えはしないが。それでも、ほんの少しでも、友人としてでも自分の存在が晴彦にとって特別であってくれればいいと、この時の圭一の胸の中には、すでにそんな想いが存在していた。 例え、特別な意味で自分を見てくれなくてもいい。ただこうして、友人の1人として近くにいる事を拒絶されないのであれば、それだけで圭一にとっては幸せだったのだ。 ノンケである晴彦が、自分に対して恋人に寄せるような想いを向けてくれるだなどと、そこまで都合のいい事は考えもしないし望みもしない。それでも、ただこうして彼の作り出す笑顔溢れる場所に、叶うなら自分もずっと置かせてもらえればと。 一度自覚してしまった想いは、どんなに否定しようとしても否定しきれない事を圭一は知っていた。でも同じように、いくら想っても叶えられない願いがある事もまた、普通とは違う性癖を持つ圭一には嫌と言うほどわかっていた。 気持ちが膨らめば膨らむほど、振り向いてもらえない現実に傷つく。それを知りながらも止められないのであれば、せめてこうして近くで過ごさせてもらえればと思うのだ。 と思いはするものの、この現実についていけないのも本当で。 これまで、学校の中では友人らしい友人を作らず、意識して1人で過ごしていた圭一にとって、突然できた友人の存在は、多くの戸惑いを感じさせられるもので。彼らとの上手い付き合い方がわからない。 こんな事をいつまでも繰り返していたら、いつかみんな呆れて離れて行ってしまうのではないか。それでも、もしそうなったとしても、以前のように誰に気兼ねする事もなく1人での時間を過ごせばいい事だと、そう思う気持ちもある。 実際、誰かと多くの時間を共有してあまり深くを突っ込まれ、なんらかの拍子に自分の性癖がバレてしまう事に大きな恐怖を感じるのだ。それがあったから、これまで圭一は必要以上他人と関わらず、1人の時間を優先してきた。 その生活に戻ってしまうこと自体には、そこまでの寂しさや抵抗は感じない。ただ、そうなった時に、晴彦という存在までもが離れてしまう事だけが、考えただけでも胸が締め付けられそうに辛かった。 「ケイちゃん、ケイちゃん」と、初めて会話を交わしたあの日から、教室を出た自分を晴彦が追いかけてきてくれて、声を掛けてくれたあの日から、不思議なくらい圭一に友人としての好意を示してくれる晴彦だが、そんな彼だってきっと、圭一の性癖を知れば気持ちが悪いと離れていってしまう事は確実だろう。 あえてその話題に触れさえしなければ、簡単にバレてしまう事ではないだろう。それを理解しながらも、多くを語ればどこかでボロを出してしまいそうで。結局のところ、彼らのノリに今ひとつ便乗しきる事ができない大きな要因は、そこにあるのだ。 当然だが、合コンや女の子の話で盛り上がる彼らの中に、その気持ちを理解して入り込む事は自分にはできない。 その場限りの言葉で返せばいいと思いはするものの、これまで人付き合いを避けてきた圭一には、生憎とそこら辺を上手く立ち回る器用さがなかった。 「なあなあ、今度さ、ケイちゃんも一緒に行こうぜ」 「え……?」 「え?って、聞いてなかった?合コンだよ合コン!」 「あ、ごめん…」 「こうやって遊べんのなんて今のうちなんだしさ、卒業までの残された時間を、大いに青春に費やそうぜ!」 「バァ〜カ!こっ恥ずかしい事を、拳作って熱弁してんじゃねえや」 ぼんやりと、いつものように盛り上がる友人達を見つめていた圭一に、突如掛けられた誘いの言葉。それに慌てて反応を示した圭一に対して、グループの中でも晴彦と一番仲がいいらしい中野 忠次(なかの ただつぐ)、通称チュウが声を掛けてきた。 そして、まさに天に突き上げんばかりに固めた拳で熱弁を奮うその姿に思わず吹き出せば、すかさず晴彦の固めた拳がその後頭部へと落とされる。 「いって〜っ!暴力反対!」 「うるせえ!ケイちゃんを悪の道に誘い込むな」 「悪の道だぁ〜!?ハルだってちょっと前までは、ホイホイ喜んでついてきてたじゃんよ。ってか、誰よりもノリノリで、率先して企画立ててたくせによ〜」 「あ〜ん?何を言ってんだか、さっぱりわかりませ〜ん」 「きったねぇ〜!自分だけいい子ぶるつもりかよ!」 「そうなの?西宮くんが率先して企画立ててたんだ……」 ギャーギャーと言い合う2人の姿に、「もっとやれやれ〜」と無責任な声援を周りが送る中、その言葉に反応して思わず零した圭一の呟きに、一瞬その場が静まり返った。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m
別に、圭一が特別おかしな事を言ったわけではなかった。実際、その場にいた友人達だって、その言葉の意味を深読みする事などなかったのだが。ただ単純に、いつもは黙って事の運びを見守っている圭一の、珍しい発言に驚き静まり返っただけの反応に、1人圭一だけが妙な焦りを感じていた。
別に自分はおかしな事は言っていないはずだ。たったあれだけの言葉で、自分の性癖がバレてしまうなどと、そんな事はないはずだ。そう思いはするものの、思いがけず集めてしまった注目に、何故か一瞬静まり返ってしまったその場の空気に、いたたまれず俯いた圭一を救ってくれたのは、やはり晴彦の明るい声だった。 「まてまてまて〜っ!ケイちゃんの前でおかしな事を言うなっ!誤解だ!誤解だからな、ケイちゃん!」 「何が誤解だよ〜だいたい計画立てんのはこいつじゃんな?」 何故か慌てたように両手をバタバタと振る晴彦を見て、それこそ冗談じゃないと言い返すチュウの言葉に、笹野と駒井も申し合わせたように一斉に頷く。 「てめえら!揃いも揃って、俺の信用を地に落としたいのかっ!」 「ハルのどこに信用があるってんだよな〜?」 「そうそう、合コンに行きゃあ必ずお持ち帰りの常習犯がさ」 「い〜っつも、いつの間にやら上手いことやって、真っ先にトンズラしてるくせにな〜」 「まてまてまてっ!誰がお持ち帰りの常習犯だっ!!数えるほどしかしてねえぞ!」 「「「してんじゃねーか」」」 口を揃えたその攻撃に、キーッ!と叫びだしそうな晴彦の慌て方がおかしくて。「お持ち帰りの常習犯」だとか、「いつも率先して合コンを企画する」という言葉には多少傷つきはしたものの、それでも何故か圭一に対して言い訳じみた行動をとろうとする晴彦が嬉しくて。 そこに特別な意味など含まれていなくとも、それでも自分の悪行(というには、些か大げさすぎる気はするが)の言い訳をしようとしてくれる晴彦の気持ちを、自分の中でだけ都合よく解釈してしまう自分自身がおかしくて。 「今は全然してねえからな!信じてくれよ〜ケイちゃ〜ん」 ちょっとふざけながら、まるで圭一を拝むようにして顔の前で両手を合わせてくる晴彦がおかしくて、ついついプッと吹き出せば、それだけで「よかった〜笑ってくれた〜」と、また勘違いしたくなるような笑顔を向けてくれる。 「そうなんだよ!そこなんだよ!」 「何がだよ!?もういいから、てめえは黙ってろチュウ!これ以上ケイちゃんにおかしな事吹き込んだら、許さねえからなっ!」 「最近マジで付き合い悪ぃのこいつ。ケイちゃんケイちゃんってさ、まるで彼女の話でもするみてえにさ」 「あ、おいっ!何言ってやがんだ、このチュウ太郎!」 「俺は心配してやってんだろ〜。最近、あんまりにもケイちゃんケイちゃんってさ、ハルがこのままホモの道にまっしぐら突っ込んでいっちまうんじゃねえかってよ〜」 サメザメと、わざとらしい涙声を作りながら、「わ〜ん」と大げさに目元を腕で拭い晴彦の肩に顔を押し付けるチュウの言葉に、ドキッとすると同時に冷や汗が背筋を伝う。 それは、きっと何気なく発された、日常の中での冗談にしかすぎない言葉のひとつで、恐らくはそれを本気で受け止めるものなど、この中には1人としていないだろう。ただ1人、圭一だけを除けば。 「おまえ……本気で頭いかれちまったんじゃねえのか!?なんだよ、そのホモの道って!」 「だ〜ってよ〜青春真っ盛り、やりたい盛りの男がよ?新しい友達できたからって、それまでノリノリだった合コンに、全く顔出さなくなるってどうなの?俺は心配で心配で。だからさ、そんな友達思いの俺に心配かけない為にも、また一緒に盛り上がろうぜ」 そんな圭一の焦りなど当然知らない2人は、まだそんな事を言い合っては、どこかでそのやり取りを楽しんでいる。 最後には、音符だかハートマークだかでも付いているのではないかと突っ込みたくなるくらい、それまでわざとらしく嘆いていた声とは打って変わって、呆れるくらい明るい声で言い放ったチュウの顔面を、大きな手で覆い隠した晴彦がそのままグイ〜ッと引き剥がしにかかった。 「結局そこかよ……おまえの魂胆は見え見えなんだよ。人を餌にしてんじゃねえぞ」 「あ、バレた?」 「わからいでか」 「仕方ねえじゃん。実際おまえが参加するとしないとじゃ、女の子の集まりも質も変わってくんだから」 「人を客寄せパンダみたいに言うんじゃねえ」 「これ以上ないくらいの事実だ。俺たちモテナイくんに愛の手を!見放すって手はないだろ〜」 悲しいかな、チュウの言っている事は決して大げさなどではなく、その場の誰もが思わず頷いてしまう現実だった。 目立った美形というわけではないが、明るく人好きのされる晴彦の性格は、それだけで女の子達の人気を集め、そこそこに人を惹き付けるある程度男らしいそのルックスを、少なからず引き立てる役割を果たしている。 特上とまではいかないまでも、上レベルには女子に人気のある晴彦の存在は、合コンを行い女の子を集める意味では、欠かせない存在ではあった。 もちろん、今ここに集まっている友人達の中にも、際立って見るに耐えないルックスをしているものは見受けられないし、中でも晴彦と一番よく似た雰囲気を持つチュウなどは、合コンに行っても女の子が好んで集まる男の1人である事に違いはなかった。 ただそれも、会話を交わして初めて、その人柄に引き寄せられるといった類のもので、目が細く少々前歯が出っ張り気味のチュウは、別にその容姿であだ名が付けられたわけでもないのに、そうと勘違いされそうになる程度に、ほんの僅かねずみ顔だったりするのだ。 もちろん、人を見た目で判断するべきではないと、本人も力説する通りそれが全てではない事は女の子達だってわかっているだろう……わかってくれていると信じたい。 しかし、やはり悲しいかな、まず合コンを開催しようと企画を立てる上で、女の子の集客の為に一番使えるのは晴彦であるという事実は否定できなかった。 「知るか!もう俺を当てにするのは止めるんだな友よ」 「「「はい〜!?」」」 「俺は今、ケイちゃんと一緒にいるのが一番楽しいし、癒されるの」 「に…西宮く…!?」 「誰も邪魔しないでくれる?」 チッチッチ…と、立てた人差し指を気障ったらしく胸の前で振り、そう言ったかと思うとおもむろに隣に座る圭一の肩を引き寄せる。 それに慌てた圭一が、慌てて離れようとしたその行動を阻止するかのように、細い肩を引き寄せた晴彦の手に一瞬強い力が込められた。 「出たっ!」 「マジで〜……ケイちゃん、こいつとの付き合い考えたほうがいいかもよ?ケイちゃんまでおかしな道に引き摺り込まれちゃうかも〜」 「目を覚ませ!目を覚ますんだハルッ!!」 「うるせぇっての!俺は至って大真面目だ!」 変わらず繰り返される、冗談としか思えない掛け合い。当然だ。これが冗談でなくて、一体なんだと言うのか。 それでも、そうとわかっていても、圭一にとっては少々辛すぎる冗談の数々だった。 彼らが笑顔で紡ぎだす言葉の一つ一つが、胸の奥深くに封じ込めているはずの傷を、少しずつ抉り出す。こうしてふざけ合う中で切り出される話題が、彼らにとって、何よりも晴彦にとって、同性に対して恋愛感情を抱く事があり得ないことなのだという事を知らしめてくる。 わかっていた事とは言え、やはりほんの僅か胸が痛む──…。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m
もちろん、それがいつものような冗談の掛け合いである事はわかっている。チュウにしたって、何も本気で晴彦がいわゆるホモ道まっしぐらに突っ走るだなどと、考えているわけではない事もわかっていた。
だからそれは単純に、最近合コンに誘っても乗ってこない親友を、女の子を集める意味では使えるこの晴彦を、何とかして引き込んでやろうという、そんな見え見えの魂胆からくるものだということも、重々承知していた。 別にそのこと自体を、今更嫌悪する気もなければ、これまでは自分だってそれで十分に楽しんできたのだから、不満を漏らすつもりもない。ただ、今はその気になれないだけだったのだ。 これまでは、それこそ就職前の最後の羽目外しだといわんばかりに、仲間内全員が運良く就職の内定をもらっているからこそ余計、宴を楽しむかのごとく合コンに赴きもした。それが、ここ1月ほどは全くその気が起きないのだ。あんなにも、熱をあげていたと言っても過言ではない遊びの席が、今は全くもって魅力を感じられない。 「なあなあなあ、やっぱりケイちゃんも参加してよ〜。ケイちゃんが来てくれれば、ハルも来る気になるかもしんねえしさ」 「え……あ、あの…俺は…」 「バカ言ってんじゃねえよ!」 だから、チュウのそんな誘いに困惑の表情を浮かべる圭一を助けるつもりではなく、単純に自分が面白くなかったからそんな反論をしてみた。 「ケイちゃんだってさ、眼鏡外せば可愛い顔してっしさ、女の子達集まると思うんだよな〜」 「そんな……」 「あ!何調子のいい事言ってんだよ!可愛いとか言ってんじゃねえよ!」 だから、自分と同じようにして客寄せパンダのごとく、誘われ困っていた圭一を助けようと思ったわけではなく、「ケイちゃんが可愛いって、それに一番最初に気付いたのは俺だ!」なんて、自分でもよくわからない理屈を心の中で並べ立て、拝み倒そうとするチュウの頭を思いっきり引っぱたいてやった。 「行こうぜケイちゃん。こいつらと話てっと、バカがうつる」 「自分の事棚に上げてやがる〜」 「お〜い!本当にサボるつもりかよ〜代返してやんね〜からな〜」 「に…西宮くんっ!?」 これ以上、圭一におかしな誘いをかけられたくなくて、本鈴が鳴り響く中、ずっと抱き寄せたままだった圭一の肩を促し、戸惑いの視線を向けてくる圭一の手首をしっかりと掴み教室を出た。 背後から聞こえてくる、友人達の声を綺麗に無視したままで。 「ちょ…ちょっと、西宮くん!授業は!?」 「脱出成功」 自分の手首を掴んだままで解放しようとはせず、ズンズンと校舎を出て歩き続ける晴彦の背中に声を掛ければ、中庭に差し掛かったところで意外にもあっけなく手を離した晴彦が、振り返りざまにいつものニカッとした笑みを浮かべながらVサインなんかを作って翳して見せる。 「脱出」だなどと、些か大げさな表現を使ってみせる晴彦の笑顔に、さっきまで掴まれていた手首からドクドクと熱い鼓動が胸に流れ込み、下手すると呼吸困難に陥ってしまいそうな息をなんとか整えた圭一が、次の瞬間ぶはっと吹き出し声を上げて笑い出した。 「みんな、びっくりしてたじゃないか。それによかったの?代返してくれないってよ?」 アハハハハ!と、本当におかしそうに笑う圭一の笑い声に、一瞬面食らったように目を見開いた晴彦が、次の瞬間同じようにして声を上げて笑い出す。 傍から見れば、何がそんなにおかしいのかと、そんな疑問を感じられてしまうであろう程に、その時2人が交わしている会話もそこに流れていた空気も、決して大笑いをするような要素が含まれていたわけでもないのに。 晴彦の、どこか子供染みた行動がおかしくて大笑いした圭一と、そんな圭一の笑い声を聞いた晴彦……。 「初めてだ」 「え?」 笑いすぎて、目じりに溜まってしまった涙を拭おうと、掛けていた眼鏡を外し指先を目尻に押し当てた圭一の耳に届いた、笑みを含んだ晴彦の嬉しそうな声。 それに疑問を感じ視線を向けたそこに、思わずドキッとしてしまうくらい弾けるような笑顔があった。 「ケイちゃんが本気で笑ってくれた顔、初めて見た」 たったそれだけの事がひどく嬉しい様子で、いつも以上に明るい笑顔を浮かべる晴彦が、真っ直ぐに向けてくる視線がひどく気恥ずかしくて。 思わず真っ直ぐに見つめ返すことができずに俯いてしまった圭一の髪を、不意に伸ばされた晴彦の手がわしゃわしゃと撫でつけてくる。 「しかも、眼鏡外したらめちゃんこ可愛いんでやんの。コンタクトにしないの?」 「え…え……?」 そして、急に距離を縮めて覗き込んできた晴彦の行動に、急に目の前に迫ってきた晴彦の顔に狼狽え、僅かに後ずさってしまった。 でも、そんな圭一の行動を特に気に留めた風もなく、更に間合いを詰めてきた晴彦が、左手に握り締めたままだった圭一の眼鏡をひょいっと取り上げる。そしてそのまま眼鏡を自分の眼前に翳し、同時にムムムッと眉間に皺を寄せた。 「うわ…かなり度がきついのな。ケイちゃんって相当目が悪いんだ」 「あ…うん。裸眼だと0.1もなくて……だから、眼鏡がないと、ほとんど何も見えないんだ」 「どれくらい?今の俺の顔って、見えてんの?」 眼鏡を取り上げられた時にできた距離で、今の晴彦の表情すらぼやけてしまっている圭一は、素直に首を横に振る。と、また急に間合いを詰めてきた晴彦の顔が、今度は裸眼でもはっきりと見えるくらいに近くに来て、今度こそ冗談抜きに、飛び上がりそうなくらい驚いた。 「これくらい近づかなきゃ見えない感じ?」 「あ……あの…っ!」 「まだ見えない?」 「ちが…っ!そうじゃなくて……ちか…近…い…です……。さすがに、そこまで近いと見えるからっ!」 それは本当に、僅かに動いただけで鼻先が触れ合ってしまいそうなほどに近くて。ちょっとした……なんてものではない。突如そこまで近づいてきた晴彦の顔に、冗談ではなく心臓が跳ね上がり、爆発寸前の状態まで一瞬で追い込まれてしまっていた。 「でもさ、こ〜んなでっかい、しかもお世辞にもカッコいいとは言えない眼鏡かけてることもないんじゃん?ケイちゃん、眼鏡外したらマジで男前だぜ?ってか、どっちかって〜と可愛い。女の子達の母性本能くすぐりまくる顔立ちしてんのにもったいない。コンタクトにしたら、間違いなくめちゃんこモテんのに」 それは、単純に友人としてのアドバイスとも取れる言葉だった。 それでも、晴彦にとっては何気ないそんな言葉も、晴彦に対して少なからず特別な感情を抱いてしまっている圭一にとっては、チクチクと胸を刺されるような痛みを伴って響く言葉で。 「コンタクトにしてみねえ?そんでさ、2人で合コン殴り込み!あいつらに寄ってく女の子を2人占めして悔しがらせてやんの」 ニヤリと、悪巧みでもする子供のような笑顔で告げられる言葉。それが、やっぱりほんの僅か胸に痛みを落とす。 「お、俺は…合コンは……」 「あ、冗談冗談!合コンは冗談だよ?俺も今は、マジで行く気ないし。人気者になっちゃうケイちゃん見るのは、きっと面白くないしさ」 「……え?」 それはどういう意味だろう。何故圭一が女の子にもてはやされるであろう事を、面白くないなどと言うのだろう。 そこに、何か特別な意味が含まれているなどと、間違ってもそんな期待を抱いているわけではないのに、それでも否定しきれない僅かな期待を抱いてしまいそうになる自分に戸惑ってしまう。 「でもさ、コンタクトにすればいいのにな〜って、それは結構本気。俺、ケイちゃんの顔って結構好きかも」 あり得ないことだとわかっているのに、それでもそんな風に言われたら、期待したくなってしまう──……。 <<to be continued…→next click>> 目次はTOPページ(←クリックでページジャンプ)にございますm(__)m |
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